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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第九章 ――みちのくへの細道――
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第九章 10


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 京の問題解決に天海僧正が乗り出してくれれば、まあ、何とか沈静化出来るだろう。誰だって目の前にある竜の尾なんざ踏みたくない筈だ。ただ、気がかりなのは……大僧正の年齢か。史実だと確か寛永二十年に亡くなってたような……。

 でも、この坊さん、享年何歳かは諸説ありまくりなんだよな。

「数百年後の世では、大僧正様の素性に学者達が頭を抱えてますよ。天海という名が空海上人さまを連想させるわ、会津の蘆名氏に繋がるらしい、いやいや足利将軍家の隠し子だとか……はたまた、その正体は明智光秀だとか……」

「明智?」

「まあ、それは噂の域を出ませんが」

 いろは坂にある明智平という地名。

 大僧正に贈られた諡号は慈眼大師。そして京の慈眼寺には、何故か明智光秀の位牌と坐像が存在する。

 秩父神社や東照宮に居る桔梗紋を付けた謎の人物の像。

 叡山の飯室谷長寿院近くの不動堂にある石灯篭に刻まれた『奉寄進きしんたてまつる 願主光秀 慶長二十年二月十七日』の文字。

 光秀の家老であった斉藤利三の娘、於福(後の春日局)が家光の乳母になった事。

 長男が家『光』で、次男は忠『長』。これは光秀と信長からそれぞれ採られた名ではないか? そして長男に敢えて『光』を付けたという事は、何か深い意味があるのでは?

 更に、光秀の書状と天海の書状を筆跡鑑定すると同じではないが似ているという。

 これだけ並べると、本当にそうなんじゃないかと思えるのだが……。

 大僧正は、ふぉっ、ふぉ、と笑い、

「これだけよわいを重ねると、己の出自など武家だろうが百姓だろうがどうでもよくなるが……光秀殿と言われるとは思わなかった。光栄な事よ」

「では、やはり違うのですか?」

「何か残念そうじゃのう、お主? ――桔梗の紋は古くからある紋。その変形も多い。平安の世の陰陽師、安倍晴明公を祀った神社に描かれてる星印の紋は『晴明桔梗』と呼ばれておるし、江戸を開いた太田道灌公は『丸に細桔梗』じゃ。桔梗を付けてるだけで同一人物とするのは、少し無理があるじゃろう」

 ですよね~。

「書状の文字にしても、本人直筆とは限らぬだろう。祐筆という可能性もある。そこを一緒くたにするのは乱暴じゃ。――でも、寺の坊主に注目したのは良い」

「?」

「明智殿の血筋は絶えておらぬよ」

 ……え? 

 そりゃあ、幕末の風雲児である坂本龍馬だって明智光秀の末裔説があるし、娘のガラシャの系譜を辿れば総理大臣を輩出した細川家は勿論、天皇家にまで流れ込んでる。

「いやいや、そういう意味ではない。まあ、今更それが判ったところで世の中の何が変わるでもなし。訊くな」

 ??

 意味深な笑みを浮かべる大僧正様。俺達は顔を見合わせて肩を竦めてみせた。どうも教えてくれる気はないらしい。

「それでお主達、これからどうするつもりだ?」

「今年、蝦夷地で噴火が起きる筈なんです……いや、もしかしたら今、この瞬間にも発生してる可能性があります。蝦夷地の民は勿論、火山灰の影響で仙台藩も田畑に影響を受けるでしょう」

「……それはつまり、飢饉に拍車がかかるという事か??」

 沢庵様の声が険しくなる。「――泥喰いが咲いてそうな状況じゃのう」」

 泥喰い??

 何だっけ?? どっかで聞いたような……。

 俺は首を捻ってると、雪ちゃんが俺の耳元に唇を寄せ、

「知りませんか? またの名を地獄花。竹の花です。数十年に一度咲くんですが、これが咲くとネズミが大量に沸くんですよ。実が餌になりますから。増えたネズミは野山の実を食い尽くして人里にまで下りて来ます。そうしたら当然……」

「人の食う物までやられて……か。まさに地獄だな」

 ああ、思い出した。半村良の『妖星伝』だ。ってか、吐息がこそばゆいです。

 光さんは、うむ、と頷き、

「この飢饉が『因』となり、数十年後に蝦夷えみしの長が松前藩に対して蜂起し……また、仙台藩でも揉め事が『果』として起きると怨霊の託宣でな。これを出来るだけ死者の少ない形で収めたい、と毎晩枕元に立ってシクシクと泣いて頼むから、何とかしてやろうと実際に現地に赴く事にしたのよ、大僧正」

 毎晩立たれるとうざったいし、と笑ってみせる。

 俺がジト目で睨むと「何だよ」と皮肉っぽく笑って肩を竦めてみせた。コイツ、本当に祟ってやろうか?

 大僧正が珍獣でも見つけたかのように目を丸くする。

「酒と女にしか興味のないと思われた水戸の若君が、民の事を慮って……成長なされましたなぁ。大権現様へのいい土産話が出来ましたぞ」

「それ、遠回しにからかってるよな? 褒めてないよな??」

 立ち上がりかけた光さんの後頭部を、半兵衛さんがパコっと殴る。

「大僧正に失礼ですよ、若」

「いってぇぇ……。今、目から火花出たぞ」

「火打ち石いらずで結構じゃないですか。これからも宜しくお願いします」

「これからって何だよ、これからってッ!?」

 お前等、ワーワー騒ぐな。

 沢庵様が苦笑いして立ち上がり――あ、こめかみの辺りヒクヒクしてる――二人にスタスタと近付くと懐から出した扇子で思いっきり頭を叩いた。

「喝ッ!! 喝ッ!! やかましいわ、おのれ等ッ!! 神聖なる寺で騒ぐなッ!!」

 うん? 扇子にしてはちょっと長い……もしかして張り扇?? スパンスパン、って漫画みたいないい音がしたぞ。

 す、すいませン、したぁ――と二人が叫びながら頭を抱えてうずくまる。

「あ、あれ?? そんなに痛くない??」

「た、確かに」

 顔を見合わせて目をパチクリさせる二人。

 沢庵様は悪戯が成功した子供みたいにニヤッと笑い、元の位置に戻って腰を下ろした。

「二人とも、後で“ありがた~い”仏の話をたくさんしてやるから覚悟しとけよ? 怨霊、お主も同席しろ」

 うへッ!? 俺もッすか??

 目を真ん丸にしてると大僧正様が苦笑いし、

「その辺で勘弁してやれ、沢庵。――さて、北に行くなら……」

 文机の上にあったれいを手に取り、ちりん、ちりん、と鳴らした。

 障子が開き、先程、俺達を案内した仁王さんが姿を見せる。

「この者達に修験者の装束を用意してやって下さい」

「……」

 仁王さん、無言のままコクリと頷くと障子を閉めて下がって行った。

 大僧正が俺達に向かって微笑む。

「印刷とやらを教えてもらった礼に、多少、甲賀衆の監視の目を誤魔化す手伝いをしてやろう。それからお主、これからは残夢ざんむと号せよ」

「ざんむ?」

「うむ。怨霊では我等、仏教徒は調伏せねばならぬから喃。島原で散った民達の夢の残り香……故に『残夢』と」

 沢庵さまが、両手を叩いて面白がる。

「ほお、良いではないか。悠久の時の流れを彷徨う者だから、人呼んで『残夢仙人』じゃな」

 え? 俺、尸解仙からレベルアップしちゃったッ?? いや、待て。残夢仙人って何かの漫画に出て来たような記憶が……。

 光さんの後ろに控えていた甚君が、クスっと肩を竦めて笑みを浮かべる。

「『脱ぎ捨てて、二荒の山にて 衣替え』……ってところですか」

「ほう、まあまあじゃな。だが坊主、下の句はどうする?」

 と大僧正。

「そ、そこは現世の衣を脱ぎ捨てて仙人になられた御当人に付けて貰えれば」

 俺に振るのかい。

「え~と……うらみつらみを 滝に流して??」

裏見うらみの滝ですか。今一つ、ですね」

 雪ちゃんが微笑みながら言い、皆も笑いながらコクリと頷いた。

 ふ、ふん。悔しくなんかないんだからねッ!!




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