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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第九章 ――みちのくへの細道――
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第九章 8


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 大僧正はこの日光山輪王寺の頂点である。そんな御方に今日行って今日会える訳が……と思ってたのだが、もう老齢の為に忙しい雑務は後進に任せており、意外と時間が余ってるらしい。

 まるで仁王のごとき体格した僧が静かに進んで俺達を先導する。多分、俺達の内に何か悪意を持つ者が居たら、この僧が体を張って大僧正を守るのだろう。一対一だったら勝てる気がせん。

 奥まった一室の前で止まると仁王さんが、大僧正様、と小さく声を掛けた。

「……どうしました?」

 障子の向こうから梟の鳴き声を思わす低い声が響く。いや……どっちかと言うと物ノ怪か? 仮に、この向こうに居るのが果心居士と言われても俺は信じられる。

「沢庵様とお連れの方々がお越しです」

「ふぉっ、ふぉっ、『朋有り、遠方より来たる』ですか。どうぞ、入られよ」

 廊下に跪いていた仁王さんがその言葉に頷き、静かに障子を開ける。

 少し薄暗い一室の文机の前で、僧衣をまとった小柄な老人がこちらを向いて微笑んでいた。まるで髑髏に皮を張り付けただけのようにやせ細っているが、目は妖しい輝きを放っている。

 沢庵和尚を先頭にぞろぞろと入ると、仁王さんが障子を閉めて音も無く立ち去った。

「久し振りですな、大和尚。お互い、娑婆をおさらばする前に会えて何より」

「何の。お主より先にくたばってたまるかよ。――名人も元気そうよ喃。で、後ろに引き連れてる金魚のフンは何ぞ?」

「この世に未練を残してさまよってる怨霊と、それを面白がって匿ってる馬鹿の一団――ですかな、水戸の若君?」

 何故、そこで俺に振るッ!?

 ニヤニヤしながら俺を見る和尚の横にドサリと座って胡坐をかき、俺は無言で肩を竦めてみせた。後ろにぞろぞろと怨霊達が座る。

 ……怨霊、今「よっこらしょ」とか言わなかったか?

 大僧正が面白そうに目を細める。

「おぉ、水戸の若はこのような抹香臭い寺など興味なく、酒と白粉の匂いがプンプンするところが好みだと思いましたが?」

「勘弁してくれ、大僧正。これでもコイツ等の影響で最近、本を読むようになったんだ」

「ほぉ。得るものはありましたか?」

「日光は昔、補陀落ふだらくを意味する『二荒ふたら山』と呼ばれていたと聞いた。更に千代田の城の真北、昴の方角に位置する。ならば何故なにゆえ、『東照』大権現様はこの地に祀られたのか? 久能山からこの地に移動させたのは大僧正、貴方らしいじゃないか? ――俺の答えはこうだ。この地は“北”に対する第一防衛線であり、同時に“西”が江戸を攻めてきた場合の将軍家の落ち延びる場所である。故に結界を張って聖地とし、この地を守る必要があった。どうだ?」

 俺としては自信があったのだが、大僧正はニコニコと微笑むだけで何も言わず、和尚は意地悪い顔して怨霊に「どう思う?」と振った。

 俺の後ろで両腕を組んで首を捻っていた怨霊は、う~ん、と唸り、

「戦の指揮官としてなら、さすがは大権現様のお孫、鋭い視点だと思う。でも、聖地というなら……もっと昔から、ここは聖地だったんじゃないかな?」

「と言うと?」

 和尚が先を促し、無言のままの大僧正は目だけキラリと光らせた。

「この寺の名は『輪王寺』。『輪王』とは『転輪聖王』、仏教で理想の王の事。大権現様をそうお見立てなされたのでしょうが……元の名は『四本しほん龍寺りゅうじ』、更に言えば、開基である勝道上人が付けた名は『紫雲しうん立寺りゅうじ』。高貴なる運気、紫雲が立ち上る地の意……。四本龍寺というのはそれが訛った――いや、運気の立ち上る地は風水で言えば龍穴りゅうけつの事。それ故の『龍』の字か? 名を変えたのが弘法大師さまか慈覚大師さまかは知りませんが……」

 正雪と半兵衛さんが感動したかのように潤んだ瞳で奴を見詰め、柳生の小僧や他の連中はまったく理解出来ないと首を傾げていた。

「兄ちゃん……南蛮の言葉じゃなく日ノ本の言葉で喋って」

「日ノ本の言葉だよ!」

 うん、俺もよく理解出来なかった。

 大僧正様が、ふぉっ、ふぉっ、と梟のごとき声を出して笑った。

「怨霊とやら、生前の名は何と言う?」

「島原の地では『天草四郎時貞』と呼ばれておりました」

「ッ!?」

 大僧正の目が真ん丸に開く。

「ハハッ、大和尚がそのように驚く顔、初めて見ましたぞ」

「戯れが過ぎるぞ、沢庵。――まことなのか? 真ならば、何故、幕府に伝えて捕らえぬ??」

「怨霊……いや、化け物だから、ですか喃。数百年先の世より時の坂を転げ落ちて来たと本人は言っている。真ならば、人の世の仕組みである幕府がどうこう出来る相手ではありますまい」

「数百年先の世……真か??」

「愚僧はあながち嘘とも思えぬ。故に大和尚に見極めて貰おうと連れて来たので」

「……」

 ふむ、と呟き大僧正が目を閉じる。「――まさか、あの方と同じか??」

 あの方??

 尋ねようとしたが、先に大僧正が口を開いた。

「天草四郎。数百年先の世で幕府はどうなっておる?」

「ありませぬ」

「やはり……西に倒されたか?」

「やはり?? え、えぇ……幕府という仕組みでは色々と限界に来ており、そこを突かれた感じですかね。でも、何故それを??」

 怨霊が怪訝な顔をする。

「諸行無常、盛者必衰か……。天草四郎、もう一つ答えよ。お主がこの世に残した未練とは何だ?」

「原城で虐殺された者達が望んでたのは、ただ静かに……穏やかに一日一日を過ごしたい、それだけでした。ですが、南蛮貿易という打ち出の小槌を失い、懐の寒くなった領主達は民百姓を締め上げ、無理矢理年貢を徴収しようとしたのです。『食べるものが無くて飢え死ぬ? 切支丹が減るなら結構な事じゃないか。幕府に対して面目が立つ』と」

「……」

「幕府を倒した西の者達が中心になって作り上げた組織は、最初はそれなりに機能しますが、いつ頃からか方向性を見失い、複数の異国が絡む大戦争に自ら飛び込んで……最期は大地を焼かれ、多くの民が死にまする。因果応報と言うには余りにも多くの民が……」

「その流れを変えたいと?」

「えぇ。島原で散った民達が夢にまで望んだ『穏やかな世』……それを実現したく」

「……あの方の言うた通りか」

 大僧正が溜息を吐いた。

 今度は誰もが聞いたようで、怨霊を筆頭に皆が小首を傾げる。

「あの方とは? 大僧正」

 と、和尚が尋ねる。

「拙僧の知る限り、そこの天草四郎と同じく『数百年先の世』から転げ落ちて来た者は、この寛永の世に後二人、る」

 な、何だとぉーッッ!!



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