第八章 3
3
皆が、ふむ、と両腕を組んで考え込んだ。
が、自然と目が俺に集中する。
「怨霊殿、何か思案ありますか?」
「確かに、蝦夷に味方しようぜって言い出したのは俺だけどさ……皆も、ちょっとは考えてくれよ。そうホイホイと知恵が出て来るなら、怨霊なんぞやってないって」
まったく、の○太君か、お前等?
苦笑いした半兵衛さんが、まあまあ、と言い、
「雪の上を素早く移動……南蛮はどうしてるのです?」
「南蛮……う~ん、スキーかな?」
「鋤? 雪を耕すのですか??」
半兵衛さんが小首を傾げる。その横で雪ちゃんが「あらあら、私、耕されて種付けされちゃうんですね」と妖しい笑みで呟いた。おい。
「その鋤じゃないから。両足に細長い板を括り付けて、雪の上を滑って移動するんだよ」
北欧では紀元前ぐらいからやってるらしいが、詳しい事は知らない。
ただ、それを初めて見た日本人はあの間宮林蔵らしい。例の樺太探検で現地の人がやってるのをスケッチに残してる。まあ、誰もそれに興味を持たなかったようで、スキーが本格的に行われるようになるのは明治も半ばを過ぎた辺りだったかな?
まず、欧州各国に留学してた若者達が帰国した際、その内の一人が道具一式を持って帰って来た。しかし、本人はあくまでも資料の一つとして購入しただけのようで、実際にそれを使ってスキーを楽しんだ訳ではなかったらしい。で、『欧州の軍は、雪原でのパトロールにこれを使ってるらしいよ』って話を聞いた日本軍は、早速、外国人講師を雇って部隊の育成に乗り出した。
何で、こんな雑学を知ってるかと言うと、明治を舞台にした某少女漫画――平成の世で、アニメ版がリメイクされた袴姿のじゃじゃ馬娘がヒロインのやつ――で、ヒロインの許嫁である軍人さんがスキーをやるシーンがあり、
「え? 日本軍にスキー部隊ってあったの??」
と、ちょっと気になってググってみたのだ。スキー部隊が居るなら、八甲田山の悲劇は何だったんだよ、と。
「ふむ。それって木の板ですか? 転んで下手にそれが折れたら、自分に突き刺さりそうで怖いのですが」
首を傾げる熊谷さんに、鉄の板ですよ、と答える。木で造るくらいなら、いっそ橇にしてトナカイに引っ張らせた方がいい。突き刺さった木を見て「この木に見覚えがあります、隊長!」と錯乱する奴が出て来たら面倒だ。
熊谷さんは隣に座っていた忠さんと顔を見合わせ、
「今一つ、どんなものなのか想像出来ませんな」
「だな。――怨霊、大きさは小型でいいから試しに作って実験出来ないか? 別に本当に人が乗る訳じゃなく、傀儡か何か乗せて」
傀儡……人形か。ジオラマの感覚かな?
俺はコクリと了承した。しかし、スキー部隊か。そいつらに三輪さんの鉄砲を持たせて戦わせて……。やばい。ネット小説でよく見る仮想戦記のフィンランド対ソ連――日本が義勇軍としてフィンランドに味方した――みたいなノリで、ちょっとワクワクしてきた。アイヌ側で視力のいい奴が居たら鉄砲持たせて、シモン・ヘイヘの役やらせるか?
「後は……雪の地で着る戦装束ですね」
十郎兵衛の爺ちゃんが呟く。居たんだ。全然、気付かなかった。
皆が色々と意見を挙げる。
まず、草鞋は論外。脛まで覆うような履物がいい。それも雪で濡れても中まで染みないような……。
着るものは動きやすく、それでいて寒さを完全に防げるのが理想。
「手っ取り早いのは、現地で蝦夷の人達が着てるものを応用する事ですかね」
雪ちゃんの言葉に何人かが頷く。
ふむ……。
「いっそ、革で作れないかな?」
「革?」
皆が眉間に皺を寄せた。
筆を持って、紙にブーツやジャケット、ズボンのイラストを描いた。縫製が難しいがグローブも欲しい。
「ふむ。しかし、革で出来たとしても雪山では目立たないか? 焚き火の煙の問題に話が戻っちまうぜ」
光さんが顎に手をやり考え込む。鹿の皮の貼った鎧や馬の鞍など、革製品はそれこそ昔からある。あるのだが、その中に雪山に溶け込むような白いものは無い。
……ん?
……白い革??
平成の時代に学生やってた時、どこかで目にしたような?? どこだっけな??
半兵衛さんが恐る恐るって感じで右手を挙げた。
「あのぉ」
「何、半兵衛さん?」
「私、西国を放浪してる頃に白い革を見た記憶が……姫路の城下で……」
姫路? ……姫路……あッ! 姫路レザーかッ!?
化学製品を一切使わず、塩と菜種油、そして良質の水だけで作られる白のなめし革は世界的にも評価が高い。平安の頃には行われていたというから、優に千年は超える技術だが伝承する職人はわずかであり、後継者不足に苦しんでいるらしい。そのせいか、鞄にしろ財布にしろ学生だった俺には手の届かない値段だった。
「そっか、姫路レザーなら……千姫様の二人目の旦那が治めてたのって、確か姫路だったっけ? 姫様、伝手持ってないかな??」
俺の言葉に雪ちゃんが、訊いてみましょう、と頷く。
「伯母上に手紙を書きます。――まとめますと、蝦夷地での装束は雪山に溶け込む白を基本とし、暖かい革のものとする。姫路の職人がそれが作れるらしいので伝手を辿って探してみる」
俺がコクリと頷くと、雪ちゃんは親指を折り曲げ、
「雪山で火を起こすのは出来ない事ないが、煙で敵の警戒を招く可能性もあるので、石灰に水をかけて、用意してた弁当を温めひゅ……」
あ、噛んだ。
久し振りに噛んだな、雪ちゃん。顔を紅くして肩をプルプル小刻みに震わせてる。
「……あ、温める工夫をする。これは実験をしましょうか?」
「ですな」
皆が笑いそうになるのを必死に噛み殺しながら、コクッコクッと頷いた。
「雪山での移動は『すきぃ』なるものとする。これはどういうものか判らないので、四郎様に傀儡で作って貰い、何となくでも理解出来たら雪が積もった日にでも訓練を行う」
雪ちゃんが人差し指と中指を続けて折り曲げる。
「作戦は、今から蝦夷の人達と誼を通じ、彼等が反乱を決意したら味方し、奇襲を主とした攻撃で松前藩の兵力を少しずつ削っていく。同時に吉良の若様には京を、光さんには幕府内で『島原の例を鑑み、いっそ松前藩より蝦夷地を召し上げて徳川の血筋の者を入れ、直接統治すべきでは?』と工作して貰う」
雪ちゃんが薬指を曲げると、二人は顔を見合わせコクリと頷いた。
「いいぜ。でも、京の公家達を相手するには手土産が要る。塩の大量生産が先だぜ?」
「塩の大量生産? おいおい、瀬戸の塩に喧嘩売るつもりかよ?? ――俺の方は足元を固めてからだな。ま、船は必ず造るよ」
船か……。
船と言えば、俺、気になってた事があるんだよな。
新しい紙に宇宙戦艦ヤ〇トのイメージ図を描き、
「船首のこの……喫水線の下、ここを丸く球上にする。それから、ここに小さな三角形みたいな感じの翼を、それからこの辺りの三角形を括りつけた感じの棒を垂らす」
「??」
「これをすると、船の揺れが小さくなるらしい。詳しい事はよく知らんけどね」
確か、専門用語で球状船首だのビルジキール、フィンだのと言うらしいが……よくは知らない。それに、蒸気機関の発明から始まる現代の大型化した船だから必要であって、江戸の世で造れる帆船程度では付けても逆に邪魔になる可能性もある。
「揺れが小さく……つまり、船酔いが減るって事か?」
光さんが目を真ん丸に見開く。
「あくまで聞きかじった話だから、『うん』と断言は出来ないよ? ま、船大工達に研究させてみてよ」
「判った。この紙、貰っていくぞ」
ホクホク顔で俺から紙を奪い取る光さん。「――なぁ、この船首に開いてる穴はどんな意味があるんだ?」
ん?
船首に穴?? ……あ、波動砲の発射口描いちゃってたか。
「ごめん。そこは気にしないで」
顔を伏せて言葉を濁す俺に、面白がってキー君が絡んでくる。
「何だよ、そこから大筒でも撃つのか?」
「そうなんだけど、そうなんだけど……」
「で、お日様が沈んだら『我、夜戦に突入す』と……」
「何故その台詞を知ってるッ!?」
最後の台詞、本当は「人類はメギドの火を手にしてしまったのでは…」って艦長の台詞を言わせたかったんですが…メギドの火に相当するものが日本神話の中で思い浮かばなかったんで、諦めました。




