第九章 4
三雲あやめサイド 寛永17年(1640年) 四月 野火止
あの男、また訳の判らない事を……。
十兵衛様の二刀流についていけなかった金井半兵衛と柳生連也の二人だが、あの男と由井正雪が奇っ怪な節回しの歌を歌い始めてから、二人の攻撃にブレが無くなった。十兵衛様が防戦一方になってる。
チッ。
私は強く歯軋りをした。
あの男だ……。
あの男さえ殺せば……。
「去ね、貴様等ーッ!!」
「おっと、ここから先は冥土までの一方通行だぜ」
私の攻撃を大柄な男が手槍であっさりと受け流す。あり合わせで作ったような手槍なのに、日の光をギラリと跳ね返す槍の穂先が百や二百もあるように見える。
大柄の男の横に立つ老人が、おお、と歓声を上げた。
「宝蔵院流にそんな技あったか、忠さん?」
「いや。怨霊が『連続で突きを放ったら、一瞬にどれだけ放てる?』って言うから、試しにやったら……こんだけ出来た。奴は『おお、〇極流千峰塵ッ!』って喜んでたな」
無駄話を……。
右手をサッと挙げる。森の木々に潜んでいる甲賀衆へ、弓を使うよう合図だ。
――ッ!?
皆から戸惑う気配が伝わってくる。判ってる。このまま包囲陣形を維持して矢を放てば、私や十兵衛様にも当たってしまう確率は高い。
が……。
右手を前に振り下ろす。構わない。奴を殺す千載一遇の機会なのだ。
「放てッ!」
ヒュッ!
ヒュッ!
数十本もの矢が目の前の二人目掛けて降り注ぐ。数本、私の肩を掠め血飛沫が舞う。
大柄な男はニヤリと笑うと、手槍を振り回して自分等に当たる分だけの矢を風圧で叩き落とした。
横に居た老人が微笑みを浮かべ、丁字型の木の棒を構えた。まるで弓を棒に括りつけたような……。
「爺さん、それは?」
「怨霊殿は『くろすぼう』とか言っていたが、構造的には大陸に昔からある弩ですな。連射は利かぬが、狙いを付けるのは容易く老人の私でも……」
木の棒の先から黒い何かが飛んだ。
次の刹那、後方からドサリと大きな物音がした。
「この通り、充分、戦力になりまするぞ」
恐る恐る視線をそちらに向けると、喉笛に矢を生やした黒装束の男が地面に倒れていた。ヒクヒク、と痙攣しており、矢を抜こうと両手が空を掻きむしるような仕草をし……バタリと地に落ちた。
貴様等……。
「構わぬ! 私ごと奴等を射よッ! 針鼠にしてしまえッ!!」
水戸光国サイド 寛永17年(1640年) 四月 野火止
殺気に包まれた森の手前で、俺は両腕を組んで口をへの字に曲げた。
やれやれ。
どうしたもんかな、これ……。
「さて、どうします若? 甲賀衆による包囲陣で脱出は不可能。更には江戸柳生の十兵衛様が中央で刀振り回していて、連中の命、風前の灯火ってやつですよ?」
俺の前で片膝をついた甚がニヤニヤ笑いながら報告する。
「はぁ……。見なかった事にして水戸に帰ったら駄目か?」
横に立つ田沼のオッサン達が、いやいや、と右手を左右に振る。
「『見なかった』って……それ、完全に『見殺し』ですから」
「しかし、どうする? 包囲陣を力ずくで破る兵力、俺等には無いぞ??」
ここに居るのは俺と甚、それからバラバラに分解した鉄砲の部品など物資を積み込んだ大八車を引っ張る熊谷さん等浪人数名である。何故か甚と一緒に行動してた、本職は越前松平の密偵である廓然坊のオッサンも居るが……包囲陣に突っ込ませるか? 坊主殺したら七代祟るぞ、って叫んで。
「何か不穏な事を考えてませんか、光さん?」
錫杖を持って険しい目で森を見詰めてた廓然坊のオッサンがジト目になって俺を睨む。
「気のせいだ。――何か上手い策あるか?」
「森の中に禅寺があるという事は……一応、道はあるんですよね?」
ありますね、と甚が頷く。
「ならば……車懸りノ陣で行きましょう」
車……がかり?? それって上杉謙信公が奥の手とした陣形だろう。どう配置するのか、秘伝と聞いているが……。
廓然坊のオッサンが浪人達に指示し、大八車から予備の車輪を何本か降ろした。それを二本一組にして、一尺程の長さの棒を心棒代わりにして繋ぐ。そして、心棒に火薬を詰めた竹筒を括り付けて導火線に火を……。
「必殺、車懸りノ陣ッ!」
「それ、絶対に違うぞ。クソ坊主ッ!」
オッサンの合図で次々と車輪が甲賀衆の包囲陣目掛けて転がっていった。




