第六章 1
すいません、やっと六章出来ました。
第六章 ――キー君の死亡フラグを折ろう!――
天草四郎サイド 寛永16年(1639年) 七月某日 深夜 鎌倉東慶寺
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「よくぞ……よくぞ御無事に……」
ひしっと抱き締め合う、老いた尼僧と隻眼の老武士。周りに居る若き尼僧達もボロボロと涙をこぼしている。
「済まぬ。心配をかけたな。張孔堂の皆さんのお陰で助かった」
二人が離れ、俺等に向き合うと二人並んで深々と頭を下げた。
「皆さん、本当に有難うございました」
「いえ、私は本当に……『本当』に、何もしてませんから。――ね、四郎様?」
笑顔なんだけど笑顔じゃない雪ちゃん。俺に向ける視線が絶対零度です。
――
会津藩屋敷から救出した三人だが、拷問を受けていたせいでかなりやつれていた。すぐに東慶寺に連れて行き家族と会わせてやりたかったが、江戸から鎌倉までの移動もキツイだろう、と判断せざる得なかった。
で、取り敢えず充分な栄養――は、この御時世では難しいのでジャガイモ料理を食わせ――充分な睡眠を取らせる事にした。
翌日の昼、目を覚ました三人と色々と話してるところに浪人達もやって来て、救出成功を祝して酒盛りが始まりそうになったのだが……。
「何をやっているのです、皆さん?」
笑顔なんだけど目は笑ってない雪ちゃん、そして苦笑いしてる半兵衛さんが帰宅、浪人達はそそくさと逃げ出した。
「後頼んます、怨霊の先生」
「お、お前等……卑怯者め」
雪ちゃんが俺の前にやって来て、両手で俺の頬を挟んだ。
「……何が卑怯なんですか、四郎様?」
「……何でもございません」
まっすぐ見詰めてくる視線に全面降伏すると、横に居た連也が「兄ちゃん、弱ッ」と呟く。うるさい。
「きちんと事情を説明して頂けますね、四郎様?」
「はい、します。しますから……顔を離して頂けると……」
「ええ、どんな事情があったら私達を置いてけぼりにして無茶出来るのか、ちゃんと説明して下さい」
「は、はい……善処します……」
あ、あのぉ――と、自分達のせいで怒られてると思った堀主水が割って入ろうとする。
「我等を助ける為に無茶をしたのであって、それ以上、責められると我等もいたたまれないのですが……」
雪ちゃんは俺から手を離すと彼に向き直って姿勢を正すと、深々とお辞儀をした。
「堀主水様ですね? 御挨拶が遅れたことをお詫びします。自分は由比民部之介、号を正雪と言います」
「堀主水は生前の名。こちらの方の言葉を借りれば、今はその怨霊でございますよ」
ニコリと微笑む。
う~ん、新しい名を考えた方がいいかな?
――
「今は熊谷……熊谷三郎直義と名乗ってる」
「熊谷?」
「四郎殿の考えでな。地図の上では、会津と江戸の真ん中はあの辺り。会津から『無事に出られた』として、その記念に名を変えたとしたら……良き名であろう」
「熊谷直義……源平の頃の武将の名を因みましたか……ええ、ええ、良き名です」
老いた尼僧は涙を浮かべながらの笑顔で、何度もコクッコクッと頷いた。
隻眼の老武士――いや、熊谷さんは俺達の方に向き直り、
「拙者ばかりか、妻や娘達まで助けて頂いたとか。本当に有難うございました。これより我等堀一党、この恩義に報いる為に手足となって働く所存」
……重いッす、熊谷さん。
俺は苦笑を浮かべ、
「勿論、助けたのに下心が無かったとは言いません。でも、今は体を回復させるのを第一に考えて下さい」
だが、熊谷さんの娘である尼僧が涙を浮かべた笑顔で首を左右に振る。
「いえ、四郎様。父は戦国の風をいまだに纏う、古い武士です。のんびりしてろ、と言われると逆に落ち着かない人なんですよ」
「それは……『家では邪魔臭かった』って意味にならないか、妹よ?」
苦笑気味に言う息子さんの言葉に、熊谷さんがギョッと開いてる目を真ん丸にする。
「そうだったのか??」
「い、いえ、決してそういう意味ではなく……え~と、その……あの……」
あたふたとする娘さんに、ここに居る皆が大笑いした。
由井正雪サイド 寛永16年(1639年) 同日 深夜 鎌倉東慶寺
笑い合う堀――いや、熊谷さん達一党。この場に居る紀州公や田宮さん、それに伯母上や天秀尼様、それから救出に動いた張孔堂の皆も笑顔を浮かべている。
会津藩屋敷には十兵衛様も現れた、と聞いて私は肝を冷やした。
笑ってる四郎様に視線を向ける。
――本当にこの男、どうしてくれよう?
出来る事なら熊谷さん達を助けたかったけど、成功する確率は低い。下手したら張孔堂の皆も死ぬかも知れない。だから、私と半兵衛さんを江戸城に追いやった上で皆に「それでもやる?」と訊いたら、
「やりたい!!」
と、全員賛成したので決行した、と……。
そんな簡単なノリで決めるなッ!! ――と、殴った私は悪くないと思う。
大体、張孔堂には但馬殿や伊豆殿の放った密偵が居る筈、と言ったのは四郎様である。つまり、会津藩屋敷に乗り込んだのは張孔堂の面々と知られちゃってるのだ。
――大丈夫じゃない? 今回の件は幕閣にとっては渡りに船だった訳だし。
確かに、会津藩屋敷には十兵衛様や水戸の若君まで現れたらしいし、それを隠す意味でも幕閣は『バカ殿の乱心』で押し通すだろう。
でも、幕閣に目を付けられて……。
――そんなの今更だよ。
確かに、確かに今更なんだけど……。爽やかな笑み浮かべるな、こら。
何だろう、この胸の中にあるモヤモヤした感じは?
多分、私は置いて行かれた事が悔しいのだ。
――もう二度と目を離してやるもんか。宗意軒さん、貴方もこんな気持ちでした?
笑顔の溢れる深夜の東慶寺、私も笑みを浮かべながらそう心に誓った。




