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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第八章 ――騒乱の予兆――
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第八章 4




 松尾甚七郎サイド 寛永17年(1640年) 二月 諏訪高島城






「そうか、土井の爺さんが死んだか……」

「ええ。越前中納言様、並びに駿河大納言様をはかりごとにかけたが、それは私欲からではなく天下安寧の為だと言い、腹を切りました。老いた体でしかも病に侵されてたのに、見事真一文字に……。武家の覚悟ってのをちょっと舐めてましたよ」

「右手を失えば左手で、左手も失ったら相手の首に噛み付いて頸動脈を喰い千切ってでも倒す。それさえも封じられたら、死して護国の鬼となり、祟り殺すまで……か」

 上総さまが苦笑いして杯の酒をグイっと飲み干した。空いた杯にオイラは首を傾げながら酒をそそぐ。

「何です、それ? 殺人の快感に目覚めたちょっと粘着質な男の話ですか??」

「違う。何でそんな答えが出るんだよ? 一度、伊賀忍者の修行を調べ直した方がいいんじゃないか。倫理的な意味で」

 上総さまが眉間に皺を寄せる。そんな変な奴を見るような目で見ないで下さいよ。照れるじゃないですか。

「褒めてねえよ」

「まぁ、幼い頃から足音を立てずに天井裏を歩く方法や塀を飛び越えて侵入する方法とかを叩き込まれる訳ですから……オイラみたいに素直に育つのは奇跡みたいなものですよ。盗っぬすっとの代表格である石川五右衛門だって伊賀者ですし」

「本当に素直な奴は、自分で自分の事を『素直』と言わねえもんなんだがなぁ」

 上総さまは、はいはい、と言って注がれた酒を飲んだ。コクリ、と喉仏が上下する。

「……しかし、土井の爺さんに天草四郎の器を測らせようと思ったんだが、計算が狂ったな。光はどう言ってる?」

「水戸の若は、張孔堂に通い詰めてますね。まあ、吉原に居続けやるよりは健康的なんで藩のお偉方は様子見してます」

「ふむ」

「で、あの兄ちゃん、どうも蝦夷地に興味があるみたいで色々と研究してるんですよ。若が面白がって、『俺も行ってみたい。藩主になったら船造るか』とか言ってます」

「蝦夷地??」

 上総さまは杯を置いて、顎に手を当てて考え込んだ。ブツブツと何か呟き出す。

「どうされました? 畳に向かってブツブツ言うのって、ちょっと怖いんですが……」

「義経の砂金狙い? いや……」

 と、上総さまが天井に向かって鋭い視線を向けた。「――おい、そこで聞き耳を立ててる奴、何か知ってるなら教えてくれないか?」

 えッ?


「……さすがは奥羽の竜に娘を与えられし御方」


 呟き声と共に天井板がずれて山伏姿の男が音も無く降ってくる。

「え~と……確か、張孔堂の廓然坊さん? ってか、別木さん、でしたっけ?? もしかしてオイラ、付けられました?」

 山伏――別木さんはオイラの隣に座って胡坐をかくと、ポリポリと坊主頭を掻いた。

「正雪先生の命令でやむなく、悪いとは思ったのですが……。怨霊殿が遊び人の光さんの背後に居る人間を気にしてまして、念の為、調べてといて欲しい、と。まさか、松平上総介様とは思いませんでしたが……」

 肩を竦め、上総さまに軽く頭を下げる。

 う~ん……まさか、このオイラが後を付けられるなんて……。

「正雪先生曰く、『策士、策に溺れる』の本当の意味は、計略を発動させた瞬間が軍師にとって一番無防備になる、だそうですよ」

 上総さまが、ふむ、と言って笑みを浮かべた。

「成程な。医者の不養生、紺屋の白袴と同じだな。――で、甚。コイツは?」

「あ、はい。張孔堂の出入りしてる人で表向きは廓然坊と……」

「表? 裏があると??」

 別木さんが、ハッ、と頷き、

「拙者、元は越前結城家に仕えし土屋殿の臣下で名を別木庄左衛門と言います。土屋殿が主君に殉じて腹を召された後、拙者も死ぬつもりでしたが小栗殿に『秀康様は毒殺された』との噂が真実かどうか探って参れ、と命を受けまして……」

「それで江戸に潜伏して忍びの真似事をしてたと?」

「はッ。そして、怨霊殿の託宣によると……正雪先生の反乱が失敗した翌年、拙者は増上寺に参詣に来た幕閣を狙撃しようとしたと密告され、はりつけに処されるそうです」

「ッ!?」

 ニヤリと笑う別木さんを上総さまはギロッと悪人みたいな目で睨み付けた。


 ――


 別木さんにも杯を渡すと、そこに上総さまが酒を注いだ。

「そうか。最近、評判の大学者である熊沢殿に傾奇者の水野や幡随院……それから吉良に柳沢、田沼と繋がりを持ったか」

「おお、忝い。……ええ。そこに水戸家の若も加わった訳です」

「光は置いとくとして……で、赤穂池田家にまで手を伸ばし、改易になりかねなかった芽を摘んだ?」

「はい。御正室殿は黒田家の姫様で、太閤の軍師として名高い始祖の如水殿は一時期、切支丹信者であったとか。その頃のものらしき本を姫様が所蔵してたそうです。下手に幕府に知られれば改易にまで行きかねない事態だった、と……」

 別木さんが杯を口に近付け、ぷはぁ、と一気に飲み干す。

「成程な。……そう言えば甚、大坂で妙な芝居が流行り出したと言ってたな?」

 へっ?

「ああ、『忠臣蔵』ですか? 南北朝の世を舞台にした壮大な仇討ち物で、大層な人気ですよ。ただ……」

「ただ?」

「仇討ちを決行する者達の首領は『大星由良助』。なのに、何故、『忠臣“蔵”』なんだろう? って不思議がってる人を何人か見かけました」

「それ……拙者は、多くの忠臣が蔵より生ずるがごとく現れたから、と聞きましたが?」

 別木さんが小首を傾げる。蔵に仕舞ってあったんなら、埃まみれじゃない?

 ふむ……と、上総さまが目をつぶって沈思黙考に沈む。

「奴は俺より歴史に詳しい……これは間違いない……。では、蝦夷地に興味を示す理由は何だ? 蝦夷地に何がある……?? ほ……うの名産品は……白い恋人?? いやいや、あれは土産品だし……夕張メロン??」

 全然、『黙』じゃなかった。

「あのぉ……上総さま?」

「甚、それから別木と言ったな? 天草四郎は蝦夷地について何と言ってた??」

 ん? え~と……、

「確か……彼等、蝦夷の民の伝承やら言葉やら……ぶんか? というものが失われるとか何とか……」

 オイラが首を捻りながら答えると、上総さまの目に殺気が宿った。

「善意で? ……蝦夷の民の為に、ただそれだけで動いてると??」

「いえ」

 首を横に振ったのは別木さんだった。「――確か、木炭より効率のいい炭があるとか言ってましたよ」

「炭? ……炭……あッ! 石炭ッ!! 夕張炭鉱狙いかッッ!!」

「せき……たん?? 何です、それ??」

「野郎、まさか蒸気機関でも発明する気か?? 江戸の世に産業革命起こす気かよ?? いや、待てよ……鉄はどうする?? 砂鉄集めるだけじゃ全然足りないだろう?? まさか屑鉄を?? おいおい、まさか、だっ……島の反射炉か??」

 何を言ってるんでしょう、この御方は?

「あのぉ、上総さま?」

「――甚ッ!」

「は、はいッ!!」

 怖いよぉ。思わず隣の別木さんにしがみついてしまったじゃないか。

「耐火煉瓦を焼く窯を造るのに耐火煉瓦が必要――奴がこの矛盾をどうするのか? それに蝦夷地に工作を仕掛けるなら前線基地は仙台……伊達藩を味方にしたい筈だ。だが、伊達藩には地雷が埋まってる。奴がそれに気付くかどうか。――面白くなってきた。奴をよぉ~く見張っとけよ」 





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