第九章 3
天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 四月 野火止
……さて、どうするか。
半兵衛さんと十兵衛様は江戸柳生の使い手。
対して連也は尾張柳生の使い手。
チャンバラ好きには常識だが、柳生新陰流は尾張が正統だ。江戸柳生が将軍家指南役となり、尾張柳生は尾張藩の剣術指南役な事から江戸柳生の方が上のようなイメージがあるが、あくまでも正統は尾張柳生である。
流祖である石舟斎の嫡男新次郎は、戦で大怪我をして大名家に仕える事が出来ない体だった。故に、新次郎の子である兵庫に石舟斎は徹底した英才教育を施したという。で、若者になった兵庫は、一時、加藤清正に仕えた事もあるらしいのだが、同僚とトラブり暇乞いをして修行三昧の日々に戻ってしまった。
その彼が歴史の表舞台に現れるのは関ケ原の後、家康に乞われて尾張藩の剣術指南役に就いてからだ。
因みに兵庫の叔父である但馬守宗矩が徳川家に仕えたのは関ケ原の少し前。石舟斎が辿り着いた奥義『無刀取り』の評判を聞いた家康が、是非とも見たい、と強引に会見の場を設けた。そして実際に自分で木刀を持って『無刀取り』を体験、大変感激したのか、その場で新陰流入門の誓いを立てた。が、石舟斎は老齢を理由に柳生の庄から出るのを固辞、代わりに宗矩を推挙した。この時、宗矩の年齢は二十四歳。関ケ原の際には秀忠の上田城攻めに随伴し、敵の奇襲が本陣近くまで攻め込んで来た時には七人を一瞬で斬り捨て、秀忠を守りきったという。
まあ、さすが柳生一族といったところなのだが、問題は二十四で石舟斎の元から離れたという点だ。それ以前から回国修行――実質、就職活動――をしていたという話もあり、先の七人斬りの逸話と息子である十兵衛様の剣を合わせて考えると、宗矩自身の剣も実戦的なもので、石舟斎の思い描く精妙巧緻の結晶であるべき新陰流からズレてしまっていたのではないか? 本人もそれを自覚しており、必死にそれを修正しようとしたのが『兵法家伝書』のような気がするのだ。
平成の世だったら、
「全国展開しているコンビニ・チェーン店じゃないんだから、まったく同じとはいかんでしょ?」
と、気にするまでもない話だろうが、正統の看板が相手にあると……但馬守の位を貰っても大目付になってもコンプレックスは解消されないよね。
つまり、何を言いたいかというと――連也と半兵衛さんの連携が微妙に噛み合ってない感じなのだ。おそらく十兵衛様はそこを完全に見切っている。
一歩踏み込み、身を低くした十兵衛様の左の剣が半兵衛さんにたたらを踏ませ、右の切っ先が連也の刀を持つ手の指を狙う。連也は大きく後方に飛んで、それを躱した。
「チッ、駄目だ、踏み込めねえ」
連也が悔しそうに舌打ちする。
「連也、半兵衛さん。『パラリラ作戦』だ!」
「何それ、聞いてないんですけど!」
「私も聞いてないです!」
ノリの悪い奴等め。
十兵衛様が残心から呼吸を整え、両手の刀を構え直す。
「何か策があるようだな?」
いえいえ。
俺は、雪ちゃんの耳元でこそこそと囁いた。
「……え? え、えええ~!? ほ、本当に……ここで?? や、やるんですか??」
「じゃないと、あの二人が十兵衛様相手に先手を取るのは不可能だよ?」
ってか、『ここでやる』って言い方やめて。聞き様によっては俺がR18的な事を命令してるように取れちまう。
「うぅぅ……判りました」
雪ちゃんが泣きそうな顔で一瞬俺を睨むが、スー、と息を吸い込んだ。
よし。
「――連也! 半兵衛さん! 動きを歌のリズムに合わせろ!!」
「り?? 何??」
「歌の拍子に合わせろ!!」
俺と雪ちゃんが歌い出す。
「「ざん……」」
原城で助けられて京までの移動中、俺は平成の世の事を少し雪ちゃんに話した。溢れかえる家電製品、学校教育というシステム、世界で称賛される日本製アニメ……。パラパラ漫画の要領で絵が動くという感覚を説明し、鳥獣戯画のような絵巻物が数百年後こうなるって話したらびっくりされた。
で、江戸での某日、水浴びしてる時に某アニメのOPを鼻歌で口ずさんでるのを雪ちゃんが耳にし、「私、気になります!」とばかりに説明を求められた。ノリの良い曲なので歌詞をあっさり覚え、歌も上達した。ついでに振り付けまで……。気分はアイ〇スのプロデューサーである。
「「……」」
最初は羞恥心で悶えてた雪ちゃんも段々ノッてきた。腕を振り、上半身を反らせ、声にも艶が出て来てる。無い筈の伴奏が聞こえてきそうだ。
「……ッ!」
「連也! 半兵衛さん!」
唖然としてた二人が俺の叱咤に我に返り、雪ちゃんの歌声に合わせて十兵衛様に向かって斬撃を放つ。ズレがあった二人の動きが、少しずつ合っていく。
刃と刃と噛み合う金属音が響き、十兵衛様が舌打ちした。
「チッ。うぜえぞ、お前等ッ!」
「……」
ザンッ!
シュッ!
無行から正眼に構え直した連也が地面を蹴った。一気に間合いを詰めて刃を振り下ろす。
同時に、身を屈めた半兵衛さんが反対方向から十兵衛様の足の腱を狙って横薙ぎを放った。
堪らず十兵衛様が大きく右に飛んで、二人の斬撃をかわす。
「機を織るがごとく、兵を自在に操る――か。名軍師じゃないか、怨霊?」
着地した十兵衛様の唇の端がかすかに持ち上がり、皮肉っぽい笑みの形になる。「――島原の時は、体調でも悪かったのか??」
「ええ、頭も悪いわ顔も悪いわ……おまけにへそも曲がってましたね」
「……ッ」
一瞬、十兵衛様の開いてる眼が真ん丸になった。そして、肩を震わせてクスクスと笑い出す。……それほど面白い事言ったつもりは無いんだがなぁ。
この程度なら歌詞、OKかな?
ダメ??




