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第一章 3


          3



 天草四郎サイド 翌日 鞍馬


 京に入り、鞍馬の山門をくぐると……何故か修験者達に囲まれた。

「久し振りやなぁ、姫さん」

 皺深い柔和な顔した爺さんの修験者が出て来て、雪ちゃんに話し掛ける。コイツ等のリーダーらしい。でも……姫?

「姫さんは勘弁して下さい、と何度もお願いした筈ですよ、大天狗さま?」

「そうやった、そうやった。悪かったのぉ。……でな姫さん、皆さん、もう来とるで。寺でお主達を待っとる。お陰で江戸が送り込んできた“草”どもが朝から騒がしゅうてかなわんわ」

 大天狗と呼ばれた爺さんがそう言って、けらけらと笑った。『姫さん』呼びをやめる気は無いらしい。正雪は溜息を吐いて肩を竦めてみせた。

 しかし“草”って、確か現地に潜入して一般人の生活を送りながら情報を集める休眠工作員スリーパーの事だよな? 江戸が京に送り込んでるって……何の為に??

 まるで護送される犯罪者の如く修験者に囲まれながら、清少納言も苦労しながら登ったといわれるつづら折りの道を進む。

「小僧、姫さんの手紙ではお主、かの島原の一揆の総大将であり、そして数百年先の世から転げ落ちて来た異形の存在らしいの?」

「ええ、皆様からは『島原の怨霊』と呼ばれてます。数百年先の世云々は……ま、神仏も意外と悪戯好きなようで」

 俺の軽口に大天狗が笑う。

「お主が『神仏』という言葉を使うかよ。切支丹の神は一柱と聞いているがのぉ。――では怨霊、什麼生そもさん!」

「せ、説破! ……って、それ、禅宗じゃ??」

「余計な知識もありそうや。――この寛永の世からお前さんの生きていた世まで、お前さんの頭の中には『時の流れ』が知識として入っとる。そうやな?」

「え、ええ……」

 俺がコクリと頷くと大天狗がニヤリと笑った。『時の流れ』……歴史って意味か?

「それはつまり……時の流れは絶対という事か? 男と女が好きおうて子が生まれ……それはすべて、すでに決まっている事なのか? 生まれてくる子が男か女かさえすでに決まっているなら……人間は傀儡くぐつと変わらぬではないか??」

 ああ、それ、俺も考えた事あるわ~。中二病真っ盛りの頃。

 頭を掻いて前方を見上げると、柱を朱で染められた大きめの建物が見えた。俺の記憶が間違ってなければ、おそらく鞍馬寺。ここが目的地か。

「こう考えて下さい、大天狗。――生まれてくるのが男だろうと女だろうと、神仏の目から見たら、『さして変わりない』と」

「さして??」

「大天狗、貴方が人跡未踏の深山に分け入って修行の場を開いたとします。いずれ、その山で誰かが千日回峰行を成功させるでしょう。それがお弟子さんか、はたまた孫弟子になるか判りませんが、ほんの数十年の差、神仏の目から見たら……」

「成程。高々数十年、神仏から見たらさして変わりはないわな」

 起きるべき事は、起きるべくして起きる、か――と武蔵様が呟く。

 大天狗以外の修験者達は寺の警備に残り、俺達は草鞋を脱いで大天狗の案内で寺の中を進んだ。

「この鞍馬は京の北方。故に毘沙門天を本尊とするが……奥の院には魔王尊が鎮座する。お主がこの世に導かれたのは、もしかしたら神仏の導きではなく魔王の悪戯かもな」

 大天狗が再びけらけらと笑い、襖を開く。どうやら本殿らしく広い一室に大勢の男達が座っていた。奥の一段高いところには毘沙門天像が置かれている。

「え……あ、兄上??」

 重さんが目を何度も瞬かせて男達の一人を指差した。重さんの兄って確か……。

「まさか……京都所司代の板倉重宗さまッ!?」

 指差された男――重さんの兄だから年相応の爺さんだ――が微笑む。

「ふむ。儂の名を知っているか。数百年先の世から来たというのも、あながち作り話ではなさそうだ。面白い男を連れてきたな、姫? しかし儂はともかく紀州様と尾張様を手紙で呼び出すなんて、江戸の将軍家でもやらない所業だぞ」

 き、紀州公に尾張公!?

 唖然とする俺と爺さん。武蔵様はフッと乾いた笑いを浮かべ、平然とした面持ちで畳の上に腰を下ろした。座っていい、とは言われてないのに流石だ。

「何だ、俺等のこと言ってなかったのか、姫? ――紀州頼宣だ。座ってくれ、怨霊。立ったままだと話しづらい」

 エネルギッシュと表現すればいいのか、元の世界に残してきた親父ぐらいの年齢と思うが、鍛え上げた体躯に悪戯小僧みたいな快活な笑みを浮かべた紀州公が手振りで『座れ』と示す。

 武蔵様の左横に腰を下ろす。と、俺の後ろに腰を下ろした爺さんが袖をチョンチョンと引っ張る。

「四郎様。由比と言えば由比ヶ浜……駿河の地名ですが……戦国の頃、今川の家臣団に由比という名の一族が居ました。そして最近、駿河を治めていたのは……」

「駿河……を?」

 おそるおそる俺の左に座った雪ちゃんを見ると、薄く涼しげな笑みを浮かべながらコクリと頷いた。

「御想像の通りです。去年亡くなった私の母は、今は亡き駿河大納言忠長卿に仕えし“くの一”で、その最期を見届けました」

「忠長の死後、奴の最期を見届けたくの一が居る、と根来の者達から報告があってな。すぐに探し出して、尾張の兄上と一緒に対面したのだが……」

 紀州公が隣りに座る学者のような物静かな風貌をした男に目を向ける。この男が尾張の藩祖、義直公か?

「うむ。その者が幼き頃の姫を連れて来てな。聞けば忠長の奴に一度だけ抱かれたと言う。江戸の但馬辺りに知られたら間違いなく刺客を送ってくるだろう。なので復讐は考えない事を誓わせた上で、俺達はその二人を保護した訳だ」

 淡々とした口調だけど、駿河大納言の遺児を平然と保護するところは流石は徳川の快男児、尾張宗春の御先祖様だけはある。

 次に口に開いたのは板倉様だった。

「儂は尾張公より忠長卿の遺児が存在すると聞いてな。京の陰謀好き共に利用されないように協力しろと仲間に引きずり込まれた訳よ。ならば大の陰謀好きを仲間にするのが一番と烏丸様に話を通した。つまり、ここに居る連中は同じ穴の狢という訳だ」

 板倉様が隣に座る公家風の爺さんを示した。烏丸……もしかして烏丸光広か? またマニアックな名前が出て来たな~。時代小説でも滅多にお目にかからないぞ。

 確か……政治的には幕府寄りの立ち位置なのだが、本阿弥光悦、尾形光琳、沢庵和尚など文化人と交流があり、和歌に関しては細川幽斎より古今伝授を受けた名人で将軍家光の師でもあるとか。その縁でか、息子の嫁は細川家から迎えており、生まれた孫娘は細川家に嫁いでいる。

 まあ、ここまでなら『知る人ぞ知る』人物で、板倉様が『大の陰謀好き』なんて評す人間とは思えない。史実では判らない何かがあるんだろうな、きっと。――待てよ、細川家と繋がるという事は、武蔵様とも??

 問題の爺さん――烏丸老がヒョコヒョコと俺に近付いて来て、顔を覗き込む。

「……良い眼をしておる。さて聞かせてくれ。我等、日ノ本の民の未来を」

「そうですね。まず徳川幕府ですが……15代で終わります」

「なッ!?」

 驚愕する一同。ここは「な、なんだってーッ!?」って叫んで欲しかった気もするが、まあ、いいか。

 俺は黒船来航から戊辰の最終戦である五稜郭に至る史実の経緯を、出来るだけ詳細に語った。

 14代家茂の早過ぎる死に紀州公と尾張公は目を潤ませ、15代慶喜の家臣達を見捨てての大坂脱出には板倉様を筆頭にした徳川に禄を食む者達が唇を噛み締め、畳を拳で殴りつけた。そして会津籠城戦に於ける白虎隊の自刃に皆が嗚咽を漏らした。

「そ、それを……それを信じよというのか、お主?」

 紀州公の側に控えていた男が立ち上がり、怒りに燃えた瞳で俺を睨み付ける。

「落ち着け、安藤殿」

 武蔵様の静かな一喝に男が、ウッ、と詰まった。

 小声で雪ちゃんに「あの方は?」と訊くと、紀州藩家老の安藤様だと言う。

「いや、安藤殿の怒り、判ります……」

 今度は尾張公の側で両腕を組み、沈思黙考してた儒服姿の男が口を開いた。何だか妙なイントネーションだな。

 陳さまです、と雪ちゃんが俺の耳元に唇を寄せて囁く。吐息がこそばゆい。

「……儒の教え、怪力乱神語らず、あります。貴方の言葉、その通りになる保証、ありますか?」

「失礼ながら、清……いや、もしかして明の方ですか?」

「ええ、陳、言います」

「尾張公の側に居る明の方で、陳……ッ!? まさか陳元贇ちん げんぴんさま!?」

 日本人に初めて少林寺拳法を見せた伝説の人だぞ。江戸時代に来日したとは聞いていたが、寛永に来てたのか。

 陳さんがニコリと微笑む。

「私の名、数百年後まで残ってますか?」

「ええ。少林寺拳法の使い手であり、書や陶芸、漢詩にまで通じた文化人――日ノ本の武芸の歴史に於いて、貴方の名は大きく輝いてます。陳老師」

 無手の技の源流は何かと問われると、意外と迷う。陸奥何とか流は置いといて、戦場に於ける組み打ち術――『小具足』と呼ばれる鎧を身に着けたままでの格闘術――と捉えるなら、じゃあ相撲は何だ、という話になる。

 ただ、戦乱の世が終わり、鎧を身に着けたままから通常の衣服での格闘へパラダイム・シフトが起きた。今までの技を整理、昇華して『柔術』が起きるのはこの時代だ。

 伝承では、陳元贇が来日して江戸に来た際、国昌寺に滞在して磯貝、三浦、福野という三人の浪人に少林寺拳法を見せたらしい。で、この三人は後に柔術の流派(磯貝流、三浦流、良移心当流)を起こす。

 これが現代柔道の直接の御先祖かと言うと、そう単純でもないんだが……。まあ、これ以上は説明するのも面倒なので、『陳元贇は日本の武術の発展に大きな影響を与えた』で勘弁してくれ。

 俺は頭を掻いて陳さんに向かって首を左右に振ってみせた。

「その通りになるとの保証はありません。現に俺の知ってる歴史では、天草四郎は島原ノ乱できっちり死んでます。こうして皆さんと対面する歴史など在りよう筈が無い。先程、大天狗様とも少し話しましたが……皆さん、こう考えてみて下さい。京から江戸へ向かうのに、東海道か中仙道、どちらを選択しても方角さえ間違わなければ江戸に到着するでしょう。つまり……」

「道……歴史は一つではなく、我等が知る事が出来ないだけで複数存在するという事か?」

「おそらく。戦乱の世を終わらせるのは歴史の必然であり、いわば神仏からの要請。しかし、それは誰でも構わなかった。この神仏からの試練に見事、応えたのは……」

 尾張公、紀州公に俺が視線を向けると、他の連中も釣られるように顔を向けた。

「ふむ。我等が父、東照大権現様か」

 紀州公が呟く。

「ええ。そして二百数十年後、時代の流れは異国からの魔手に対抗出来る近代国家建設へ向かってました。しかし、幕府はそれに応える事が出来なかった。故に討幕運動が起きて……崩壊した。幕府による近代国家建設への道も無いわけじゃなかったんですが」

 小栗上野介って異才が居たんだが……。天才軍師、諸葛孔明が漢帝国を再興出来なかったのと同じ理屈かもな。

 難しい顔をしてた尾張公が口を開く。

「その『きんだいこっか』とやらについては後で詳しく聞こう。我等が死んだ後の歴史を語られても検証のしようがない。今から数年以内に起きる事を話してくれ」

 ふむ。

 宗意軒の爺さんと顔を見合わせ、指を折りながら……、

「そうですね。まず、飢饉が来ます。何百年後まで語り継がれる程の大飢饉です。注意深く情報を集めれば、その気配をもう感じ取る事が出来ると思いますよ」

 江戸四大飢饉の一つ、寛永の大飢饉だ。全国的な異常気象で八月なのに霜が降りたとか、山形藩では収穫出来た石高が半分以下だったなど、正確な餓死者の数は不明だが推定で五万とも十万を超えたとも言われている。

「安藤ッ! すぐに出入りの商人達と連絡取って情報を集めろッ!!」

「竹腰ッ! 尾張もすぐに動けッ!!」

 紀州公と尾張公の顔が青ざめ、側に控えてた家老らしき人物に調査を命令した。飢饉だなんて、今も昔も為政者にとって悪夢であろう。

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