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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第九章 ――みちのくへの細道――
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第九章 9


 天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 六月 日光




       1




 俺と同じ、数百年後から来た者が後二人??

 天海僧正は、その二人の名は明かさなかった。どうも政治的にややこしい位置に居るらしい。光さんの依頼人は幽閉の身にあるらしいから辻褄は合うな。

「お主で三人目。果たしてそれが何を意味するかは判らぬが喃」

 すでに二人居るという事は……俺が来る前から歴史は変わりつつあった? あッ!? 堀事件の時に感じたあの違和感の正体はこれか??

「幕府を滅ぼし、切支丹の世を招来するというならお主を捕まえる必要もあるが、そうでないなら……放っておいても構わぬか」

 大僧正がニコニコと微笑む。「――この日光の地が古えより聖地だったんじゃないか、というお主の想像だが……流石に儂も、生まれる前の事までは知らぬわ」

「大僧正様は、かの武田信玄公ともお会いした事があると風の噂に聞きましたが?」

 と雪ちゃん。

「うむ。まだ、随風ずいふうと名乗っていた頃かのぉ。焼失した叡山の再興の為にあちこちに援助を頼んで回っていたわ」

「隋風とは、どのような意味を込められた名でしょうか?」

「『山たかみ 見つつ我がし 桜花 風は心に まかすべらなり』――よ」

 へ?

 皆がキョトンとするなか、沢庵さまが額に手を当て首を左右に振った。

「最近の若い者は古今も読んでおらぬのか。情けない……」

 沢庵さまの隣に座っていた名人は肩を竦めて苦笑いをし、オイラだって知りませんよ、と言った。そして、

「話の腰を折って済まんが大僧正、建物に地震い対策の補強が出来るか色々と調査したい。許可を出してくんないか?」

「地震い?」

「そこの怨霊兄ちゃんに教わった『斜交い』って技がなかなか効果あるって判ってね。ここの建物は一度崩れたら一日やそこらじゃ直せないものばかりだから、今のうちに出来る事をやっときたいんだ」

「ふむ。それならばこちらから頼むべき事だな。宜しく頼む、名人。定期的に式年祭を、と考えていたが、今の幕閣は銭の話をすると渋い顔するから喃」

「大僧正……銭の相談されていい顔する奴は、賭場の金貸しと相場が決まってますぜ」

 名人がケラケラと笑うと、皆も釣られて苦笑いを浮かべた。

「ふむ。どこかに金銀でも埋まっておらぬか喃……」

 金銀……あれ? そう言えば近くに足尾銅山があったっけ??

 いや、でも、あれは明治に鉱毒汚染で大問題が起きてるからなぁ。下手に手を出すのは危険か。

 俺が考え事をしていると、雪ちゃんがチョンチョンと袖を引っ張った。

「四郎様。もしかして明星天子とは金銀など鉱物の神格化では?」

「えッ??」

「い、いえ、今、フッと思い付いただけの事なんですが……。いわゆる山師が金銀が埋まってるか判断する時に使う『望気ノ術』というのが、先程の勝道上人の話に出て来た『紫雲立つ地』という逸話と繋がるのような気が……」

「ッ!!」

 あ、そうか。「――空海上人の歩いた地は水銀みずがねと関係あるし、近くには戦場ヶ原……大蛇おろち大百足おおむかでが戦った伝説がある。俵藤太の百足退治伝説も絡むみたいだけど、百足と言えば武田家に『百足衆』って金山を掘る技術者集団が居た……。そうか、金銀など鉱物は星の欠片、星の精って解釈されたのか」

 大僧正が水晶のような静かな瞳で俺を見詰める。

「ほう、そこに行き着いたか。怨霊殿、先程の聖地の話の手掛かりとなるかは判らぬが、一つだけ知ってることを教えて進ぜよう」

 俺は、お願いします、と礼儀正しく頭を下げた。

「うむ。二荒山……仏の教えにある『補陀落』から採られた名と言われてるが、拙僧が若い頃、異説を聞いた事がある。昔々、この地がまだ蝦夷の領域だった頃、『ふとら』とか『ふたっと』と呼ばれていたらしい。その意味は……」

「その意味は??」

 思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「熊笹の生える地、だとか」

 熊……笹??

 待てよ。彼等にとって熊って……山の神??

 それに昔からおにぎりやちまきは竹の皮で包んでいた。つまり笹には防腐効果とか除菌作用なんかがある?? ――あれ? 水銀にも防腐効果がなかったか??

「え? え?? 何だ、どういう事だ??」

 駄目だ。考えがまとまらない。

「ふぉっ、ふぉっ。役に立ったか喃、怨霊殿?」

「……ええ。まだ考えがまとまりませんが、何か見えそうな気がしてきました。御教授、有難うございます」

 丁寧に頭を下げると、大僧正は面白そうに顔をクシャクシャにして、

「なら、川越で起こした騒動の分も含めて何か礼をして貰おうか喃」

 ふぉっ、ふぉっ、と笑った。

 ……え??

 ……な、何で知ってるんッスかぁ、大僧正様?

「何、昔、川越の寺に起居してた事があってな」

 川越の一件を知らない沢庵さまと名人は小首を傾げている。

「何かしでかしたのか、連也?」

「十兵衛おじさんと甲賀忍びに囲まれた」

「ほお、よく切り抜けられたの喃」

「切り抜けられなかったよ。別木さんが火薬をどんどこ爆発させたもんだから、十兵衛おじさんがキレちゃって矢の雨降らせたもん。兄ちゃんが身を挺して庇ってくれなかったら、オイラも危なかった。それで……」

 言い淀む連也と、その時の事を思い出したか暗い顔をする半兵衛さん。

「ふむ。それでどうした?」

「オイラと半兵衛さんを庇った時、兄ちゃん、十兵衛おじさんに左足の腱を……」

「そういう事か……」

 沢庵さまが両腕を組んで、ふむ、と唸る。「――本人が何とも思ってないのだ。気にするな、連也」

「でも……」

「樹は根を張ったところから一歩も動けぬ。が、青々とその枝葉を伸ばし、幹は太くなる。連也、お主は樹が動けぬことを嘆くと思うか?」

「いやいや、人と樹は違うでしょう??」

「同じじゃ。こやつは島原より放たれた種子。今はお主達、仲間という名の大地に根を張り、枝葉を大きく伸ばそうとしておるところ。枝を一本切られたぐらいでその勢いを潰せるものか。――じゃろう?」

 泣きそうな顔の連也に近付き、頭をゴシゴシと撫で回しながら俺に目で合図する。俺にも何か言えと?

 ふむ。――俺は連也と半兵衛さんの手を掴み、

「兄ちゃん?」

「四郎さま?」

「柳生新陰流、俺の思い描く理想の為にかてとなって貰おうか。イヒヒ……」

「……兄ちゃん、それ、悪党の笑い方だよ」

 呆れてやがる。ふん。

 半兵衛さんは、しょうがない人ですね、と微笑と苦笑が入り混じった笑みを浮かべ、

「大丈夫です。私も立ち止まりません。私だってある意味、死人しびとみたいなものですしね。――助けられた御恩を返す為に貴方の剣となり、理想への道を切り開きましょう」

 物語に見る騎士のような台詞を言う。今日からセイバーと呼んでやろうか。

 連也が、俺も俺も、と掴んだ手を上下に振る。

「お前はランサーな」

「??」

 二人が座ると大僧正は、ふぉっ、ふぉっ、と笑い、

「無事にそこの二人立ち直ったようだな。ならば拙僧への礼を聞いて貰おうか?」

 と呟いた。

「え~と……銭は持ってないですよ、俺?」

「見れば判るわ。お主、島原では南蛮の民話を本にして宗徒達に配り、読み書きの教本にしてたと小耳に挟んだ。……一冊一冊、手書きしたのか?」

「いえ。印刷っす」

「いん……さつ?? 何だ、それは??」

「簡単に言うと、いろは各文字を彫った活字……印判を大量に用意するんです。何組かそれが出来たら、木枠か何かにそれを並べて文章にし、紙を押し付ける」

「ッ!? そ、そうか、その手があったか……い、いや、待て。いろはなら印判の数は五十に満たない程度だが、漢字はどうする? 膨大な数の印判が必要になるぞ??」

 目を真ん丸にした大僧正が食い気味に訊いてきた。ちょっとコワい。

「ええ、だから日ノ本ではこの発想は出て来なかった。南蛮ではABC……いろはが二十七文字で、その組み合わせで単語……言葉を作り、更にそれを並べる形で文章を作りますから」

 漢字は無理か……、と大僧正が嘆息する。

「いえ。手が無い訳では……」

「?」

「一つは人海戦術。膨大な手間暇をかけて印判を用意する事です。二つ目は、一文字ずつ用意するのは諦めて板か何かに文章を彫ってしまう事。昔、半島に高麗って国があった時に彫られた大蔵経の板――版木が今も残されてるって聞いた事があります」

「うむ。海印寺じゃな。拙僧も聞いた事がある」

「三つ目は、幾ら漢字が膨大とは言え偏やつくり、冠などで共通するものはある。つまり、そこまで分解して印判を作れば……」

「ふむ。億の数の印判が数千万程度になるか……その程度の違いだろうがな」

「ええ。戦乱の世ではとても出来ない作業ですね」

 ニヤリと笑うと大僧正も同じような笑みを浮かべてみせた。

「でも、今は戦乱も過ぎ去り偃武の世。それに、それが出来たら経文以外にも色々なものが作れよう。……面白い」

 沢庵さまが、ふぉっ、と笑った。

「大和尚。やる気か?」

「何を他人事のように言うておる? お主も手伝え、沢庵」

「ほッ? い、いや、禅宗には不立ふりゅう文字もんじという教えが……」

「知らんわ。こういうのは一つの宗派だけでやるのではなく、多くの宗派が参加する方が公平性が担保される。……そうしないと崇伝が五月蝿いから喃」

 ああ、金地院崇伝か。あれは坊主というより四角四面の法務官僚だからな……。

 チョンチョン、と雪ちゃんが袖を引っ張る。

「?」

「多くの宗派が参加する事で公平性を担保する――吉良の若様が言ってた京の学者達や宗教家達の縄張り争い。この計画を上手く使えば制御出来るんでは?」

 おおッ! その手があったか!!

 思わず両手をポンと鳴らすと、大僧正が「何の話だ?」と訊いてきた。

 雪ちゃんがコホンと咳払いして説明する。

「吉良家の御曹司と奇縁で出来まして。それで聞いたのですが……今、京では学者や宗教家達が上皇様に気に入られようと、『自分が考えた神道が最強!』と言って議論してるらしいのです。流れによっては幕府批判に繋がりかねないのでは、と公家達は戦々恐々としてるとか。でも、学者達はそういう機微に疎いようで……」

「お主達の事だ。ただ聞いてただけではあるまい。どんな手を打った?」

「四郎様の提案で安い塩を作り、問題のありそうな輩には売らない計画を練ってます。まだ塩そのものが出来てないので、手を打ったと言う程のものでは……」

「清めの塩か、成程……」

 沢庵さまが顎に手を当ててフムと頷き、大僧正の方はニヤリと笑ってみせた。

「大和尚?」

「京の話は拙僧も耳にしておる。神道については一案があってな。議論に参加してやろうと思っておる」

 げげッ!!

 て、天海僧正とディベートって……皆、怖がって逃げるぞ??

 浮かべてる笑みが坊主というより、麻雀漫画『むこ〇ぶち』の主人公のそれに近い。相手を論破した時、「御無礼」とか言いそうだ。




天海僧正って、もう『黒幕』とか『策士』とか、そういうレベルの人間じゃないと思います。



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