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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第八章 ――騒乱の予兆――
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第八章 5



  天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 三月 江戸 張孔堂







         1




「これに水をかけると……」

 ロリ巫女さまが持って来た少量の生石灰に水を注ぐ。これに忠さんが、どれどれ、と手を近付けた。

「熱ッ!? 何だ、これ??」

 ボコボコと水が沸騰し、飛沫が忠さんの手にかかる。慌てて忠さんは手を引っ込めるが、石灰が少量だったので沸騰はすぐに収まった。しかし石灰を入れてた素焼きの皿が持たなかったようで、パキッ、と音を立てて二つに割れてしまう。

「これで弁当を温めるって理屈は納得した?」

「確かにこれなら……」

 皆が顔を見合わせ頷いた。納得してくれて良かったよ。どういう理屈でこうなるのか教えろ、と言われても困るし……。化学反応式、覚えてないしな。

「火が出ずに熱を生じさせる。確かに興味深いが、熱が生じるのは刹那せつなだけでは、薪代わりに湯を沸かすのは不可能かのぉ」

 俺の横で目をキラキラさせながら割れた皿を見詰めてたロリ巫女さま。それは石炭見付けてからって言ってるじゃん。

 もう一人、キラキラした目で割れた皿を見詰める女の子――尼さんが「ほへ~!」と感嘆の声を漏らした。何か用があって鎌倉から出て来た熊谷さんの娘さんだ。他にも一族の者らしき尼さんを二人伴っている。

 ……ってか流行ってんの? 『ほへ~』??

「四郎様、四郎様! これ、四郎様の書き物にあった『殺菌』に使えませんか??」

「殺菌? ああ、針とかをこれで熱湯消毒すると……駄目。やめて」

 生石灰きせっかい消石灰しょうせっかいというと、同じ音――『しょう』と『しょう』――だから誤字か変換ミスと思われそうだが、化学的には生石灰が酸化カルシウム、消石灰が水酸化カルシウムとなる。早い話、生石灰に水をかけたのが消石灰だ。

 因みに昔、校庭の白線引きに使ってたのは消石灰。今は卵の殻とかを砕いて作ったパウダーだから、昔は石灰だったなんて俺もウィキ見るまで知らなかった。

 で、石灰はアルカリ性だから、土壌汚染の解消や家畜の伝染病発生時の建物の消毒などに確かに使われてる。使われてるが……目に入った場合、最悪、失明の可能性もあり、皮膚や粘膜なども濃度によってはただれてしまう。危険性や扱い方などの知識を皆が共有出来るまで、医療の現場で使うのは無理だ。

 熊谷さんの娘さんが残念そうな顔をする。

「そうですか……。でも、流行り病の広がりを抑えるのに使える可能性はあるのですね。ならば研究を進めましょう」

「頑張って下さい。ところで……訊くのが遅れましたが、今日は何しに?」

 実験中にやって来たので、今日の来訪の目的をまだ訊いてないのだ。

 娘さんはパチンと手を鳴らし、

「ああ、四郎様に質問があったのです。頂いた書き物には意図的にか、書かれていなかったので……」

 んん? 何か書き忘れてたっけ??

何故なにゆえ女子おなごには月のものがあり、そして胸が膨らみ……子を孕むのか? 男と女の体は、何故こうも違うのか??」

 ちょっと顔を赤くしながら娘さんが言う。

 あれ?

 もしかして……保健体育の保健の方の話ですか??

「ま、真面目に訊いてる……みたいですね??」

「真面目です」

 娘さんがコクリと首を上下に振り、真剣な瞳で俺を見詰める。

 あう……。

 た、確かに、教科書に載ってる程度の知識はある。いや、それ以上の知識も十代男子として持ってるよ? ……うん、主に18歳未満が目にしちゃいけない本で得たものだけど。

 だけど、それをここで披露しろと??

 罰ゲームと言うか、完全に公開処刑じゃん。

 やばい。変な汗出てきた。

「大丈夫ですか? 重ねて言いますが、これは真面目な話なのです四郎様」

「……と、言いますと? 何かあったのですか??」

 雪ちゃんが先を促す。

 娘さんは、はい、と頷き、

「女は孕んだ子を十月十日とつきとおか、おのが腹の中で育み、そして産み落とします。これは男には出来ぬ大事業であり、命懸けの行為です。ですが、そうまでして産まれた子が必ず元気に育つとは限りませぬ。幼子おさなごはあっさりと、そう、本当にあっさりと死んでしまうのです。『七歳までは神のうち』。皆そう言って泣く泣く諦めていました。そういうものだと……」

「……誰か、知り合いのお子さんが??」

 雪ちゃんの問いに、娘さんが無念そうに頷く。

「冷たくなった赤ん坊を連れてこられ、私は立ち竦みました。その子はまだ生まれて二月ふたつきを過ぎたばかりだと……。四郎様、もしかしたらこれにも何か事情があるのではないですか?」

 縋るような目で俺を見詰める娘さん達。

 側で聞いてた浪人達も目を潤ませ、爪が食い込むほど強く拳を握りながら顔を背けている。皆、似たような状況を多かれ少なかれ体験しているのだろう。

 俺は唇を噛み締め、天を見上げた。

 母親が栄養不足で満足に母乳を与えられなかったとか、まだ免疫機能が弱いから虫刺されか何かで病気に感染したとか、気付かないうちに骨折してたとか……。色々と想像は出来るが、まさか解剖する訳にもいかないので確かめる事は不可能だ。

「そう……ですよね」

 予測してたのか、娘さんは小さく頷いた。「――やはり、一足飛びは無理ですよね。今出来る事を積み重ねて行かなければ……」

 今、出来る事か……

「古老達に昔の話を聞いて、孕んでから産み落とすまで母親がどんな状態だったか、そして生まれた幼子がどんな病に罹ったか、とにかく事例を多く集めて分析することかな……」

 つまり、産婦人科と小児科の創設を目指すという事だ。今すぐ助けることは難しいが、百年後、二百年後の母子を助ける為に……。

 娘さんが強い意志を感じさせる瞳で俺を見詰め、大きく頷いた。

「私達もそう考えました。その為にも四郎様、貴方の持つ知識を私達に授けて頂けませんか?」

「いや……でも……ここで??」

 周りを見回す。雪ちゃんと半兵衛さんの二人はともかく、忠さんを筆頭にした男達の前で性教育の話をするのはちょっと……羞恥攻めというか、エムに目覚めそうというか。

 娘さんは、いえいえ、と右手を左右に振る。

「女子の体についての話です。そういう問題に常日頃から向き合ってる者達と話した方が理解が早いかと愚考しまして……」

「??」

「明日、吉原の女達から話を聞く約束をしております。それに四郎様も一緒に来て欲しいのです」

 俺、拒否権ないよね、これ?




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