第九章 6
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――おお、勇者よ。死んでしまうとは……。
白い光と共に何だか懐かしい声が……って、待て。
その台詞は色々な意味で危ない。
――なら、死んだらどお……。
それ、絶望しちゃうから。
ってか、誰だよお前?
――私ですか? 私は……もう一人の“貴方”、ですよ。
はッ!?
――もう一つの可能性、と言った方が判りやすいですかね。まあ、『失敗した』が前に付きますが。
さっぱり判らん。こういうのは、“神”とか出て来るのがお約束だろう。駄女神とか。
――神……。そう言えば、『神は死んだ』とか言った人も居ましたけど、環境破壊が進んでしまった21世紀の地球を見たら、神様もきっとこう言うんじゃないですかね。『死んだらどうするッ!?』って。
結局言うのかよ、その台詞ッ!?
――だから、死んじゃ駄目ですよ。もう一人の私……。
おいッ!
一瞬、白光の中に髪の長い少女のようなシルエットが微笑んだような……。
「おいッ、アンタはあの時のッ!?」
はッ!?
……目を覚ますと、がらがら、という音と共に真っ青な空が見えた。どうやら大八車に乗せられてるらしい。何か変な夢を見てたような気がするが、全然思い出せない。
左足がズキリと痛む。目線を向けると、膝から下が添え木で固定された上でサラシでグルグル巻きにされた状態だった。全身グルグル巻きだったら志々雄さんのコスプレが出来るのにな。残念。
「あ、四郎様!? 大丈夫ですかッ??」
横を歩いてた雪ちゃんが俺に気付き、大八車を停めるように指示を出した。
着てるものがさっきと違うような……。あぁ、着物、弓矢の攻撃でボロボロになっちゃったんだっけ。
目元も少し赤い。……泣いちゃってたのかな?
上体を起こすと皆が前に集まって来る。
その真ん中に居た連也が泣きそうな顔で、後ろに隠してた長い棒を俺に差し出した。
「ごめん、兄ちゃん」
「うん? 何これ?? ……錫杖??」
「兄ちゃんの左足、もう前みたいに動かないと思う。これが必要になる」
ああ、杖代わりの棒か。
受け取った杖を軽く振り、感触を試す。……うん、軽いけど丈夫で簡単には折れなさそうだ。
「さすがに兄上が放浪中に持ってた杖は、怪我人には無理ですので」
半兵衛さんが肩を竦めて苦笑いを浮かべる。それ確か、鉄芯に割り竹を括りつけて漆で固めたっていう、杖とは名ばかりの凶器じゃなかったっけ??
大八車から降りようと左足を地に着けたら、ズキリ、と痛みが走った。思わず顔をしかめる。
肩を貸そうと近寄って来る半兵衛さんを制し、杖を突いて立ち上がる。
ふう……。
「で、どうする? 怨霊」
「どうするって、忠さん?」
「このまま江戸に戻って療養するのもアリだぞ、と言っている」
ふむ。
一週間かそこらで治る怪我ならそれもアリだが、この時代の医術で斬られたアキレス腱が完治するとは思えない。だったら……。
「伊達政宗公が考案したという『ずんだ餅』、俺抜きで食う気だな、忠さん?」
「餅食いたいが為にその足で歩くと?」
「だって、江戸に来る時、安倍川餅食うの忘れたんだもん!」
「『もん』じゃねえよ!『もん』じゃ!!」
唾を飛ばして怒鳴る忠さん。でも、目はニヤニヤしている。「――本当に行く気か?」
「漫画で読んだんだが、『孫子ノ兵法』を著した孫武の子孫に、冤罪で両脚切断の刑罰に遭っても軍師としてその才を発揮し、自分を嵌めた奴を見事打ち倒した人物が居るらしいぜ」
呆れ顔の光さんが、わ~た、わ~た、と右手を振る。
「……ってか、まんが、って何だ?」
「確か、絵巻物の発展形……だそうですよ」
俺の横に立った雪ちゃんがニコリと微笑む。「――ですよね、四郎様?」
……無理して笑みを浮かべてるって感じだな。心配かけてゴメン。
雪ちゃんの後ろに流した長い髪をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
「俺に孫臏のような才があるかは置いといて、この足じゃあ、文字通り、皆の足手まといになる。だから頼む。俺を北に連れて行ってくれ」
皆に向かって頭を下げる。
しばらくその姿勢でいると、やれやれ、と言った感じの溜息が皆の口からこぼれた。
「しょうがねえなぁ。まあ、先生や連也に半兵衛を身を挺して守ったからな。その心意気に免じて連れて行ってやるよ」
「忠さん……」
顔を上げると、忠さんがそっぽを向きながら後頭部をガリガリと掻いていた。髭面で判りにくいが、心なしか頬が赤くなっており照れてるように見える。
連也もニヤッと笑って肩を竦めてみせた。
「蝦夷地の人達に柳生新陰流を広めたいから、オイラも構わないぜ」
おい。
横で聞いてた半兵衛さんが、そんな野望を持ってたんですか、と目を丸くしている。俺もびっくりだわ。
光さんが苦笑いして、
「まあ、いつまでに行かないといけないって縛りがある訳じゃないしな。のんびり行けばいいだろう。伊達藩も今日明日に何かが起きるとも思えないし」
「ああ……って、光さん! 何、しれっとここに居るんだよ!? 日光で合流する約束だったろうが??」
「いやあ、そこの坊主がお前達のところに帰るって言うから、ついでにな」
ついででほっつき回るな、水戸家の次期藩主。
別木さんは難しい顔して顎に手を当て、
「怨霊殿。『はんしゃろ』とは何でござろう?」
はい?
はんしゃろ……反射炉ッ!?
「別木さんッ! その言葉、どこで!?」
思わず別木さんの襟を掴んで締め上げてしまう。
「く、苦しい……お、怨霊ど……の……離して……」
「離してほしけりゃあ、洗いざらい話せッ!」
「し、死ぬ……」
「さあ話せ。話したら離してやる!!」
「意味判らんわッ! 落ち着け、怨霊!!」
ぺちん、と光さんに後頭部を叩かれた。
苦笑いした半兵衛さんが俺の頭を撫でる。
「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでけぇ――『ちちんぷいぷい』って何の事なんでしょうね? 知ってますか、怨霊殿??」
知らん。
「なら、『はんしゃろ』とは?」
「平たく言うと……鉄を溶かすのに、鍛冶師は『ふいご』で風を送り込んで窯の温度を上げるでしょう? なら、もっと温度を上げれば『いい鉄』を得られるんじゃないかって発想だよ」
皆が、ほお、と唸る。
ただ、その温度に耐えられる窯じゃなきゃいけない訳だから、材料揃えて組み立てるのがちと面倒臭い。平成の世で一介の高校生だった俺は勿論、造った事などない。
そう言えば、某男性アイドルチームが無人島で造ってたっけ……。
「で、別木さん! どこでその言葉をッ!?」
別木さんの襟を掴んでそのまま首を絞めそうな勢いの俺を、半兵衛さんと雪ちゃんが肩を押さえて「どぉどぉ」と宥めた。
「落ち着いて下さい、怨霊殿」
「そうです、四郎様。坊主を殺したら七代祟られますよ?」
襟を離すと別木さんは大地に両手をついて、はあはあ、と荒い息を繰り返した。
「……はあ、死ぬかと思った。誰も拙者の心配してくれないし……」
「いいから教えろ、誰がその言葉を口にしたんだ?」
「光さんの依頼人ですよ」
依頼人? それって確か、俺が原城から脱出したのを見抜いたという……??
まさか……。
まさかまさかまさか……。
「まさか、その人って……俺と同じ……数百年後の世から??」
光さんに目を向ける。光さんは肩を竦め、さあな、と言った。
「悪いがその方の事は何一つ話せんのだ」
「何故?」
「その方は今……絶賛、幽閉中だからだ」
「ッ!?」
「表向き、誰も会う事は出来ない。俺だって袖の下を門番に渡したり色々工作して、裏でこそこそと会ってるだけなんだ。もし、将軍家にバレたら俺の身も危ないだろう」
「……」
御三家の人間でさえ会うのを禁じられてる人物……。誰だ? 歴史に名が残ってる人物か??
そして、その人物は俺と同じように時の坂を転げ落ちてきた可能性が高い……??
「幽閉を……」
「うん? 何だ、怨霊??」
「幽閉を解除出来るのは将軍のみ?」
「あぁ。だが、当代の将軍家がその命令を出すのは……無いだろうなぁ」
光さんが深く息を吐く。
俺……その人に会わないと駄目だ。
推理小説でいうところの、真犯人ではないが事件の真相を知ってる人物って言うか……。
主人公が飛天何とか流を使う漫画だと、主人公のお師匠さんと言うか……。いや、別に包帯グルグル巻き男と戦う予定は無いけど。
「どうした、怨霊?」
熟考に沈んでた俺を、光さんが不思議そうに見詰めて来る。
「光さん……」
「うん?」
「頑張って出世して江戸城内で権力握ってくれ。で、その人の幽閉を解いて俺に会わせてくれ」
「ま、まだ正式に藩主を継いでない青二才に無茶言うなよッ! 馬鹿野郎ぅぅッ!!」
……地面のあちこちに矢が突き刺さり、また車輪の破片が飛び散ってる“戦場跡”に若き水戸家次期藩主の絶叫が響き渡ったのであった。
「綺麗にまとめようとするな!!」
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