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第一章 1




 天草四郎サイド 寛永15年(1638年)5月某日 京近く山中



        1



 正雪と武蔵様が京で人と会うというので、取り敢えず俺達は京に向かった。

 元の時代ならもうすぐリニアが走るってのに、何が悲しゅうてトボトボトボトボ……。足の裏やらふくらはぎやら、あちこち痛くてしょうがない。伊能忠敬の偉大さが身に染みて判るな。

「大丈夫ですか、四郎さま?」

 隣りを歩く正雪が心配そうな顔をする。コイツ、俺に女と知られてから妙に優しいんだが何でだろう?

「はぁ……何とか。すいません、体力無くて。――でも、こんな間道というか獣道行かないと駄目なんですか?」

 前を歩く爺さんが苦笑を浮かべ、水の入った竹筒を俺に差し出した。

「四郎様、私達は天下の大罪人です。捕まったら正雪殿や武蔵様にまで迷惑を及ぼします。我慢してください」

 う~ん、それを言われると……。

 竹筒の栓を抜いて水を口に含む。自然と空を見上げる姿勢になった。

 木々の葉に埋め尽くされた視界。微かな隙間から陽光が漏れ、名前も不明な鳥の声が不気味に響いた。

 山道だ。それも山伏かマタギぐらいしか使わないんじゃないかってぐらいの山道である。一人でここに放り出されたら、俺は間違いなく遭難するだろう。

「この程度の山で変なこと言わないで下さい、四郎さま」

 正雪がクスリと笑う。この程度……ですか、そうですか。

 ガサリと落ち葉を踏み荒らす音がし、重さんと武蔵様が姿を見せる。

「ただいま戻りました」

「あ、斥候、御苦労様です。重さん、武蔵様」

 怪我人で杖なしで歩くのはキツイ筈なのに、重さん、自分から偵察任務を買って出てくれた。本当に感謝である。ってか超人か、アンタ?

 武蔵様が前方を手で示す。

「もう少し歩けば沢がある。そこから下って行けば夕方には人里に出る。明日には京の町に入れるだろう。――正雪、手筈は大丈夫か?」

「手紙を送ってあります。鞍馬で会ってくれるそうです」

「うむ。ならば明日の昼には会えるな」

 誰と会うのか何度か正雪に訊ねたのだが、教えてくれなかった。どうもかなりの有名人らしい。京の有名人って……天皇? いやいやいやいや、まさか……ね。

 さて、出発しますか。

 武蔵様が枝を払いながら先頭を進む。

「それで四郎。話の続きだが、鉄砲傷で死ぬのは血を流し過ぎるのと、病気の元になるものが体に入り込む……『はいけつしょう』だったか? それのせいだと言ったな?」

「ああ、はい。弾丸は回転しながら飛ぶので体に突き刺さった時、まるでドリル――と言っても知らないか――刀の切っ先を捩じ込んだかのように体をズタズタにします。つまり弾丸の直径より大きな穴が体に開くのです」

 正雪がフムフムと何度も頷く。

「それで大事な臓腑や血の管を破られて流れ過ぎ、人は死ぬ訳ですね?」

 う~ん、そうなんだけど……。

 この時代の人に『失血性ショック死』って、どう説明したらいいかな?

 沢に出たので爺さんが竹筒に新しい水を入れ直す。

「血を流し過ぎたら死ぬ――これは皆さん、御存知ですよね?」

「長年、戦場におりましたが……二升近く流すと人は死ぬようですな」

 爺さんの言葉に武蔵様も頷く。

 一升って確か1.8リットルだっけ? 大人だと2から3リットルがラインって聞いた事あるから……大体、合ってるな。まぁ、どんだけ血生臭い人生送って来たんだよアンタ等って話だが。

「うん、そんなもんだね。――実は、もう一つ問題があるんです。臓腑が無事でも流れる血が足りなくて、その結果、死に繋がるって事が」

「血が流れない部分は腐り落ちる。それが全体に広がって……そういう解釈でいいか?」

 と、武蔵様。

「ええ。取り敢えずはそれでいいです。重さんの場合、まだ息があるのを知って慌てて助けたけど、これで死ぬ可能性もあった。数日、昏睡状態……眠ったままの状態が続いて、もう神に祈るぐらいしか手が無かったんですが、どうも運がいいらしく何とか意識を取り戻してくれたんで助かりました」

 輸血なんて無理だったしね。

「素直に、悪運が強い奴め、と言ってくれて構わないですよ、四郎殿」

 重さんが楽しそうに言う。

「いや、いくら俺でもそこまでは……。それで敗血症ですが……平たく言うと、体の中に病原菌――目に見えないほど小さな“鬼”――が入り込むことです」

「鬼……ですか?」

 正雪が小首を傾げる。

「もう“鬼”としか説明出来ないんですよ。だからと言って修験者や陰陽師なら見えるって訳でもないですよ? 強い奴やら弱い奴やら、とにかく種類が多く、あちらこちらに居ます。何かの拍子にソイツ等が体内に入ると……戦いになる」

 白血球だの何だのは置いとき、体が高熱を発し鬼との消耗戦になるとネットで読んだ小説を参考にしながら語る。

 ……あれは、農業知識に通じた女の子が戦国時代にタイムスリップして織田信長に会う話だったっけ? 寛永の世(こっち)に来ちゃったから、もう読めないけど……完結まで読みたかった。

「目に見えぬほど小さな鬼。それが病の元と――あ、もしかして、目を覚ました時、体がやけに酒臭かったのは傷口を焼酎で……?」

 重さんが、合点がいったという感じで何度も頷いた。

 焼酎を口に含んで傷口に吹きかけるってのを時代劇でたまに見かけるが、あれはアウトらしい。口腔内の雑菌が一緒に傷口に入っちゃうと聞いた事がある。あれだったら、まだ水で洗った方がマシだとか。

 この時代に来て島原ノ乱が間近であるのを悟った俺は、酒を蒸留して度数を上げたものを作ってくれるよう爺さんに頼んだ。言うまでもなく消毒用アルコールの代わりだが、うろ覚えの蒸留を説明するのが大変だった。

 ……村の男連中が出来上がったそれを、水で割って飲もうとするし。

 武蔵様が唸る。

「目に見えぬほどの小さな鬼、か。成程のぉ……」

 この時は想像もしなかったが、数年後、亡くなった武蔵様の教えとして『兵法修行、九箇条の心得』なるものを俺は江戸で耳にする。

 そして、その第七条は……


『――目に見えぬを悟って知る事』


 だった。

 もしかして……やっちまった、俺?



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