第六章 6
明けましておめでとう……と、言っていいか判らぬ国際情勢ですが、まぁ、おめでとうございます。
金井半兵衛サイド 寛永16年(1639年) 八月(翌日) 昼過ぎ 張孔堂
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「まず皆に認識してもらいたいのは、合戦は政治の一面だってこと。平たく言うと、『このバカ野郎がッ! こんだけ言っても判らねえかッ!?』と殴るのが合戦なんだよ」
浪人達の前に立って怨霊殿が講義する。
私に正雪先生、忠弥さん、連也、熊谷さん、別木さんに十郎兵衛さんは浪人達の後ろに並んで立って、それを興味深げに聞いている訳だが、私はフムと頷き、
「成程。馬鹿に付ける薬、という訳ですか」
と呟いた。
「上手い! 半兵衛さんに座布団一枚!!」
「いや私……立ってるんですけど」
思わず言った言葉に、皆がドッと笑った。
「さて、殴られて喜ぶのは一部の変態だけで、この中には居ないと信じて話を進めるが……ってか居ないよね?」
「こいつは嫁さんに尻に敷かれて喜んでますぜ、怨霊の先生」
浪人の一人が笑って言うと、怨霊殿は「りあじゅう、爆発しろ」と謎の呪文を呟き、南蛮の兵法家『まかべり』という人物の話をし始めた。
「南蛮の国の一つ、イタリアがまだ戦国乱世だった頃の人物だよ。外交担当……隣国との交渉で有利な条件を引き出すのを仕事としてたんだが、なんせ自分の故郷は弱国だった為、えらい苦労したらしい。で、その経験をもとに一冊の兵法書を書いた。いわゆる故郷への提言ってやつだね」
「成程。で、その故郷は提言を元に『いたりあ』を統一したと?」
別の浪人がポンと手を叩く。乱世を終息させ、天下統一を為した書――確かに興味深い。
が、怨霊殿はプルプルと首を左右に振り、
「いや、読まれなかった。それどころか南蛮各国で禁書扱いにされた」
「はいッ!?」
「理想論とか、人の善なる部分とか……そういう綺麗事を斬って捨ててるんだよ。『これが現実なんだから、それを踏まえて行動せよ』ってな感じかな? これを認めたら神の愛を説く切支丹達は立場が無くなってしまう。だから、切支丹のいっちゃん偉い人――法王って言うんだけど――が、禁書として焼き捨てるように命令を出した」
「おいおい、何が書いてあるんだよ?」
ちゃっかり浪人達の間に混ざって座ってる『遊び人の光さん』が眉根を寄せ、半笑いのような微妙な表情を浮かべた。隣に座っていた吉良の若様も似た表情をし、
「怖いもの見たさで興味あるな」
と発言する。
「武器を持たぬ人格者は滅びる……。君主は愛されるよりも恐れられよ……。属国を維持する一番安い手立ては、派閥争いさせること……」
「……」
「……」
当たり前と言えば当たり前だが、何と言うか『そこまで言わなくても』な内容だ。
怨霊殿は面白そうに皆を見回し、
「また、こうも言っている。君主は憎まれてはならない……。じゃあ、恐れられるのと憎まれる、その境界線はどこにあるのかって訊くと……『簡単だ。人の女と財産を奪わねばいい』と言う」
「その『まかべり』なる者、どこぞの寺で参禅でもしたのですか??」
田沼さんを始め、皆、呆気に取られてる。
怨霊殿は苦笑し、
「いや、マキャベリが参禅したって話は聞いたことないが……皆も貧乏のどん底を味わい、彼に負けず劣らず苦労している。だから正義を主張するには、まず勝ってからだってのは身に染みてるでしょ? 負けたらすべてを失う……」
「ならばこそ、甘い希望や綺麗事は脇に置いとき冷静な目で現実を直視せよ、と?」
「うん。お茶好きのある女の子がこんな事言ってたよ。『土壇場を乗り切るのは勇猛さじゃない、冷静な計算の上に立った捨て身の精神よ』と」
「どこの軍神ですか、その少女ッ!?」
思わず叫んでしまった。幾千、幾万もの戦いを潜り抜けた者じゃなきゃ、その台詞は口に出来ない。
「まあ、その少女のことはさて置き……」
「ちょっといいですか?」
講義を続けようとした怨霊殿に対し、一人の浪人が立ち上がった。一瞬、正雪先生を見てから怨霊殿に視線を戻し、
「自分の一族は甲斐の出身なんですが、その『まかべり』なる兵法家が説く君主の在り方は、信玄公に一脈通じるものを感じます。ならば何故、信玄公は天下を取れなかったのでしょうか?」
「簡単に言うと、遠過ぎた京、かな? ……まるで某戦争映画のタイトルみたいだが」
怨霊殿がニコリと微笑む。
「遠過ぎた?」
「マキャベリは言ってます。『城塞が何の役に立つ?』と。信玄公も甲斐に城を築かなかったし、確かに貴方の仰る通り……ゴメン、貴方の名前を訊いてなかった」
「失敬。拙者、柳沢……柳沢安忠と申します。先祖は甲斐源氏の傍流に繋がり、戦国の頃は信玄公に仕えてたそうです」
「甲斐……柳沢?? あッ!? よしや……じゃなかった、もしかして十郎兵衛爺ちゃんが言ってた??」
怨霊殿、何かを言いかけたが口ごもり、こちらを向いて十郎兵衛さんに確認した。十郎兵衛さんがコクリと頷く。
「柳沢さん、甲斐の霞堤――信玄堤は見たことありますか? 構造など詳しく知りたいんで、この後、ちょっとお時間下さい」
「はあ、それは構いませんが……」
「甲斐の人間にとって信玄公の名が特別なのは俺も承知してます。ですので、これはあくまで私見として聞いて下さい。――信玄公にとって天下とは、甲斐より見渡せる範囲でしかなかった。何せ、北の信濃から先には上杉謙信が、南には今川義元、東には北条家が構えてる」
「それらを何とかしないと、その先など幾ら考えても絵に描いた餅に終わりますな」
浪人の一人が髭をしごきながら笑う。
「ええ。故に、信玄公にとって天下取りとは『領土をどんどん広げていく』ことなんです。逆に信長公や秀吉公は、京と自国の位置関係、帝の持つ民への影響力、将軍義昭の存在価値、新兵器である鉄砲が秘める可能性、等々の様々な要素を戦略に組み込んでます。つまり孫子にある……」
「算多きは勝ち、算少なきは……ですか」
柳沢さんが両手を組んで、唸るように息を吐いた。「――遠過ぎた京。成程」
納得したのか、柳沢さんが軽く会釈して座った。……一瞬、また正雪先生に視線を向けたような? 何だろう?? この人の目、気になる。
「でも、同時にマキャベリはこうも言ってます。『たった一度の敗北ではないか』――勝敗は兵家の常。要は気持ちの切り替え、開き直りです。戦で敗れたなら、戦以外の面で勝てばいい。武田家は信玄公の死後、『もう信玄公は居ないんだ』と開き直る事が出来なかった。戦以外の面で織田家に勝つ道筋を見付けられなかった。故に滅んだと愚考します」
「たった一度の敗北ではないか……。そうですね。潔く死ぬのが武士の在り方とは限らないですよね」
正雪先生がウンウンと頷く。
「うん、俺はそう思う。――信長公は姉ヶ崎で、大権現さまは三方ヶ原で大敗北してる。でも、腹は切ってない。そっから成長して名将への道に進んでる。なら、皆さんは?」
「成程。その道をここ、張孔堂で見付けよ――と、まとめる訳か。なかなか商売上手だな、怨霊」
忠弥さんがそう言って笑うと、皆もつられるように笑い出した。
私は……柳沢さんの目が気になって笑みを浮かべられなかった。




