第五章 10
水戸光国サイド 寛永16年(1639年) 同日 深夜 会津藩屋敷
この馬鹿共……。
庭の惨状は血の海だった。
さすがに火事は起きてないが火矢でブスブスと焼け焦げた匂いが漂い、幾人もの死体がそこかしこに散乱している。
その中を幽鬼のごとき黒い兵士達数人が、地面に座り込んで荒い息を繰り返す切支丹伴天連の衣装をまとった男を守るように立っていた。それと向かい合ってるのは般若面を付けた武士とくノ一の二人。
……庭の木の前に気絶してるらしき藩主の式部少輔殿が倒れており、助け出された堀殿親子三人が何とも言えない表情でそれを見詰めている。
天草四郎の一党が会津藩屋敷に襲撃をかけた――甚七の知らせに、慌てて嫡男の明友殿と対面、「もはや父の所業を見捨てておけぬ」と怒りをあらわにした明友殿と共に駆け付けたのだが……。
どうしてくれようか、コイツ等?
般若面の武士が刀を背にやり、膝をついて控える。
「水戸の……若??」
「じゅう――いや、ここは敢えて名は言わぬ――般若侠。お主と会うのは初めてだが、この場は俺が預かる。良いな?」
「はッ」
般若侠がコクリと頷く。
負傷してるのか、肩を手で押さえてる切支丹の男――天草四郎に目を向ける。
「貴様が天草四郎の怨霊か。この騒ぎ、どう決着を付けるつもりだったのだ? それによっては般若侠に貴様を斬らせるぞ」
「水戸の若と呼ばれ……傾奇者めいた、その派手な着物……水戸家の御『二男』殿とお見受けします」
「……俺を知っているのか?」
世間的には俺は長男になっている。事情を知っているのか、コイツ?
「数百年後の世では、貴方様は有名人ですから。――自分の計画は、堀殿を救出し、その上でこの場に居る家臣達を全員殺害、すべてを『拷問で血と酒に酔った式部少輔殿が乱心、家臣達を斬り殺した』にするつもりでした」
「……凄い事を考えるな、お前」
ちょっと唖然としたぞ。
隣の明友殿に視線を向けると、コクリと頷き、後ろの家臣達に声を掛けた。
「――聞いたな? 父上は『乱心し、多くの家臣達を惨殺』した。直ちに取り押さえて座敷牢に放り込めッ!」
ハッ!
命令が下るや否や、江戸藩邸詰めなのだろう、加藤家の中でも腐ってない家臣達がすぐさま動いて式部少輔殿を捕縛、どこかへ連れ去っていった。途中、喚く声も聞こえたがすぐにくぐもったものなったので、猿轡でも噛ませたのかも知れない。
明友殿が庭に降りる。
「……済まなかったな、堀主水。会津での騒ぎは聞いていたのだが、父に実権を握られ私は動く事が出来なかった。堀の一族には耐えがたい苦しみを与えた事を、加藤家嫡男として申し訳なく思う」
「そ、その言葉だけで救われ申した……若君」
堀親子三人が跪いて嗚咽を漏らす。
「父の仕出かした罪により、これから加藤家は嵐の中に進むことになろう。本当はお前達の力も借りたいところだが、もう充分、お前達は加藤家に奉公してくれた。我の一生を費やしても報いる事が出来ぬ程だ」
そこで、ゴホン、と明友殿が咳払いする。
「……有体に言うとな、会津四十万石は没収されて、いいところ一万石程度に減封されると、水戸の若様が幕閣より訊き出してくれた。つまり、お前達一党に渡せる程の禄がもう無いのだよ。今、江戸に居る者達を養うだけで精一杯なんだ」
あらら、ぶっちゃけちゃったよ。
「良いな? 父の拷問によって、お前達は死んだ。死んだのだ。薄情だが名を変え、これからはお前達自身の為に生きよ」
「ハッ」
堀親子三人の目から涙がボロボロとこぼれる。
――
般若侠が息を吐いて立ち上がった。
「……やれやれ。怨霊退治をしようとすると、何故か毎度いいところで水を差される」
「そんな簡単に退治されてたまるかって話ですが……十兵衛様、生きている者が死者に勝つ事など不可能です。出来るのは、ただ、祟りを畏れて鎮魂の祈りを捧げるのみ。だって日ノ本は……古来より怨霊の国でしょう?」
天草四郎が苦笑いを浮かべる。
……日ノ本は古来より怨霊の国? どういう意味だ??
般若侠が肩を竦め、成程な、と呟いた。
「次の機会を待つとしよう。――では、失礼します。水戸の若」
踵を返して般若侠が颯爽と去って行く。その後ろをくノ一が残念そうな表情でついて行った。
さて、と……。
「天草四郎、貴様とその一党も去れ。こっちはこれから後始末に奔走しなくちゃならん。この大量の死体を始末して、藩邸内で生き残ってる者達と口裏合わせ、それから幕府に報告だ。お前のせいで寝てる暇が無ぇよ。万が一、『天草四郎を見た』なんて噂が幕閣に入ったら大変な事になる」
「え~と……ごめんなさい? でも水戸の若様、自分から首突っ込んでますよね??」
天草四郎の呟きに黒い兵士達が顔を見合わせて、うんうん、と頷き合う。
「うるせえよ。そこの堀主水の怨霊連れて疾くと去れ。――この一件の片が付いたら、張孔堂に顔を出す。貴様には色々と聞かせて貰わないとならん」
「手土産は納豆以外で頼みます」
「とっとと行きやがれッ!」
由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 六月某日(翌日) 早朝 吉田御殿
昨夜、私とお友さん、そして天樹院様の三人で夜遅くまで雑談をしていた。本当に他愛もない、どこそこの甘味が美味しかったとか、あそこの温泉が肌にいいとか、そんな話が意外に楽しく、三つ並べた寝床で横になりながらお喋りを続けた。
で、目出度く三人揃って朝寝坊した訳だが……。
「千姫様ッ! 千姫様ッ! 起きていらっしゃいますか!? 一大事でございますッ!!」
障子の向こうで天樹院様のお付きである修理殿が大声を出している。
「んん……修理か? どうした?」
目を覚ました天樹院様が両手を伸ばして大きく伸びをする。寝巻がはだけ、白い胸の谷間があらわに……きわど過ぎます、天樹院様。
「会津加藤家嫡男、明友殿より朝早く幕府に知らせが……昨夜遅く、堀親子の拷問を肴に酒宴を繰り広げていた式部少輔が突如乱心、刀を抜いて堀親子を始め多くの家臣を惨殺した、との事です」
「なに??」
天樹院様の目付きが変わる。
「急を聞いて明友殿が駆け付けると、血の海と化した庭で刀を持って狂ったように笑う式部少輔が立っていたと……。やむなく捕縛し、座敷牢に押し込めたそうです。こういう状況なので明友殿の藩主継承を認めて欲しい、と。現在、検分の為に幕府の使者が会津藩邸に向かい、座敷牢越しに式部少輔と対面中です。ただ……」
「ただ? ただ、どうした修理??」
襟の合わせを直した天樹院様が立ち上がって、障子を勢いよく開けた。
障子の向こうに立っていた老齢の修理殿が慌てて目を逸らす。
「拙者の手の者が、会津藩邸に出入りしてる小者に銭を握らせて聞き出したのですが……式部少輔は虚ろな目で『怨霊が、怨霊が……』と繰り返していると」
「はいぃぃッ!?」
「えぇぇぇッ!?」
私とお友さんは同時に大声を出し、思わず顔を見合わせてしまった。
水戸の若さま、三つ葉葵の印籠を出すのは自重しました(笑)。




