第六章 11
松平伊豆守サイド 寛永16年(1639年) 同日 深夜 土井大炊頭屋敷
「出来ねえよ」
親の仇でも見るかのような目付きで僧侶が土井様に銃口を向けつつ、行灯から移した火を火縄に付ける。「――ってか、随分と殺気立った坊主だな」
俺の言葉に天草四郎が苦笑いを浮かべる。
「元は越前結城家に所縁ある武士だったそうです。……それより、俺としては伊豆守様の喋り方が気になりなすね。ざっくばらんと言いますか……」
「フッ。十兵衛と話してる時は、いつもこんな感じだ。公式の場ならともかく、それ以外の場まで畏まった言い方してたら疲れちまう」
まあ、この喋り方は魂魄にまで染み付いたものだしな。
土井殿に目を向け、頷くのを確認してから俺は護衛の兵士達に下がるよう言った。
不承不承って感じで険しい表情を隠さず兵士達が廊下に消えていく。
「そこの坊主、お前も鉄砲を下ろせ」
「……」
坊主は殺気の籠った目で土井殿を睨んだまま、鉄砲を下ろそうとしなかった。天草四郎も怪訝な表情をして、別木さん、と声を掛ける。
「……済まぬ、怨霊殿。拙僧はどうしても訊きたいのだ。――お聞かせ下され、大老殿。本当に……本当に、秀康様を謀に掛けたのですか?」
「かけ……た……。だ、大権現様の……遺命……だった……」
ジッと銃口を見詰めながら土井殿が呟く。水戸の若が、マジかよ、と驚いた。
「秀康様に何の罪が?」
「……こ、後継者を誰にすべきか……その問いに、本多親子は……あ、敢えて秀康様の名を挙げた。あ、あの二人は……かの方の性格を……こ、好ましく思って……いたのだろう。そ、それに……弥八郎殿は台徳院(二代秀忠)様に付いて……う、上田城攻めに参加している。そ、それで……台徳院様の資質に疑問を……感じてたフシがある」
「まさか……本多親子が推したから? それだけの理由で??」
坊主が目を真ん丸に見開いた。
天草四郎が首を横に振り、いやと呟く。
「秀康様は確かに大権現様の次男、二代将軍の兄だが……太閤のところに養子と言う名目で人質に出され、更にそこから婿養子と言う名目で結城家に追い払われた。つまり、形の上では将軍家の下、臣下に扱われるべき……」
「それはッ!? ……決して本人が望んでその立場になった訳では……」
「そうだけど別木さん。この『形』ってのが重要なんだ。幕府の成立も乱世を終わらす為の一つの形。臣下が将軍に成り上がれば、それは即ち下剋上。形を崩すことであり、乱世の始まりとなる。――ですね、大老様?」
ほぉ、世の中が見えてるな、この男。
土井殿が微かに頷く。
「……かの……方は、おのれの立場を理解……しておられた。決して、自分から……上に立ちたい、などと、お、仰られなかった。でも……下の者達が担ぎ上げ……かねない……それだけで大問題だと……大権現様は判断なされた」
「だから毒を?? 更には本多上野介殿も策を用いて破滅させた??」
坊主の顔が死人のごとく蒼ざめ、鉄砲の銃身がカタカタと震えた。
「そ、それが……政、というものよ」
「……」
向けられていた銃口がダラリと畳に下げられた。「――命じる方も命じる方だが、それを実行する方も……拙僧には理解出来ぬ」
簡単に理解なんぞされてたまるかよ。
俺が微笑を浮かべたのが気に入らなかったのか、坊主から鉄砲を取り上げた天草四郎は即座に俺に向けて構え直した。
膝立ちになった十兵衛が刀を抜こうとしたが、
「動くなッ! ……ここで貴殿を撃てば、島原で殺された民は喜びますかね、伊豆守様?」
知るか。俺は切支丹じゃない。
「さてな。――で、俺には何が訊きたい? 駿河大納言様の事か??」
「そのお言葉だけで、かの方に罪なし、と判断出来ますね。――我等をこのまま捕縛するおつもりか??」
「いや、お前の首はここにいるあやめに獲らせてやる約束になってる。捕縛された男の首を挙げても、あやめとしても面白くないだろうし甲賀忍びの沽券に関わる」
……殺気の溢れた瞳であやめが頷く。
十兵衛は、やれやれ、と肩を竦め、
「絶対、今殺しといた方が後々面倒な事にならないと思いますがね、拙者は」
苦笑いしつつ言っても説得力無いぞ、十兵衛。……お前、この状況を楽しんでるだろう?
天草四郎は火縄を外した鉄砲を坊主に渡し、じゃあ帰らせて頂きます、と言って立ち上がった。右手に持った火縄をグルグルと振り回す。
「待て、怨霊。当初の目的が果たせてない」
水戸の若が慌てて天草四郎の袖を掴んだ。
「当初の目的? ……何でしたっけ??」
「おい、こら? お前が言ったんだろう。水戸家には隠された使命がある、って。――土井の爺様、何か知ってるか? こいつが言うに『再び関ケ原のごとき大戦が起きた時、水戸家は敵方に付いて、どちらが勝っても徳川の血が残るように画策すべし』との事なんだが??」
「ッッ!?」
土井殿が目を大きく見開く。
「本当なのか……」
溜息を吐く水戸の若に、土井殿が深く頭を下げた。
「あ、貴方様が兄君に後継者の座を返すべく……わ、わざと傾いてる事は……察しておりました。が、み、水戸家は重要な使命を帯びて……おり……若の心を汲む余裕は……ありませぬ。わ、我が命を以って、お許しくだされ……ッ!」
上半身を起こし、土井殿は無造作に腹に短刀を突き立てた。
「土井の爺さん!? おい!? 俺は別にアンタに怒ってた訳じゃねえぞ!!」
慌てて若が駆け寄るが、土井様はニコリと微笑み短刀を横に引いた。纏っていた寝間着が血に染まる。
「お、お……さらばです、若。ね、願わくは……良き藩主になら……れ……よ……」
口から血をこぼし、土井殿が布団に倒れ伏した。
「爺様? おい、爺様ッ!?」
「――若。これが幕府に仕えし者の覚悟でござる。決して恣意をもって越前黄門様や駿河大納言様に策略を仕掛けた訳ではございませぬ。すべては日ノ本の安寧に為、おのれは死して地獄に堕ちるのを覚悟で幕政を行っておるのです」
「……判った。土井大炊頭の諫死。この胸に深く刻もう」
今まではどこか甘えがあった若の顔が、侍の顔になったか。
若はそっと土井殿の遺体を布団に横たえ、目を閉じさせると片手で拝むような仕草をした。事態の急展開に驚愕してた天草四郎達も両手を合わす。
「――伊豆。後の事は頼むぞ」
「ハッ。早くこの場から去られよ。――天草四郎、貴様が何を為そうとしているか知らんが、掲げる旗が『浪人救済』なら、やはり貴様は一揆の大将がお似合いの器よ。多少は世が見えてるようだが、あの島原のように四門楚歌に陥るは必定だぞ。そうなる前に討ってやるから、幕府の慈悲と思え」
天草四郎は振り回してた火縄をギュッと握り、火を揉み消した。
「四門楚歌ですか。確かに……確かに、そうかも知れませんね」
どこか、自分で自分を嘲笑ってるような……。
俺も遠い昔、そんな戦いを経験したよ。
だが、
「――ですが今更旗を降ろしたら、今までの自分の生き様がすべて嘘になってしまいそうで。判ってくれとは言いませんよ」
やっぱりそうなるか。……いや、判るぞ。
「もう行け。次に会う時は、貴様は首だけになってる筈」
「その際は、恨めしや伊豆守様、と言ってみせましょうぞ」
天草四郎はそう言うと、物ノ怪めいた笑いをしながら仲間達を連れ、廊下の向こうに去って行った。
――
静まり返った室内。ずっと無言だった十兵衛が口を開く。
「島原で仕留め損ない、化け物を生んでしまったようですな。伊豆守様」
「何、問題ない。俺も土井殿も……そしてお前の親父殿も、千代田のお城に巣食う魑魅魍魎の一人だからな。そう言ったのは十兵衛、確かお前じゃなかったか?」
ククク……。
フハハハ……。
突如、笑いだした俺に十兵衛は、やれやれ、と肩を竦めてみせた。
「まったく、敵は島原の怨霊で、親父と仕事の上司は政の鬼……千代田のお城に巣食う魑魅魍魎と来たもんだ。必要なのは拙者の剣ではなく、沢庵様の有難い読経じゃないですかね?」
「……十兵衛様の剣も、充分に人間離れしてると思いますが」
土井殿の遺体に両手を合わせてたあやめが小首を傾げて呟く。言い返されると思ってなかったのか、十兵衛はぎゃふんとなった。
ここまでが第六章となります。
第七章は閑話的なものになりそうです。(例によってまだ書けてません)
読んでくれた皆様、有難うございます。




