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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第八章 ――騒乱の予兆――
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第八章 1

すいません、やっと書けました。

        第八章 ――騒乱の予兆――






     天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 二月 江戸 張孔堂




        1





「ふう……疲れた」

 俺は硯に筆を置き、首を回してコキコキと鳴らしながらコリをほぐした。

 しかし、まさかこんなものが日本に持ち込まれてたとはね……。

 文机の横に積まれた書物の山を眺めながら再び溜息を吐く。

『禁書目録』――某アニメでは十万三千冊の魔導書という設定だったが、史実のそれは様々な分野の書物が禁書指定されている。前にも言ったがマキャベリの君主論を始め、ガリレオの地動説、ケプラーの天文学研究、それからデカルトの哲学書、etc、etc……。

 ちなみに最初の禁書指定の布告が1560年前後で、解除が正式に布告されたのは20世紀も半ばを過ぎた頃というのだから――もしかして、出したこと忘れてました法王様?

「どういう事です?」

 清書を手伝ってくれていた半兵衛さんと、お茶の準備をしだした雪ちゃんがを揃って怪訝な顔をする。

 出されたお茶を有難く頂く。

「美味しい。――う~ん……、活版印刷って方法が発明されて、書物が安価で大量に作れるようになった。これが前提ね。で、話がややこしくなるのは切支丹にも腐ってる奴等が居て、それに疑問を持った人が改革を訴えて動きだしたって事なんだ」

「それは……争いが起きた、という意味ですか?」

「うん。でも、一応は切支丹の坊主同士だから、どっちの言ってる事が正しいか――どちらがより多くの信徒達に共感させられるかって争いになった」

「裏では殺し合いが起きてそうですね、それ……」

 半兵衛さんがしみじみと呟く。

「そこはノーコメントで。俺も一応、切支丹一揆の大将だった男だし」

「野の……米??」

「いや、お米の産地の話じゃなく……。まあ、そんな訳で、改革者は自分の主張を書いた書物を大量にばらまき、腐敗してる連中はそれを片っ端から禁書指定にしたんだよ。で、雪だるま式に禁書が増えていった」

 最初はお約束通り、魔導書やカタリ派などキリスト教異端の文献のようなオカルト関連が禁書だったのだろうが、地動説など科学的発見が「聖書を否定すんのかッ、てめぇ!?」とそこに加えられ、更にはルターのおっさんの運動以降、政治的理由までがアップデートされた。

 雪ちゃんが溜息を吐く。

「数百年単位で行われた切支丹版の焚書坑儒という訳ですか……」

 う~ん……魔女狩りを『坑儒』に例えるなら確かにそうかもね。

 でも、この科学論文の山が手に入ったのは日ノ本に於いて僥倖かも知れない。これを研究する事で日本人に科学的思考が根付けば、悪癖とも言える精神万能主義を排斥出来るかも。いくら戦争末期とはいえ「竹槍で上陸してくる連合軍と戦え!」なんて命令下す武官、いらんからね。

「しかし、四郎様?」

「うん? 何、半兵衛さん??」

「天文の観測に関しては、土御門家の存在を無視出来ませんよ?」

「土御門……ああ、陰陽道の」

 小説、漫画、そして実写映画、果ては日本人フィギアスケーターがオリンピックで舞ったことから世界レベルでその名が知られた天才陰陽師、安倍晴明。その子孫は土御門を名乗ってる。

 陰陽道とは、陰陽五行のことわりから世界を解析する学問であり――ゲームなんかだと妖怪退治の専門家のような描かれ方をされてるようだが――賀茂家がその家元的存在だった。しかし、晴明の傑出した才能を認めた師の賀茂忠行とその子の保憲は、晴明とその子孫に天文道を、自らの子孫には暦道を継承させて賀茂家・安倍家による二大宗家体制を定着させる。

 ま、そこから武家の世が来て、更に戦国乱世から江戸期に入るまで一波乱も二波乱もあるのだが、それは専門書の解説に任せるとして……。

「確かに、実際に観測してる連中の協力を得られなら凄い助かるけど……。ああ、そう言えば南蛮の知識に興味を持った陰陽師の一人が、切支丹の洗礼を受けたって噂が……」

 俺の話に二人が顔を見合わせて小首を傾げる。

「そんな話、聞いた事ありませんが……」

「ええ。陰陽師が切支丹になるなんて有り得ません」

 あれぇ? もしかしてガセですか、あの噂??

 まあ、それは置いといて、

「……協力してくれるかな、土御門家が?」

「ダメ元で当たってみましょう。まあ、我々が、と言うより尾張公や蕃山先生に頼んで何とかして貰う、と言う形になるでしょうが」

 半兵衛さんが肩を竦めて苦笑いする。


「――京なら俺が顔利くぜ?」


 障子がスラリと開き、邪魔するぜ、と言ってキー君が入って来る。

「おお、キー君。どうしたの?」

「怨霊……塩を大量に作る方法を後で教えるって言ったの、忘れてるだろう??」

 あッ。

 キー君が苦笑いして俺の前に胡坐をかいて座る。

「『あ』じゃねえよ、『あ』じゃ。年始は色々と忙しいだろうから、気を使って待ってたんだが、うんともすんとも言ってこねえ。いい加減、待ちくたびれて押しかけた訳よ」

「ごめん、完全に忘れてた」

 まるで神に平伏ひれふすように、キー君に頭を下げる。「――どうかお許しを、若様」

「目の前に頭があると踏みたくなるのは俺だけか?」

「怖い事言わないでよ」

 慌てて頭を上げる。ドSの美少年なんて、どこぞの少女漫画だけで充分だから。

 キー君はニヤニヤ笑い、冗談だ、と言った。

「俺にも茶をくれ。――で、京に何を通そうとしてたんだ?」

「う~ん……まあ、キー君ならいいか。南蛮の天文に関する資料が手に入ったんだけどね、二人が検証の為に京の土御門に協力して貰うべきだって。だけど、俺がノコノコ顔を出したら……」

「『怨霊退散ッ!』って九字でも切られるな」

 うん、俺もそう思う。

 キー君は片肘を胡坐かいた足に置き、そして掌の上に自分の顎をやって、

「今、京では学者達が集まって古典や芸事げいごと、それから神社仏閣に伝わる表には出てない伝承などの研究が始まってる。上皇様のお声がかりでな」

「ふむ」

「ただ、学者ってのは我が強い生き物らしくてな。集めたはいいが『自分の説の方が正しい』って口喧嘩ばかりしてて、研究が前に進んでんのか後ろに下がってるのか、管轄してる公家の連中も訳判んなくて頭を痛めてるらしい」

「学者なんてそんなもんだよ。取り敢えず、相手の人格を否定するような攻撃はしない、理論の証拠となるようなものを捏造しない、って最低限の規則だけ決めとけば?」

「……いや、問題はそれだけじゃなくてな」

「?」

「上皇様の歓心を買いたいのか、吉田家に物申したいのか知らんが、神道を学び直す学者が何人か出て来てるんだよ」

「もしかして、流派が幾つも出来て争う感じ?」

「その一歩手前じゃないかと見てる」

 しみじみと呟くキー君。それとは対照的に雪ちゃんと半兵衛さんは顔を見合わせ、肩を竦めて皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「……どっかで聞いたような話ですね」

「……ええ。正確には、ついさっき、ですね。国は違えど、ってやつですかね~」

 俺としては何とも言えんです。

 でも、この動きって明治の国家神道の下地か?

 だとしたら……まずいよな。破滅フラグだ。

「取り敢えず、学問として研究するのはアリだけど……他者を攻撃するとか証拠を捏造するとか、危険なものは邪教認定するぞって釘差しとけば?」

「捏造はともかく、他者への攻撃ってところで線引きすると……日蓮宗はどうすんだ? 必ずツッコミ来るぞ」

「あれがあったか……」

 思わず頭を抱える。真言亡国、律国賊、念仏無間、禅天魔……だったか?

「じゃ、じゃあ……天皇の権威や幕府の政策にまで嘴を突っ込むような……そういうのは駄目ってのは?」

 何が悲しくて、江戸時代に統帥権干犯問題や政教分離を持ち出してるんだ、俺? 自分でも何言ってるか判らなくなってきた。

 キー君は、そこらが落としどころか、と呟き天井を見上げて考えをまとめる。

「いやな、さっき言った土御門も参戦してきそうな気配があるんだが……。そうだな、そこらを線引きにして釘を差せば……何とかなるかもな。で、だ」

「?」

「連中を了承させるのに飴がいる」

「あめ?」

「今日、俺がここに来た理由だよ。安く大量に塩を作って京方面に卸す。陰陽道にしろ神道にしろ儀式に塩は必須だろう? で、吉良家の意向を無視出来ないように持っていけば、連中が過激な論説を吐かないように制御出来るし、京のお偉方にも恩が売れる」

「悪党だ、ここに悪党が居る」

 少女漫画に出て来るドSの美少年じゃなく、某裏金融のウシ〇マくんでしたか。

「そんなに褒めるなよ」

「褒めてないから。――ま、しょうがないか。教える約束はしてたし……」

 俺は新しい紙を取り出し、ざっと図に描いて流架式製塩法を説明した。

「落書き?」

「うるさい。――平たく言うと、風とお日様の光で出来るだけ水を飛ばすんだよ。飛ばしきれずに残った水は、塩気が相当濃くなってる。それを釜で煮ればいい」

 潮の干満を利用した入り浜式で海水を取り入れ、それを水路を巡らせて日光と風に当たらせる。そして組んだ櫓に笹を残した竹を逆向きで設置して、水車で汲み上げた水をスプリンクラーの要領で吹き付ける。

「ふむ。笹を伝い落ちる際に、更に風と日の光で水気を飛ばす理屈か」

「うん。櫓を複数設置してこれを繰り返せば……ね。それに今、石炭を探してもらってるから、見付かればまきを使って煮るより効率がいいと思うよ」

「せきたん? 仙人が持つ薬か??」

「それは金丹。そうじゃなくて燃える石。普通、炭は木で作るけど、石で出来てる炭ってのがあるんだよ。勿論、自然の力で気が遠くなるような時間かけて出来たもんだから、ここで『それ作れ!』って言われても無理だけどね」

「ほお。そんなものがあるのか」

 キー君が目を真ん丸にする。

 でも、今から石炭使って産業革命の頃に枯渇したらどうしよう? 日本だけ蒸気機関車走らなかったら、名作『銀○鉄道999』が生まれなくなって……。

「うおお! ごめんよ、メー○ル!!」

「なッ!? 何だよ、いきなり?? びっくりした」

 ごめん、何か変な電波来た。

 俺は誤魔化すように肩を竦め、苦笑いを浮かべてみせた。うん、雪ちゃんと半兵衛さんも若干引いてる。――って言うか、あれは残念な人を見ちゃった目だ。

「……疲れが溜まってるのでは、四郎さま?」

「ええ、きっとそうです。今日はもう休まれましょう」

 立ち上がった雪ちゃんは布団を敷こうとし、半兵衛さんは俺の熱を測ろうと膝立ちになって額に手を当ててきた。病人扱いですか。

「だ、大丈夫だから」

 女だと知ってるせいか、間近に迫った半兵衛さんに変にドキドキしてしまう。首筋から頬にかけての肌理きめ細かい肌とか、甘酸っぱい匂いとか……。体温が低いのか、俺の額に当てられた手はヒンヤリしており、ちょっと気持ちいい。

「顔が赤いぞ、怨霊」

 ニヤリと笑うキー君。

 うん? キー君は半兵衛さんの素性を知ってるんだっけ?? もしかして……BLの空気を感じ取ってます、キー君??

 と、とにかく雪ちゃんと半兵衛さんを座らせ、話を戻す。

「あのね? この櫓には一つ弱点があるの」

「弱点?」

 雪ちゃんは両腕を組んで図を眺め、嵐ですね、と言った。

「あ、そうか。海辺に櫓建てる訳だから、嵐が来たら一発か」

 キー君が、ポン、と両手を叩いた。史実でも伊勢湾台風にやられて再建にえらい苦労したらしい。

「そういう事。だから塩で稼げるようになったら、売り上げの一部を再建資金として貯蓄した方がいい。管理は吉良家で」

「飢饉に備えて作物の一部を蓄える義倉と同じ理屈だな。判った」

 了~解、とキー君が頷く。

 建設地の選定とかは、俺達が黄金堤(予定)の測量に赴いた際にまとめて行えばいいだろう。

 色々と話をまとめていると、障子に人影が映った。

「正雪先生、怨霊殿。少し宜しいか?」

「その声は熊谷さん? どうしました??」

 声を掛けると障子がスラリと開いた。苦笑いを浮かべた熊谷さんが、肩を竦めて室内に入って来る。

「いえ、怨霊殿に言われた『雪国での兵法』について皆と話してたのですが、どうも話があっち行ったりこっち行ったりで……。仕切り役として来て頂けませぬか?」




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