第六章 10
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「……」
「……」
土井殿と伊豆守様は険しい表情して雪ちゃんを見詰めている。これ、慶安ノ変のフラグにならないか??
雪ちゃんが土井殿をまっすぐ見据え、言葉を紡ぐ。
「大権現様が元和偃武を為し、天下に安寧と秩序をもたらしました。それ以降、幕閣の方々はこの静謐を乱さぬよう……いえ、乱しかねない奴は成敗して、天下を守ってきました」
「うむ。それが我等幕臣の務め。――で、お主は何が言いたい? 由比正雪よ」
伊豆守様の目に殺気が籠る。
「守る事に汲々として、先を見えてないのでは?」
「どういう意味だ?」
「日ノ本を一つの『城』とお見立て下さい。皆様のやってるのは先の見えない籠城戦、いずれは兵糧を……お城の蔵にある金を使い果たして、身動きが取れなくなるのでは??」
「ッ!?」
「……」
土井殿は目を見開き、伊豆守様は唇を噛んで雪ちゃんを睨み付けた。
「ならば、どうせよ? と」
「国の基は人。容赦なく藩を潰し、生じた浪人達を市井に溢れさせておきながら、彼等の生きる道を示そうともしない。まるで、さっさと死ねと言わんばかり……。人を生かさぬ国に未来がありましょうや?」
ああ、平成の世で問題となっていた待機児童問題に似ているな。日本ならぬ幕府死ねってか? いやいや、言った瞬間こっちが先に死んじゃうから。
「嗣子無きは絶つ。これは幕法だ! 法を曲げよと言うのかッ!?」
「ほう、ほう、って梟ですかッ!? 何だったらついでにホケキョとでも言ってみますかッ!?」
あちゃあ……。
ヒートアップする雪ちゃんの肩を押さえる。はい、どうどう。半兵衛さんも苦笑いして雪ちゃんの膝を押さえた。
「……私は馬ですか、四郎様?」
「少し頭冷やそうか、ティア……じゃなかった、正雪先生? 頭に血が昇れば視野が狭まり、冷静な判断が出来なくなりますよ」
「ッ……失礼しました」
雪ちゃんが軽く頭を下げ、深呼吸した。
俺はニコリと微笑み、
「……それで大炊頭殿、伊豆守殿。嗣子無きは絶つのが幕法と言いますが、そこに本当に他意はありませんか?」
「どういう意味だ?」
伊豆守様が俺を睨む。
俺は肩を竦め、土井殿に向かって越前黄門結城秀康様、伊豆守様には駿河大納言松平忠長卿、と言ってやった。
二人が顔をしかめる。
「この御二人の死は、貴殿達の策謀ではないのですか?」
「……下衆の勘繰りだ」
「そうでしょうか? 船頭多くて、船、山を登る、という諺もあります。日ノ本の行く末を誤らないように船頭を一人に絞る。……大義親を滅すを実践したのでは?」
「……」
目を閉じて俺の話を聞いていた土井殿が、スッと右手を挙げた。同時に襖がスパンと開け放たれ、隣の間から完全武装の兵士達が湧いて出てきて俺達を取り囲む。
「や、やはり……しびとには……早々に、め、冥府に……帰ってもらおう」
「つまり、策謀だとお認めになられると?」
島原で何万もの大軍に取り囲まれた事を考えれば、二十人程度が向けて来る殺気など怖くも何ともないよ、土井殿。「――ここにおられるのは水戸家の若君だ。それでも刀を抜くか、お前等?」
光さんを手で示してギロッと兵士達を睨むと、明らかに動揺したようで、兵士達はチラチラと土井殿に視線をやって次の指示を待った。……光さん、笑いながら「きゃあ、助けて~」とか言わない。
別木さんも笑みを浮かべながら膝を滑らせて、俺の横に出て来た。そしてどこに隠していたのか、俺の部屋に仕舞っといた筈の新型鉄砲――仁左衛門さんから渡されたアレ――を取り出し、土井殿に向ける。
「たとえ一人でも刀を抜いたら、これは最早合戦と見做し撃ちまする。まあ、こちらも全滅するでしょうが、巻き込まれた水戸の若様は重傷を負い、鉄砲玉に額を撃ち抜かれて大老様も死亡。――伊豆様、これを隠し通す事が出来ますかな??」




