第一章 4
「あ、待ってください。――商人に会うなら救荒作物を入手して下さい」
「きゅう……こう? 何だ、それは??」
安藤殿が襖に手を掛けたところで立ち止まり、俺を睨む。
「もしかしたら耳にした事がおありになるかも知れませんが、琉球より薩摩に伝わった芋です。後、もしジャガイモも見付かれば是非、入手して下さい。荒れた土地でも簡単に増やせる作物です」
まあ、連作障害とかもあるが、それは入手出来てから説明しても間に合うだろう。ってか青木昆陽、ごめんな。
紀州公と家老の安藤殿が顔を見合わせる。
「ジャガイモとやらは聞いた事あるな。安藤、すぐに手配しろ」
「はっ」
安藤殿と尾張の家老である竹腰殿が広間から出て行く。
「後、近いうちに発生するのは……あ、会津の加藤家で騒動が起きますね」
この異常気象と不作に各藩が頭を痛めてるなか、会津の殿様は女と酒に逃げた。先代は加藤清正と並ぶ賤ヶ岳七本槍の一人だったが、二代目は自分本位のガキだったのだろう。バカバカしくなった家老の堀主水は、一族を引き連れ会津を出て行く。その際、国境で城のある方向目掛けて鉄砲を撃ったというから、この堀主水という男も只者ではない。
が、矢張り鉄砲はマズかった。堀一族の男達は高野山に、女達は鎌倉東慶寺に入ったのだが、殿様は幕府に「城に向けて鉄砲を放つなど謀反に等しい!」と訴え、堀一族捕縛の許可を求めたのである。それも何度も。
あまりのしつこさに幕府も音を上げ、高野山と交渉に入る。確かに謀反に等しい行為であり、他に真似する奴が出てきたら堪ったものではないのも事実だ。堀主水は「このままでは御山に迷惑をかける」と息子二人を連れ下山。幕府に弁明する為に江戸に赴く。
最終的に堀主水は斬首、息子二人は切腹となるのだが……問題は鎌倉東慶寺だ。この殿様、調子に乗ってこっちにまで使者を送って「堀の女達を引き渡せ」と迫ったのである。所詮、女寺と軽く見たのだろう。使者が上から目線で言う光景が目に浮かぶ。
だが、この寺の住持――トップは只の女じゃない。あの豊臣秀頼の娘(側室に産ませた子供)、つまり太閤秀吉の孫なのだ。名は天秀尼。彼女は使者を追い返した上で秀頼の正室、つまり義母にあたる天樹院千姫を通して幕府に猛抗議する。
「……頼朝より以来此の寺に来る者如何なる罪人も出すことなし。然るを理不尽の族、無道至極せり。明成(加藤家の殿様)を滅却さすか、此の寺を退転せしむるか二つに一つぞ」
この一件により加藤家は会津四十万石から石見一万石への大減封となる。――で、このエピソードを大胆に料理したのが山〇風太郎の名作『柳〇忍法帖』だ。敵陣の真っ只中に乗り込んだ十兵衛が啖呵を切るシーンは、鳥肌が立つほどカッコイイ。
俺の説明を聞いた一堂が溜息を吐いて妙な顔をした。
「あの馬鹿なら……やりかねないな」
大岡政談のモデルの一人とも言われる板倉様まで苦笑いだ。
「そんなに……馬鹿なんですか?」
「馬鹿だ」
と尾張公。「――周りの状況が読めない、クソ生意気で頭の中がガキのままの奴なんだ」
もしかしてKYってやつですか?
烏丸老が微笑み、皆の顔を見回す。
「ふむ。飢饉と会津で騒動。これが本当に起きたら怨霊殿の話を信用してもいいんじゃないかのぉ? 皆はどう思われる??」
「確かに。同意する」
「うむ」
紀州公、尾張公が頷き、板倉様も「ですな」と呟いた。
烏丸老は皆の同意を得たとして、再び俺に視線を向けた。
「さて、怨霊殿。未来を我等に教える見返りにお主は何を求める? 切支丹の解禁か?」
うん? 保護してくれるだけじゃなく何かくれるのか??
爺さんと顔を見合わせると、重さんが顎に手をあて首を傾げた。
「解禁は難しいのでは? 京に来るまでの間、四郎殿に南蛮の国々について色々と教わり、切支丹にも仏教と同じく幾つか宗派があるのを知りましたが……彼等の目的が貿易ではなく、我が国の民を教えに染めて自分達の下に組み入れる……侵略だとすると、とてもじゃないが親しい近所付き合いなど出来ません」
うん。その通りだ。ヨーロッパと日本は近所と言えないがね。
「ええ、重さんの見解は正しいです。肌の色や宗教の違いで見下す連中が多い時代です。今、この国が連中と付き合うのは生まれたての小鹿が狼の群れに飛び込むに等しい。ですが、いつまでも鎖国を続けていたら……」
「様々な分野で差を付けられ、最終的には幕府が潰れる……か。戦う場を失い、型を継承するだけに落ちてしまった剣術と、常に戦いの場にある剣では確かに差が出よう」
尾張公の家臣の一人が呟く。
俺はコクリと頷き、
「幕府が潰れ、潰した者達による新しき国作りが始まりますが……世界は戦乱の時代に入ります。そして、日ノ本は……」
言い澱む。果たして、これは言っていいのものなのか……いや、でも……。
「どうしました、四郎さま?」
雪ちゃんが心配そうな表情で俺を覗き込んできた。ってか、男の格好でその少し顔を傾けた上目づかいはヤメろ。
ここまで来たら、毒を喰らわば、だな――俺は苦笑を浮かべ、何でもないですよ、と言った。
「日ノ本は……その時代、何かあるのか?」
先程の尾張公の家臣が俺を見詰める。まるで心の底まで見透かれそうな……迷い込んだ深山の中で見つけた湖面のような瞳をした老人だ。
「失礼。貴方様は……?」
「ああ、こちらこそ失礼した。自分の名は柳生兵庫助。今は如雲斎と号している」
柳生……兵庫? 尾張柳生の初代じゃねえか!?
あわあわ言う俺を、雪ちゃんが顔をしかめる。何て言うか……変なものを見る目だ。
「す、すいません。……柳生様、貴方様の剣は見事に俺の居た時代、300年先まで子孫の方が守られております」
柳生様が、おお、と嬉しそうな表情をする。
「ふむ。それは嬉しい話だな。自分個人としては無条件に怨霊殿を信じたくなりましたよ。――江戸の叔父上の系譜は……訊かない方がいいかな?」
「それは……言わぬが花、という事で。ただ、幕府崩壊の戦乱の世、江戸柳生を学んだ剣士は……」
苦笑いしながら首を左右に振る。近藤勇率いる新撰組や幕末三舟の一人、山岡鉄舟、また勝海舟の親戚でもある男谷精一郎、剣豪として名高い島田虎之助、他にも隻腕の伊庭八など綺羅星のごとく幕末には多数の剣士が居たが、江戸柳生の名は……無い。
察したのか俺と同じように苦笑いする柳生様が、話を戻してくれ、と言う。
「はい。世界を舞台にした戦乱――そこで、日ノ本は焦土となります。数万の人が住む町を一瞬で焼き尽くす爆弾を落とされるのです。俺は……その未来を変えたい!」
「数万を……一瞬で、だと??」
柳生様だけではなく、他の男達も目を剥いた。