第七章 7 ヒッキー妖怪を知ってますか?(その3)
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車座になって皆が座る。
因みに御正室付きの侍女達は、聞き耳を立てる不届き者が居ないように周囲を警戒してくれている。
「……それで宰相殿、我が赤穂池田の浮沈とは一体?」
「狐と狸の化かし合いを無しですよ、右近太夫様。『中浦じゅりあん殿の書物』とは何なのか、教えて頂きたい」
私の言葉に、右近太夫様は一瞬瞑目し、爪が喰い込むほど固く拳を握った。
「中浦じゅりあん殿が一時期、博多に潜伏してた事は御存知ですかな? 博多を治めてたのは奥の実家である……」
「黒田家……」
「ええ。奥は幼い頃、城を抜け出しお忍びで散策してた際に一度だけ、かの方にお会いしたらしい」
何とッ!?
慌てて御正室殿に顔を向けると、ニコリと微笑まれ、それを首肯した。
「多くの人達で行き交う雑踏の中を、身なりの良い子供が一人で好奇心の赴くままあっちへフラフラ、こっちへフラフラと歩いていた訳ですから、まあ当然の流れなんですが……お約束のように人拐いに捕まりまして」
「笑いながら話すには重過ぎるッ」
連也殿が肩を竦め、必死に笑うのを堪える。
「まあ、今になってしまえば、ですよ。――悪党達の巣に連れ込まれ、幼心に『父母に迷惑かけるぐらいなら』と舌を噛んで死ぬつもりだったのですが、そこにあの方が現れました。そして悪党達に静かに語りかけ、私を解放させたのです」
「……」
「後で聞いたのですが、私が拐われるところを目撃した民の一人があの方にお知らせしたそうです。見るからに位の高そうな武士の娘、それがこの町で拐われたとなったら自分達にまで火の粉が飛んできかねない。それは勘弁願いたい、と……」
火の粉……おそらく中浦殿を匿ってる者達が、大掛かりな捜索で城の武士達が博多の街に溢れかえるのを嫌ったのだろう。
中浦殿の潜伏場所に連れて行かれた御正室殿は、彼から色々な話をされる。
長く苦難の連続だった船旅。
やっとの思いで辿り着いた切支丹の総本山、羅馬の華麗さ。
貴族達の宴で緊張のあまり、ついやってしまった失敗。
体調を崩し、自分だけ法皇と面会が叶わぬと思ったが、空き時間にわざわざ法皇が訪ねて来てくれた事。
そして……、
「神の教えに背きし書、というものがあるそうです。が、中浦殿は内容が全然理解出来ず、間違いを指摘出来ずに悔しい思いをしたとか。それで何が書いてあるのか、日ノ本の言葉に訳して研究してたと……」
「教えに……背きし書??」
仁左衛門殿が小首を傾げる。
御正室殿はクスリと微笑み右近大夫様に向かって一度頷くと、右近大夫様は溜め息を吐いて立ち上がり、仏壇への供え物を置く台になってた漆塗りの箱をこちらに持ってきた。大きさは……千両箱より少し小さいぐらいか。
箱の上蓋に右近大夫様が手をかける。
「断っておくが、奥は切支丹ではない。潜伏生活が長く続かぬ事を予感してた中浦殿はこれを奥に託したのだ」
「ええ。『燃やせばいいのかも知れませぬが、折角ここまで訳したのですから、それはそれで悔しい』と……。そして私に、これをどうすべきか任せると仰りました。燃やすなら、自分が死んだ後にお願いします、と……」
中には糸で綴じられた紙の束――書物が幾つも入っていた。
一冊手に取ってパラパラと捲ってみたが、
「……け……けぶ……?? 駄目ですね。何が書いてあるか、さっぱりです」
原文である横文字の草書体みたいな文章の下に、平仮名で色々と書き込まれており、それを追っ掛ければ読めなくはないのだが、固有名詞なのか意味不明な言葉がそこかしこに出て来る。まったくのお手上げだ。潮の流れも読めずに船を漕ぎ出してしまったら、こんな気分になるかも知れない。
連也殿も一冊手に取ってみたが、すぐに諦めて放り投げてしまった。
「おいら達に判らないなら、判る人に任せるのも手だぜ?」
「判る人?? それは……」
御正室殿がキョトンとする。
ふむ。餅は餅屋ですか。
「右近太夫様、御正室殿、この書物を私の友人に預けてみませんか?」
二人は顔を見合わせ、その方はどのような、と言った。
「世に憚りある為、名前は出せません。本人は笑って『天下の大罪人』や『怨霊』と称してますがね」
「それは……大丈夫なのですか? この秘密を知って池田家を脅迫……いえ、この秘密が噂として世に広がるだけでも、私は切腹して本家に詫びなければなりませぬ」
「あの方がそうするとは考えにくいですが、そういう事態になれば、ここに居る忍び殿が処理します。それが生き延びる際の契約ですから」
「契約……」
右近太夫様は唖然とし、御正室殿は苦笑いを浮かべ、
「それは本当に友情が成立しているのですか?」
と言った。
はて? 私は友情を感じているんですがね……。




