第九章 5
天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 四月 野火止
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「何だぁ!?」
道の向こうから幾つもの車輪が転がって来て、いきなり爆発した。周囲に黒煙が立ち込め、車輪の破片があちこちに飛び散る。
倒れないようにする為の工夫か、車輪は二本一組で転がって来ており、見た目はミシンで使うボビンの化け物って感じだが……これって……、
「ゲホッ、ゲホッ……ぱ、パンジャンドラムぅぅ??」
煙に咳込みながら周囲に目を走らせる。黒煙に包まれているのではっきりしないが、側に居る雪ちゃんや忠さん達は無事のようだ。さすがにチャンバラを続けられなかったか、連也と半兵衛さん、それから十兵衛様は動きを止め、睨み合いをしながら周囲に気を巡らしている。
……この三人、咳込んでないな。某アニメの妹が毎回言う『さすがです、お兄様』じゃないが、流石は柳生新陰流。雪ちゃんも咳込んでないけど、彼女は忍びの心得があるらしいから独特の呼吸法でもしているのだろう。
煙が薄まると同時に俺達の周囲には、別部隊として移動してた筈の浪人達が円陣を組んで固めていた。どっから湧いて出やがった、コイツ等? 御丁寧に横転させた大八車を遮蔽物代わりに設置し、片膝をついて鉄砲を構えている。
「必殺『車懸りノ陣』! 成功ですぞ、怨霊殿」
浪人達の指揮をしていたらしい別木さんがニヤニヤ笑いながら俺の肩を叩いた。ちきしょう、ブン殴りてぇ。何故か一緒に居る光さんと甚君も苦笑いしている。
「どうした、怨霊?」
……パクリなんすよ、光さん。劇場版『戦〇道』の。
「ってか、『車懸りノ陣』はこんなんじゃねえよッ!? あれは、どんな陣形からでも機を捉えたら一気に攻撃に転じる――言わば、その合図なのッ! 敵の各部隊に自軍の将を次々とぶつけていって、その動きを封じ、敵本陣までの道を切り開く……。川中島で信玄公が謙信公の刀を軍配で受けたって伝説はそういう意味なんだよッ!!」
光さんが、おおっ、と言って両手をパチンと叩いた。
「ならば『車』とは?」
「乗り物の牛車……あれは目的地まで、乗ってる人が一歩も降りずに向かうでしょ? つまり、謙信公率いる本隊を出来るだけ無傷で敵本陣まで運ぶ意味合い!! これで想像出来なかったら……竜骨車ってあるでしょ? 水車を楕円形に伸ばしたようなやつで、ちょっと離れた場所に水を汲み上げる……」
「ふむ」
「竜骨車の升を各部隊、運ばれる水を本隊って考えたら……腑に落ちない?」
「おお! 水は方円の器に従う……つまり『車懸り』とは、一定の形に捉われない水のごとき陣形って事か!?」
瞳を輝かせて光さんが何度も頷き、それを見て甚君と熊谷さん、別木さんは苦笑いしてた。一応、敵に囲まれてる状況なのに何でそんなに余裕なの、アンタ等。
「ここは退くべきなんだろうが……お前等に一撃も打ち込めずに退くのは業腹だな」
十兵衛様がスッと右手に持った刀の切っ先を天に向ける。
天?
……あッ!? やばっ。
「放てッッ!!」
刀が振り下ろされると同時に、今まで攻撃のタイミングを掴めなかった甲賀衆が、一斉に上空に向けて矢を放った。高い位置まで上がった矢が、ヘアピンカーブのごとく急角度で曲がって俺達の頭上に雨あられと降って来る。
「グッ!」
刀を持つ者はそれを振り回して矢を払い除けるが、躱しきれない矢が体に掠めて鮮血が飛び散った。
「忠さんッ! 雪ちゃんを!!」
「承知ッ!」
体を縮こませて俺にしがみついていた雪ちゃんの腕を掴み、忠さんの方に押しやる。
あ……。
一瞬、雪ちゃんが切なそうな瞳を浮かべたが無理に笑って微かに頷いた。俺も頷き、十兵衛様と睨み合う連也と半兵衛さんの方に向かって走り出す。この二人、十兵衛様の剣に意識を集中してるから、矢を躱しきれてない。
数本の矢が掠める。痛ぇな、ちきしょうめ。
「兄ちゃんッ!?」
「四郎様ッ??」
動くな、お前等。
二人に飛び掛かるようにして強引に押し倒す。矢が数本、俺の体に突き刺さり、逸れた矢が腕の中に居る半兵衛さんの肩を掠めた。着物の一部が裂けて鎖骨の白いくぼみが露わになる。一瞬遅れて、そこに一筋の血が流れた。
「四郎さまッ!?」
「動かないで! ――」
「――隙ありだ。怨霊」
矢の雨の中、上体を低くした十兵衛様が一陣の魔風のごとく俺に近付き刀を振り上げる。やばッ、と思った瞬間、左足にスパンと冷たいものが走った。
「四郎様ッ!?」
「兄ちゃんッ!?」
「怨霊殿ッ!?」
胸の中の二人が叫ぶ。だから動くなって。
痛ッ……。
段々と鈍い痛みがはっきりしてくる。見ると左足の足首からジュクジュクと血が溢れていた。アキレス腱を斬られたか。
くノ一の傍らに立った十兵衛様が刀に付いた血を払い落とし、パチリと鞘に納めた。それを合図にしたか、矢の雨が止まり十兵衛様が俺達の方に振り返る。
「さっきの『車懸りノ陣』についての講釈。なかなか面白かった。――が、それでお前達の陣の弱点に閃いた」
「形に捉われない水……ならば」
立てない俺を連也と半兵衛さんが肩を貸して立てさせてくれた。
「ならば――上から叩いて飛沫にしてしまえばいい、ですか?」
後ろからやって来た雪ちゃんが俺の後を引き取り、十兵衛様に向かって冷たい瞳で微笑む。「――謀略の元締めである但馬さまの長子とは思えぬ豪快さですね、十兵衛さま」
確かに。出る杭など叩く前にぶった切る、って言いそうなタイプだよな、この人。
「親父殿の腹黒さだけは受け継がなかったのが唯一の自慢でな。しかし……」
十兵衛様はそこで言葉を切り、光さんに目を向けた。「――さすがは水戸の若。一軍を率いる将器をお持ちのようだ」
「おだてても木には登らんぞ? 俺は水戸家も持て余す傾奇者だからな。ってか、あの車輪を転がして爆発させるっていう滅茶苦茶な策は、俺の考案じゃないからな? 勘違いするなよ??」
すいません、皆さん。俺、血がどくどく出てるんですけど……。
「さて怨霊。その足では貴様の行動も鈍るだろう。次に会った時は冥途に送れそうだ」
「その時は閻魔大王に渡す袖の下もお願いします。十兵衛様」
「廃嫡された貧乏浪人に何を期待してるんだ、お前は?」
十兵衛様が笑って踵を返す。「――またな、怨霊」
ええ、また……逢いたくないなぁ。
立ち去る十兵衛様とくノ一、それから甲賀衆を見送り、俺は……意識を失った。
「四郎様!?」
「兄ちゃん??」
「怨霊殿!?」
……皆の声が遠くに……。
車懸りって、本当のどころ、どうだったんでしょうね~。




