第六章 2
天草四郎サイド 寛永16年(1639年) 八月 張孔堂
熊谷さんが講師陣に加入した事で、講義の内容がより実戦を意識したものになった。
何せ、藩主より軍配を授けられて『合戦時の総指揮官』を任された事もある人物なのだ。
絵図面を使っての机上演習をしたら、雪ちゃん以外、コテンパンにやられたし、たんぽ槍を使っての訓練では忠さんと互角、つまり、浪人達は息も絶え絶えで……、
「鬼だ……アンタ、戦場の鬼だ……」
そう言い残して庭に死屍累々と倒れ伏す浪人達。この光景、どっかで見たことあるような……あ、男塾だ。
熊谷さんに会いに来てた東慶寺の尼さん達が「いい実験台が出来たわ」と不穏な事を口走りつつ、ニコニコ顔で薬箱を手に浪人達の間を回る。
「うむ。鍛えれば一騎当千の兵になりましょう。……さて怨霊殿、拙者はこうやって彼等を鍛えてればよいので?」
縁側で雪ちゃんと並んで訓練風景を見てた俺は、ふむ、と顎に手をやった。
「会津は雪が多い地と聞きます。雪国で合戦を行うすれば、どういう形になるか……? 通常の戦闘は? 奇襲戦法は? そこを研究して欲しいのです」
「雪国の戦闘ですか??」
熊谷さんが首を傾げる。
「蝦夷地で、蝦夷に味方して松前藩に喧嘩売るんだとさ」
忠さんの言葉に熊谷さんが「何とッ!?」と、開いてる目を真ん丸にした。
「何故、蝦夷に味方するか訊いて宜しいか?」
「この日ノ本で……幕府の目の届く範囲で、今後数百年、合戦は起こりようがないからです」
たんぽ槍を置いてこちらに来た熊谷さんに、浪人達に話した事をもう一度話す。……が、熊谷さんは最初から最後まで両腕を組んで考え込んだままだった。
「……それでは弱い」
弱い?? どういう意味だ??
首を傾げる俺に、雪ちゃんがニコリと微笑む。
「大義として掲げるには弱い、そういう意味ですよ四郎様。初代征夷大将軍である坂上田村麻呂と悪路王阿弖流為の頃より……武士はその誕生の頃より蝦夷と戦い続けてきたのです」
「それは……朝廷の命で、でしょう?」
「だとしてもです。数百年の怨念は簡単には消えません。向こうにしてみれば、『コイツ等、本当に信用できるのか?』と疑心暗鬼になるかも知れませんし、こちらとしてもそんな視線に晒されたままでは充分な力を発揮出来ません」
そういう事か……。
頭をガリガリと掻く。「――明確な正義が必要と?」
熊谷さんが頷く。
「おそらく雪の地で、楠真田のごとき大軍を翻弄する兵法を望んでるのでしょうが……戦う理由が『戦う場を欲するが故に』では本末転倒、自滅しかねない」
「ふむ。……なら、蝦夷も本来、日ノ本の民だから、では?」
「何ですとッ??」
「朝廷にこれを認めさせるには、ちと骨が折れそうですが……」
「――面白そうな話だな、俺達も混ぜてもらっていいか?」
若々しい声が響く。この声は会津藩屋敷で聞いた……。
門の方からやって来たのは、キー君を案内役に伊賀で会った甚君に水戸の若君だった。キー君とは吉原の一件以来、友人付き合いしてるので門番が通したのだろう。
「怨霊の兄ちゃん、随分と派手にやらかしたみたいだな。廓内じゃ『馬鹿殿が怨霊サマの祟りに遭って乱心した。ざまぁ』って、大層な評判だぜ?」
キー君がケラケラ笑う。
ってか、ざまぁって……。
「色々と言いたい事はあるが……取り敢えずキー君、その連れの二人、面倒臭そうな背景がプンプンするから元居た所に返して来て」
「そうかぁ? ――悪いな、水戸の若、じゃ、そういう事で」
「おいおい、そりゃあねえだろう!?」
2
本当なら場所を移しての密談、って展開になるのだろうが、熊谷さんや忠さんが適当な木箱や樽を持って来て椅子代わりにし、俺達はそのまま縁側で話を続けた。熊谷さんにしごかれた浪人達も地面に座り込んで話を聞こうとしている。
雪ちゃんが小首を傾げ、水戸の若君を見詰める。
「え~と……吉良の若様、この方は??」
「御三家の一つ、水戸家の若君様だよ。高貴な生まれなんだがどこで道を間違えたか悪さ覚えちまって、吉原に出入りしてるっていう困ったお人さ」
水戸家の若君って聞いた浪人達が慌てて土下座しようとしたが、若君が苦笑して右手を左右に振った。
「ああ、いいよ、いいよ。コイツが言ったように水戸家でも持て余してる傾奇者だ。土下座されるような人間じゃねえよ」
水戸光圀――いや、『圀』の字に変えたのは50を過ぎてからって話だから、今はまだ光国か。どうすんだよ、水戸黄門来ちゃったよ。
確か二男なんだが、長男の方は将軍家(家光)にまだ子が生まれて無かったから(生母が正式な側室ではなかったという記述もあり)父である頼房より堕胎命令が出され、家臣が隠して産ませたらしい。光国にも堕胎命令が出てたって話だ。
で、何のかんのとあって彼が水戸家後継者に決まる。テメエ等の勝手な都合で振り回すんじゃねえ、と叫んだかは知らないが彼はここでグレてしまった。おそらく、自分が藩主に不向きだと判断されれば、本来の後継者である兄にお鉢が回ると考えたのだろう。
が、大人達はそんな子供の思いなど斟酌もせず、淡々と後継者教育を進めていく。イラつきから無頼の日々を過ごす光国に、誰かが一冊の本を与えた。ある国の王子であった伯夷と叔斉兄弟が、父が亡くなった後、お互いに玉座を譲り合って国を出奔したという史記の一編である。
そこから何を悟ったか、光国は変わった。自分の子は兄の養子に、兄の子を自分の養子にして血筋を正統に戻し、父の死に際しては家臣達に殉死を禁止、更には藩主として様々な事業に乗り出す。それの最たるものが例の『大日本史』編纂である。
まあ、それらの事業が藩の経済を圧迫、常に赤字状態だったと聞くと名君と呼んでいいのか難しいところだし、大日本史編纂事業で根付いた学問を尊ぶ考えが巡り巡って水戸学という政治思想に昇華し、その影響を受けた連中が幕末にテロリストとして井伊大老を暗殺、更には水戸家出身の慶喜が大政奉還して幕府を終わらせるとなると……歴史の皮肉というか、もう諸行無常という感じである。
――さぁて、どうしよう? この光国サマ、多分、まだ史記を読んでないぞ。
キラキラと、まるで動物園に初めて来た幼児みたいな目で俺を見詰める水戸の若君。ほうら若君、二足歩行する怨霊ですよ。
「お主が天草四郎……島原の怨霊か?」
「大っぴらにその名を出してほしくないのですが……何か御用ですか、水戸の若様?」
「若様はよせ。さっきも言ったが、俺はそんな大した奴じゃねえよ。あっちこっち遊び歩いてる、ただの傾奇者さ」
フッ、とニヒルな笑みを浮かべて肩を竦めてみせる。
「じゃあ、遊び人の光さんで。――光さん、今日は何の用で?」
「『遊び人の光さん』か、いいなそれ。……いや、お前さん、会津屋敷で『日ノ本は古来より怨霊の国』と言ってたじゃないか? その意味を教わりに来たんだ」
ん?
「いや、だって……江戸の総鎮守である神田明神の平将門公、天満宮に祀られる学問の神様の菅原道真公……二人とも元は怨霊じゃないですか? 多分、各地の寺社仏閣の伝承や祭りの起源を探れば、もっと沢山の怨霊が鎮魂されてると思いますよ。日ノ本の民は、そういう形で厳しい自然と寄り添って生きて来たんです」
うん、『逆説の日本史』の影響モロ受けだな、俺。
光さんが顎に手を当てて考え込む。
「洪水、日照り……厳しい自然を憎むでも恨むでもなく、『祟り』として受け入れ、鎮まるよう願う……。それが神社の祭礼など生活の一部に組み込まれて、か。成程」
うん? そ~と光さんと甚君、キー君の後ろに半兵衛さんが忍び寄った。俺達には唇に手を当てて「し~」とやり、黙ってるよう促す。
「面白いな。書物など真面目に読んだ事なかったが……」
背後に忍び寄った半兵衛さんが拳を振り上げる。流石に甚君は気付いたが、目を白黒させてポカンとしている。子供とはいえ伊賀忍びとしてどうなんだ、それ?
「なあ怨霊、まず俺は何を読んだら……痛ッ!?」
ポカリと光さんの頭に拳骨が落ちた。
「水戸家の後継ぎともあろう方が、こんな所で何を油売ってるんですか、若?」
「え、何? え?? え?? ……嘘? アンタ、まさか左門……いや、お友さん??」
「まったく……そのふざけた性根を少し叩き直した方がいいですね」
「ちょっ!? 勘弁して、アンタの修行は殆ど虐め……ってか、アンタ、生きてたのかッ??」
両手を頭にやった光さんが喚き、甚君はまだ目を白黒させていた。因みにキー君は俺の側に素早く避難している。
「私も……いえ、拙者もある意味、怨霊の一人ですから。――正雪先生、怨霊殿、この遊び人の性根を叩き直す、何かいい思案はございませぬか?」
「そうですね……」
雪ちゃんが小首を傾げる。が、目がニヤニヤしてた。もしかしてSですか?
「――朝は子供達と一緒に芋畑を耕して世話してもらい、昼は皆と一緒に武術の修行、夕刻からは史記を始め様々な書物を読破してもらうというのは?」
「いいですねぇ。御三家の一人なのですから、柳生新陰流皆伝とはいかなくても拙者から一本取るくらいはしてくれないと、ねえ?」
半兵衛さんが口角を上げてニヤリと笑った。ああ、この娘もSだ。
「アンタから一本って……おい、怨霊! 助けてくれ、殺されるッ!!」
光さんが慌てふためくが、俺と連也、それに忠さんにキー君は顔を見合わせ黙って頷くと、揃って両手を合わせた。
「南無……」
「骨は拾います、水戸の若」
「迷わずに成仏してくれ」
「吉原の女達には、『光さんは立派な最期を遂げられた』と言っといてやるよ」
「切支丹が仏教用語で拝むな! それから柳生の小僧と槍使い、縁起でもないことぬかすんじゃねえッ! ってか吉良さん、それは俺の馴染み女を寝取る気満々の奴が言う台詞だろうがッ!」




