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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第七章 ――閑話 バタフライ・エフェクト――
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第七章 4 お菊ちゃんには幸せになって欲しいです、いやマジで




 水野十郎左衛門サイド 寛永16年(1639年) 12月某日 夕刻 青山屋敷




 途中、幾つかの店を回って目的の品物を買い、最後の酒屋を出て青山の屋敷に向かおうしたところで幡随院のバカに見付かった。

「水野の旦那、どこに行きなさるので?」

「……うるさい、あっち行け」

 シッシッ、と手で払う仕草をして歩き出したのだが、食い物を見付けた野良犬のごとく俺の周りをウロウロとまとわりつく。うっとおしい。

「酒につまみ……それと子供が好むような菓子が少々。これはこれは」

「うるさい、黙れ」

「手にしてるものを言っただけじゃないですか」

「やかましい。一回死んどけ」

 バカ言ってる間に青山の屋敷に着いちまった。チッ。

 門をくぐり、家人の案内で青山の居る部屋に入る。

「邪魔するぞ、青山」

「これは、お頭に……幡随院の?? 今日は一体??」

 半纏を着込み、火鉢を抱え込むように座って紙の束を読んでいた青山が俺と幡随院を見て怪訝な表情を浮かべる。

「このバカは途中で勝手に付いてきただけだ。無視していい。――年末の挨拶回りだ。来年も宜しく頼む、と皆のところに酒を届けてた。お前のところで最後だ」

 青山の向かいに腰を下ろし、火鉢に両手をかざす。何故かバカも俺の横に座った。

 差し出された酒を受け取った青山が感嘆の声を漏らす。

「これは鴻池の清酒……。こんな良いもの、よく手に入りましたな。高かったでしょうに」

「張孔堂の怨霊が伝手つてを持ってるとかで、定期的に送って貰ってるらしい。この前、行った時に分けてもらった」

 青山が礼を言って酒を横に置くと、ヘラヘラ笑っていた幡随院が余計な口を挟んだ。

「オレっちの記憶が確かなら、分けて貰った、ではなく、奪い取った、が正確だと思いやすが?」

 黙れ、バカ。

 俺と幡随院のやり取りを目を丸くして眺めてた青山は、肩を竦めて笑うのをこらえ、

「まあ、何であれ……今年は色々とお世話になりました。来年も宜しくお願いします、お頭、幡随院殿」

「うむ。幡随院のバカは、とっととぶち殺してやりたいがな。――で、何を見てたんだ?」

 バカが、勘弁して下さいよ、とか何か言ってるが無視だ。

「ああ、実はお頭、これなんですが……」

 青山が紙の束を俺に差し出し、説明を言い掛けたところで襖が開いた。

「あおやましゃま~。湯豆腐が出来ました~」

 鍋を持った女中と五徳を手にした幼女がとてとてと室内に入って来る。

「あッ、おかしらしゃま! それにちょうさんも!!」

「おう、お菊。元気だったか?」

「あい!」

 日輪のごとく明るい笑みを浮かべる幼女の頭を撫でると、俺の手に釣られるように頭が左右に揺れた。

「あうう……目が回りそうです、おかしらしゃま」

「すまんすまん」

 手を離すと再びニパッと笑って、五徳を火鉢の上に置いた。

 縁あって青山が引き取った幼女、お菊。――まだとおにも満たないとかで、背丈は俺の腰よりも低い。会ったばかりの頃は父と姉を亡くした衝撃で生気が無かったが、今では先程のような笑みを浮かべて俺が指揮する火盗改メの中でお姫様的存在になっている。

 桃色の生地に幾つもの花と鶴を散らした着物をまとったお菊が、いそいそと青山の膝の上に座る。

「おかしらしゃまとちょうさんも、一緒に食べましょう!!」

「俺っちもいいんスか?」

 バカが、俺が返事する前に喜色を浮かべて女中から箸と椀を受け取りやがった。チッ。

 女中が青山とお菊、それから俺に箸と椀を手渡す。その後、俺が持って来た酒の横に杯を三つ置いて、部屋から下がった。

 青山がお菊の椀と自分のに豆腐を掬う。

「お頭、それから長兵衛殿。食べながらで良いのでその紙の束に目を通して頂けますか?」

 ふむ?

 紙を畳に広げ、椀に豆腐を掬って汁をかけ……、

「これは?」

 一枚目の紙にはここ数ヵ月の日付と朝、昼、夕方の天候、そして方角に強、中、弱、無と書かれていた。日付にはたまに朱で印が付けられている。

 二枚目の紙は、発生した火事の日付と場所、それから死傷者の数が記されてる。但し、俺等が始末した盗みや火事を大きくしようと火付けした馬鹿共も含まれてるらしく、数のところはすべて『〇〇〇人以上』となっていた。

 はぐはぐ、と豆腐を食べるお菊を青山は慈愛に満ちた瞳で見詰め、

「張孔堂でいろはと簡単な計算を教わったらしいのですが、例の怨霊殿に宿題を出されたそうです。これから毎日、天候と風の向き、強さを記録しなさい、と」

「天候……風の向き……ふむ、強さというのはどう調べるんだ?」

「庭に神社で使うような紙垂かみしでを括りつけた棒を突き刺し、紙垂が地面と水平になびいたら『強』、そよそよと動く程度なら『弱』、真ん中くらいなら『中』ですね」

「成程」

「問題は朱の入った日付と方角です」

「朱は火事の起きた日か」

 青山はコクリと頷き豆腐を一口食べたので、俺も豆腐を口にする。

「おいしいですか、おかしらしゃま?」

「うむ、旨いぞ、お菊」

 俺が頷くと、お菊がニコリと破顔する。

 頑張ってお手伝いしたもんな――青山が言うと、

「あいッ!」

 顔を上げて嬉しそうに笑った。

「そうか、有難うな、お菊。湯豆腐の礼に菓子を置いていくから、明日にでも友達と一緒に食うがいい」

「わあ、ありがとうございましゅ。おかしらしゃま!!」

 喜ぶお菊を見て青山が苦笑を浮かべる。

「あまり甘やかさないで下さい、お頭」

 ふん、厳しく躾けて嫌われてしまえ。

 湯豆腐を食ってた長兵衛が肩をすくめる。

「これ……土産持たずに来て、只飯食ってるオレっちが一番せこい奴になりやせんか?」

「お前はさっさと食って、とっとと帰れ」

「勘弁して下さいよ、水野の旦那」

 情けない声を出す長兵衛を見て、お菊が声を上げて笑う。

 青山もクスリと笑い、

「話を戻しますが……火事のあった日付と風の向きを見て下さい」

 ふむ。

 俺が紙を眺めてる間、湯豆腐を食い終わった長兵衛は杯に酒を注ぎ、俺と青山の前に二つ置くと、自分は勝手に手酌で呑み始めた。

「十一月頃から小火を含めて火事の件数が増えてやすね。まあ、寒くなり始めて火を使うのが多くなったからなんでしょうが……」

 ちびり、と酒を舐めながら長兵衛が呟く。

「うん? 小火はともかく、大火事やそれになりかけたものは……北や北西の風が多いな。これってもしかして……(から)っ風か?」

 俺の言葉にコクリと青山が頷く。

「怨霊殿は、最低でも三年以上は調べてからそれがしに見て貰え、と言ったらしいのですが……。やはり、そう思われますよね?」

 これ、大発見じゃないか??

「よくやったぞ、お菊ッ! 火事で焼け死ぬ人を少しでも減らす足掛かりになるかも知れない!!」

 思わず頭を撫で回すと、お菊は「おぉ~??」と言って目をグルグル回した。

「こ、これ、みなさんの役にたちますか?」

「ああ、空っ風の強い日には見回りを増やし、民に火の扱いに気を付けるよう注意を促すだけでも違う筈だ。――これからも記録を続けてくれ、お菊。数年分の記録を検証すれば、もっとはっきりするだろう」

 空いてる手で杯を取り、酒をぐびりと飲む。……まぁ、幕閣を説得して江戸の町割りを一から作り直すのは今更無理だろうがな。それに伊豆殿はどうも、西国諸藩が攻めて来るのを想定して構想を練ってるフシがあるし……。

「旦那、旦那。お菊坊が目ぇ回してやすぜ?」

 ん?

 俺の手の下でお菊が、おぉ~、と言いながらフラフラしてる。

「す、すまん。大丈夫か、お菊??」

 慌てて手を離すが、お菊はフラフラと頭を回転させて「おぉ~??」と言葉にならない声を漏らしてる。

「おい、お菊ッ!?」

「ぎゅるぎゅる~??」

「お、お菊ぅ~~!?」





 ――数日後。




 夕刻に張孔堂にひょっこりやって来て、勝手に酒を開けながら幡随院長兵衛は目の前に座る怨霊と呼ばれる若い男に馬鹿話を語って聞かせた。

 男は溜息を吐いて天井を仰ぐ。

「何やってんだか、火盗のお頭ともあろう方が……」

「いやぁ、面白かったですぜ。お菊坊の事になると、青山の旦那は目が座りやすからね。お菊坊が回復するまで水野の旦那に『お頭ッ! 正座!!』って……。くくく……」

「水野のお頭、かなりの大男だけど……正座して縮こまっていた、と?」

「ええ。オレっちに絵心があれば、屏風絵か何かにして後世に残しときたいぐらいの光景でしたよ」

「……もう、どうでもいいや……。で、お菊ちゃんが『火伏せの巫女』とか『火の巫女』と呼ばれるようになったのには、どう繋がる訳??」

「秋葉さんやらあちこちの神社が、お菊坊の観測記録について耳にしたようで、協力を申し出てきたんスよ。まあ、朝昼夕に空模様と風向き、それから強さを記録するだけですからね。それこそ子供でも出来る。でも、この記録が数集まりゃあ……」

「説得力を持つ……」

「そういう事ッス。水野の旦那、お江戸の北と北西の位置する堀や街道を大きめに広げれば、延焼がそこで途切れるんじゃないか、と言ってまして。記録が数年分溜まって、はっきりしたら幕府に報告する気らしいです」

「ほう」

「巷の噂を耳にした肥後様が興味示したとかで、手応えは悪くなさそうですぜ」

「肥後さま?」

「知らねえですかい? 先代さまの隠し子さまですよ」

「あ、保科さまか。ふ~ん……」

「で、この記録の始まりであるお菊坊は、あちこちの火難除けを謡ってる神社から『巫女さま、巫女さま』と持ち上げられてる訳ですよ。『巫女さまのお言葉によれば、冬場は北から大風の吹く日が多い。湿り気も無いから、そんな時に火の不始末があれば大火事になるでろう。皆、気を付けるように』って、もっともらしい台詞付けて」

「……判ります。数百年後、『彼女がお天気キャスターの元祖であった』とか言われるんですね」

「はいッ!?」

 何を言われたのか理解出来なかったのか、長兵衛が何度も目を瞬かせる。

 怨霊と呼ばれた男は髪をかき上げて苦笑いを浮かべ、

「……まあ、皿数えるよりはマシな人生だと思うが……いいのかな、これで……」





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