第六章 8
由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 八月 深夜 張孔堂
一度、寝床に身を横たえたが、頭が冴えて眠れなかった私は四郎様の部屋に突撃する事にした。
途中、見回りをしてた半兵衛さんに見付かり袖を掴まれる。
「先生……先生は表向き『男』なのですから、こんな夜更けにうろついてるところを誰かに見られたら夜這いと思われますよ」
「夜這い、ですか……」
思わず顔を赤くする私を、手燭を持った半兵衛さんが呆れた目で溜息を吐いた。
「両手で頬を押さえて腰をくねらせないで下さい。……どこの生娘ですか、まったく」
「い、いや、その……四郎様が何か隠してる気がして……」
「それは私も感じましたが……。判りました。私も一緒に参ります」
「三人でするのですか? ちょっとドキドキしますね」
「何をする気ですか、何を??」
半兵衛さんに引っ張れるように四郎様の寝起きしてる部屋に向かい、声を掛けてから襖を開ける。
「四郎様、起きてらっしゃいますか? 開けますよ??」
「……返事が来る前に開けちゃうって……」
うん? 何か言いましたか、半兵衛さん??
外に面した障子が開け放たれてるのか、真っ暗な部屋に蒼い月の光が差し込み、片膝をついて月に祈りを捧げる四郎様の後ろ姿が見えた。神々しささえ感じるその光景に、半兵衛さんが息を呑んで硬直する。
「……四郎様は、ああやって毎夜、島原で死んだ仲間達に自分だけ生きている事を詫びているのです」
小声で囁くと、半兵衛さんは哀しそうな表情で何か言おうとして……結局、言葉が見付からなかったのか、口元に手を当てて目を潤ませた。
「うん? あ、雪ちゃんに半兵衛さん?? どうしたの??」
こちらに気付いた四郎様が振り返って小首を傾げる。
私が訪れた理由を話そうとする前に、天井からフワリと黒い影が二つ降って来た。
「どうしたの、じゃないわ怨霊。お主が隠し事しておると、気になった雪と柳生の娘まで来てしまったじゃないか。さっさと話せ」
「自分は、この熊沢殿の書状と紀州の三輪殿から預かった試作品を届けに来ただけなのですが、風魔の巫女様に一服誘われ……」
「ロリ巫女様に仁左衛門さんまで……。ちょっと待って。今、明かりを付けるから」
苦笑いした四郎様が障子を閉めて、明かりを付けた。
車座になって皆が座る。
「で、仁左衛門さん。重さんからの書状って?? 重さんに何かあったの??」
「熊沢殿、池田候の元に出仕したそうです」
「池田候? ああ、岡山の……。史実通りだけど、やるなぁ重さん」
差し出された書状を、最近、ようやく草書が読めるようになった四郎様が広げて目を通した。
「何と書いてあるのです?」
「え~とねぇ……藩士達の子弟を集めて学校創った、って。ゆくゆくは武士だけじゃなく、領内の子供達すべてに読み書きを教えたいって書いてある。それから飢饉に備えて芋を広めてるらしい」
へぇ。
四郎様は書状を畳んで文机に置くと、
「仁左衛門さん。重さんに伝えて。『藩士達の扶持に改革の手を伸ばすなら、慎重に慎重を重ねて、藩士達全員の賛同を得てからにして。多くの藩士達が反感を持って、流石の池田候も庇いきれなくなって暇を出したのが俺の知ってる歴史だから』って」
「承知しました」
仁左衛門殿がコクリと頷く。
「で、……あれ? 岡山池田藩?? もしかして赤穂の池田家と繋がりある??」
「赤穂の輝興殿は池田輝政殿の六男ですね。母に当たる方が大権現様の娘と聞いた事があります」
「――重さんに追加で。『俺の記憶では、赤穂は浅野家が入ってる。おそらく数年以内に赤穂池田は改易になるよ』って」
「改易……。理由は何でしょう?」
仁左衛門さんが訝し気に眉根を寄せる。
「ゴメン。そこまでは憶えてない。時代小説でもネタにされてなかったから……。でも、今から調査して何か手を打てば、防げるかもしれない」
「判りました。調べてみましょう」
仁左衛門さんが頷いて調査を請け負った。と、ここで半兵衛さんが右手を挙げる。
「あの……これ、関係あるか判りませんが……」
「何、半兵衛さん?」
「私が西国を流浪してた時に耳にしたのですが……池田輝興殿の奥方は黒田家の姫様だそうです」
「黒田家? ああ、軍師官兵衛の血筋か……」
四郎殿がこめかみを人差し指でカリカリと掻きながら考え込む。赤穂池田家に何が起きるのか? 推測しようにも情報が足りなすぎる。
「駄目だ。判らん。――で、三輪さんから預かったものって?」
「こちらです」
背中に括りつけていたのか、細長い木の箱を出して畳の上に置いた。四郎様が蓋を外すと、中には鉄の塊――鉄砲があった。
「これ……肩当てに、照準を合わせる為の照星と照門……あ、ちゃんとライフリングも切ってある。すげえな、三輪さん」
「三輪殿いわく、『今迄の鉄砲とは違って格段に当てやすくなったが、問題は玉の方だ。お主の言う雷管というものがさっぱり判らん』との事です」
「ああ、化学知識が無いとアレはねぇ……。俺も化学は苦手だったから、上手く説明出来ないし」
苦笑いした四郎様が銃口を覗き込む。「――異世界に漂流した信長様もキッドから言われて、首傾げてたしな」
……伊勢? 木戸??
何の話だろう??
疑問符を浮かべる私達を、四郎様は「何でもないです」と肩を竦めてみせた。
「取り敢えず、今は火薬と火打ち石方式を研究してもらって、雷管の手掛かりになりそうなものを探す、かな? ……あ、ロリ巫女様は何の用??」
「妾は、あの柳沢という男についてお主が隠しておる事を訊きにな。雪と柳生の娘も同じだろう」
小太郎様は持参したらしい瓢を取り出し、部屋を漁って見つけた杯二つに中身を注いで一つを仁左衛門さんに渡した。
……私達には無いんですか?
仁左衛門さんが口元の布をずらし、杯に口を付ける。
「うん、美味い。――あの柳沢という者、怨霊殿の知る歴史では出世なさるのですか?」
「あの人がきっかけ掴むのかな? まだ生まれてないけど、あの人の息子が五代将軍の最側近になるよ。ただ、その代わり悪名をすべて受ける事になっちまうんだが……」
五代将軍の側近……。凄い。
「だから、今のうちに友達になっておこうと? お主もなかなかの悪じゃのぉ、怨霊??」
杯を傾けながら小太郎様がニヤリと笑う。
四郎様もニヤリと笑い、右手を伸ばしてその杯を奪い、
「うるさいよ、ロリ巫女様。俺を監視して儲けのタネになりそうな未来知識を探ってるロリ巫女様に言われたくないって。……ってか、幼女が酒飲むな、こら」
と、杯の中身をグビリと飲み干す。
「……って、水かよ!?」
「霊験あらたかな箱根権現の水じゃ。美味いじゃろ??」
悪戯が成功した子供のように、小太郎様がケラケラと笑った。「――陰陽師の名前の付いた『こんくる』とやら、後で詳しく聞かせよ?」
「……道摩法師じゃなく、ローマンだから」
四郎様は疲れたような乾いた笑みで、はいはい、と言った。




