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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第五章 ――歴史への介入――
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第五章 7



 天草四郎サイド 寛永16年(1639年) 同日 張孔堂




     1




 朝から小雨のぱらつく肌寒い日。俺は憂鬱だった。

 別に雨が古傷をうずかせるとか、そんなハードボイルド系小説の主人公のような台詞を吐きたい訳じゃない。所要で出掛けている雪ちゃんから講師の代理を頼まれたからだ。

「四郎兄ちゃん、さっきから溜息がうざい」

 一緒に廊下を歩いてる連也が苦笑いする。

「だって、髭面のおっさん達を相手に講義って……考えただけでも暑苦しいぜ?」

「でも請け負った以上、ちゃんとやらないと。ほら、道場の扉開けるよ」

 連夜が、ガラリと扉を開けた。寺の本堂のような場所に、胡坐をかいて座っていた30人程の浪人達が一斉に俺を睨む。怖いって。

「お、客分の怨霊殿ではないか? 正雪先生はどうされました??」

 忠さんが俺の事を、怨霊、怨霊、言うので浪人達も「怨霊殿」と呼ぶようになってしまった。一応、雪ちゃんが「詳しくは話せないが、この方は表向き死んだ事になってる」と言ってくれたので、誰も事情を訊いてこないが……。バレたらどうしよう。

「先生は所要で出掛けている。で、今日一日、俺が代理を頼まれた」

「代理??」

 浪人連中の目が険しくなる。コイツ等、基本的に雪ちゃんのファンだからなぁ。

 フルメタのラグビー回みたいに海兵隊式訓練を……とも一瞬考えたんだけど、ブチ切れて刀抜かれたら怖いし……。

 浪人達の間を通って前に出る。

「今日一日、お前等に許される言葉は『承知しました、教官殿!』か『了解であります、教官!』だけだ」

「?」

「……冗談だよ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しないでくれ」

 ホワイトボードは無理にしても黒板は欲しいな。平成の世だと黒板スプレーが売ってるから、簡単に作れるんだけど。

 浪人達の方に向き直る。

「これから数百年、戦国の頃のように槍働きで出世を目指すのは不可能。一揆などの小競り合いは有っても合戦など起こりようが無いから。――それは皆も理解してると思う。納得は出来ないだろうけど」

「うむ。判ってはいるが、それでも……それでも、我等は他に生きる術を知らぬ」

 端に座っていた浪人の一人が絞り出すように呟く。

「だね。そういう訳で、貴方達の前にある選択肢は二つ。一つは、どこかの田舎で畑を耕して自給自足をしながら、百姓達に学問や武芸を教える事。もし一揆とならば百姓達の盾となり軍師となって、百姓達の勝利をもたらす。……ま、最後は誰かが責任を取らないとならないから、名主と一緒に磔柱に上がる事になるだろうけど」

 いっそ、半村良の『妖星伝』みたいに一揆侍を組織するか?

「もう一つは?」

「日ノ本で槍働きにて成り上がる場が無いのなら、戦国の頃の山田長政よろしく外に場を求めるしかない」

「何ッ!?」

 驚いた浪人達が膝立ちになった。噛み付いてきそうだ。

 俺が突拍子もない事を言うのに免疫がある連也が、両手を頭の後ろに組んで「具体的には?」と軽い感じで訊いてきた。

「高砂(台湾)……後、蝦夷地(北海道)??」

「……また、凄いとこ来たな……」

 あ、呆れてやがる。

「怨霊殿、ほ、本気で言って……」

 浪人がゴクリと息を飲んだ。

「今から何十年後かは判らないが、高砂に居るオランダ兵が明の残党に追い払われる。そして残党達は高砂を拠点として清打倒の狼煙を上げる。で、その援軍要請が来るだろう。が、幕府は清と関係悪化するのを避け、要請を無視する」

「な、何を言って……」

 国姓爺合戦です。

「蝦夷地に関しては、松前藩が蝦夷えみしの人達を騙して暴利を貪ってる。故に彼等が反乱を考えてもおかしくはない。……ま、戦い方が違い過ぎるから反乱が成功することは無いだろうが……」

 シャクシャインの反乱って何年だっけな?

「もしかして、その戦いに我々を送り込む気か?」

「そう簡単な話じゃないよ。言葉が通じない、気候が違い過ぎる、どんな病があるかも判らない……そんな地に本気で行きたいと思う人、ここに居る?」

「……」

 皆が黙り込む。ま、そうだろうね。

「そこがどんなところか判らない場所、誰だって不安だし行きたくないと思う。――だったら、知るしかない。言葉、気候、どうやって糧を得るか……。そこで戦うなら、どんな戦い方が有効か。それらを徹底研究しないと駄目だろうね」

「う~む……」

 浪人達が腕を組んで悩んでる。

 言ってみれば、台湾で傭兵やるか、蝦夷地で傭兵やるかって話だからな。家族が居る者は当然、単身赴任になる。簡単には頷けないだろう。

 ネット小説でヒットした某関白さまの場合、ある意味、国策として大名を動員出来たから成功したけど、こっちは生きてるだけで上等の貧乏浪人だし……。

「皆がどの道を選ぶか、俺は強制出来ない。それにさっきも言ったが、研究に何年もかけないと勝利は望めない。おそらく今までの常識を捨てて貰う事になると思う。それでも尚、俺は槍働きで身を立てたい、と言うなら話を続けるが?」

「……続けてくれ」

 端の浪人が呟く。先程、それしか術を知らない、と言った人だ。

「貴方は?」

「田沼と申す。代々、紀州藩の鉄砲足軽であったが病になった故、浪人となった。子は親戚に預けてあるので、後顧に憂いは無い」

 田沼?

 紀州家に仕えてる田沼って……もしかして、あの田沼意次の御先祖か、この人??

 え? マジ??

 昔は『賄賂政治家の元祖』って酷い評価だったが、今では『運は無かったが、経済を本当の意味で理解してたフシがある』と高評価に大逆転した。つまり、構造改革を実行しようとしてた、と考えられているのだ。――俺、ファンです。

 田沼さんが言葉を続ける。

「怨霊殿の申しよう、つまり我等に『戦いの職人』になれと言う意味と我は理解した。違うかな?」

「まさしく。――その為に、例え仲間とはぐれて山中を彷徨う事になっても、星から方角を割り出し、山中に生えてる木の実で食べれるものを判断して齧り、必ずや生還する。そんな『戦人いくさびと』をなって貰いたい」

「なろう。……各々おのおのがたはどうだ?」

 田沼さんの言葉に皆が、うむ、と頷く。

「『戦人』――心躍る言葉だ。是非、そう呼ばれてみたい。その為には怨霊殿、お主の持ってる知識、すべて我等に授けてもらうぞ?」

「だな。搾り取ってやろうぞ」

 浪人達がニヤリと笑う。

「よし。なら……今日一日、俺の言葉に『否』と言うなよ? 許されるのは『了解しました、教官!』か『承知であります、教官殿!』だけだ」

「そこに戻るんかい!?」

 連也が俺の横っ腹に思いっきり肘で叩き込んだ。

「……ま、まじ痛いッス、連也さん……。どこでそんな、芸人なみの……げほっ、……突っ込みスキルを……」

「何か企んでるんでしょ? 雪ねえ――じゃなかった、正雪先生が居ない隙に何をやろうとしてるの??」

「別に企んでなんか……ただ……」

「ただ?」

 連也がニコリと相手を威圧する笑みを浮かべた。器用な奴め。さすが、俺のお目付け役。いや、もしかしたら雪ちゃんから何か言い含められてるのか??

「ただ、なぁに、兄ちゃん?」

 あ、威圧度が上がった。

「だ、だから……今日一日で知識を叩き込んで、雪ちゃんが帰って来る前に……」

「前に?」

「皆で会津藩屋敷に潜入して、処刑寸前の堀主水親子を助け出そうかなぁ、と……」

「ッ!?」

 驚いた浪人達が立ちあがって、俺と連也の前に集まってきた。

「ほ、本気か、怨霊の先生?」

「何故、声を潜める? ――怨霊がここに一匹、成仏せずにウロウロしてるんだ。もう何匹か増えても江戸の町に大した害は無いだろう?? ただ、作戦としては出たとこ勝負になるから失敗する可能性は高い。雪ちゃんに処刑された堀主水は勿論、ここに居る仲間達の死体を見せるのは、ちょっと……ね」

「それで、千代田のお城に行かせた訳? 連れて行かなきゃ逆に怒りそうだけど……」

 連也が小首を傾げた。やっぱ怒るかな?

 俺は浪人達の顔を見回し、

「失敗する可能性の高い作戦。それも武士として正々堂々の戦いじゃなく、まるで忍びみたいな特殊任務だ。成功して帰って来ても、正雪先生から叱責されるのは間違いないだろう。でも――」

「やる。是非、参加させてくれ」

 田沼さんを筆頭に皆が笑みを浮かべ、目を爛々と輝かせる。

「……言い終わる前に答えるんじゃねえよ、この食い詰め浪人共め」


 ――


 声を出さず、ハンドサインのみで味方と意思を伝達する方法――自衛隊が異世界行って活躍する某アニメで出て来た、あれだ――や、仕掛けブービートラップの設置やその見破り方、それから切り株の年輪を始め、星の位置や太陽の動きから方位を割り出す方法も教える。

「太陽?」

 忠さんが小首を傾げる。先程、居なかったのは飯を食いに戻っていたらしい。

 俺は頷き、

「太陽は東から西へ、南寄りの軌跡を描きながら移動する。だったら、枝を地面に突き刺して出来る影を観測、時間を置いてもう一本観測し、その頂点を線で繋げば……」

「ああ、影の頂点は西から東に……あ! その結んだ線を前にして立ったら、正面は北か!?」

「そういう事」

 それから夜間の火は意外と遠くから見えるので、忍びの警戒網内に入ったら気を付ける事。水はサラシに土や砂などを何重にも敷いて、それをフィルター代わりにして浄化してから飲む事。等々……。

「四郎兄ちゃん、そんな知識、一体どこで……?」

「元傭兵部隊の日本人作家のサバイバル本で」

「鯖……威張る??」

「うん、サバイバル」

 未来の日本は災害が多いんです。「――それはともかく、連也、忠さん、実戦試験の方を頼む」

「了解!」

「応!」




    2




 連也と忠さんが選んだのは田沼さんを筆頭に五人の浪人達だった。

 俺、連也、忠さんを含めて計八名。夕闇に包まれ始めた時間、俺達は道場を出て会津藩屋敷に向かった。フォーメーションはイギリス陸軍の逆V字陣形を組みたかったが、銃火器が無いのでメリットを上手く説明出来ず、今回は諦めた。浪人達を北に送り込めるルートが確立したら教え込むとしよう。

 因みに、十郎兵衛の爺ちゃんと廓然坊こと別木さんは置いて来た。二人とも今日は非番なのか、姿が見えなかったのだ。まあ、爺ちゃんは隠居したとは言え元は塩硝蔵奉行、俺みたいに張孔堂で寝起きしている訳じゃないので、居ない日があってもおかしくはない。

「別木の野郎は本職が密偵だからな。情報収集にでも出てるんじゃないか?」

 忠さんの言葉に俺はポンと手を打った。そうだった。あの人、本職は密偵なんだよな。張孔堂ではいじられキャラみたいな立ち位置に居るけど。

 関ケ原後、越前に入ったのは家康の次男の結城秀康な訳だが、この人は悲運の人だ。

 父である家康とは三才になるまで対面が無く、自分を気にかけてくれ対面をセッティングしてくれた兄、信康は武田との内通疑惑で切腹に追い込まれた。

 小牧長久手ノ戦い後、名目は養子だが、実質、人質として大坂の秀吉の元にやられる。

 秀吉の九州征伐で初陣、更に小田原平定や文禄、慶長ノ役など幾つもの戦いに参加してる事から武勇に優れてたと思われる。が、残されてる手紙や後年の上杉景勝と上座を譲りあう逸話から、武勇だけじゃなく情愛もある器量人だったらしい。

 それを証明するかのように、家康が後継者について家臣達に意見を聞いた際、秀忠を推す者や忠吉を推す者など意見は分かれたが、家康の知恵袋的存在である本多正信だけは彼、秀康を推した。将器を見抜いたのだろう。

 そんな秀康だが、秀吉に実子が生まれた事により養子である彼は関東の名門結城家に婿養子と言う形で追いやられる。養子が再び養子に出されたのだ。

 そして天下分かれ目の関ケ原に於いて、彼は上杉の押さえとして宇都宮に残るよう家康から命令される。かの戦いに参加する事が認められなかったのだ。名将の誉れ高い彼が、である。後年、出雲の阿国の踊りを見ながら、

「まさに天下一の踊りよ。天下一に及ばなかった俺など、彼女の足元にも及ばぬ……」

 と、寂しそうに呟いたという話は本当かどうかはともかく、彼の心情を現してるように俺には思える。

 将軍位を継いだ秀忠も兄に思うところがあったのか、越前結城家は『制外の家』とされていた。要するに特別扱いだ。勿論、秀忠の兄に対する思いから出たことだから秀康一代に限っての話なのだが。

 そして34才で病死する。梅毒の可能性を指摘されているが、歴史マニアの間では一つの伝説が囁かれている。――徳川本家による毒殺だ。それも井伊家の三代目が当主になる前、彦根城の天守閣に秀康を招いて毒を盛った、と昔から言われてるのである。確かに梅毒にしては秀康の子達にそのような症状は見られない。

 殺人ならば動機は?

 勿論ある。時は大坂ノ陣の直前。婿養子に出されたとはいえ、秀吉の養子だった時期があり、つまり秀頼にとって秀康は義兄とも言える存在なのだ。そして天下に名を轟かす事が出来なかったという無念がある。もし仮に、秀康が大坂に味方したら……。


 ――もしかして別木さん、秀康が本当に毒殺されたかを探ってるのか??


 う~ん、別木さんを動かしてるのは切れ者と名高い小栗美作だからな。決め付けるのは危ないかも。一手で何重もの効果を狙うぐらい平気でやる男だ。何せ、幕末の英傑小栗上野介の遠縁だし。

 色々と考え事してたら忠さんが俺の後頭部をポカリと叩いた。

「もうすぐ会津藩屋敷だぞ。何、考えてる?」

 おお、いつの間にか周囲が暗闇に包まれてる。

「いや、別木さんを密偵に選んだ小栗さんに一度会ってみたいな、って」

「うん? ……ああ、確かに。幾ら何でもアレは無いだろうって俺も言いたい」

 なんか、違う方向で解釈されたような……。

 周囲に人の気配が無いのを確認しながら、俺達は会津藩屋敷の塀に近付いた。掃除というか、どうやら手入れされてないらしく何だかボロっちい塀だ。

 壁に背を預けて両手を組む。

「連也、俺の手に右足を掛けて高く跳んでくれ。俺も息を合わせて持ち上げるから」

「了解」

 連也が少し助走を付けて俺の手に右足をかける。同時に俺も持ち上げると、まるで猫の着地のように物音も立てず連也の体が塀の屋根に乗っかった。

 忠さんを始め、他の連中も俺達の真似して飛び上がり、次々と塀の屋根に上がってその向こうに消えた。

「兄ちゃん、ほい」

 連也が伸ばした手を掴み、塀をよじ登って屋根に上がる。

「警備の兵は……居ないな」

 先に庭に降りた連中が倒した訳じゃ……なさそうだ。本当に居ないらしい。

 ヒョイ、と庭に飛び降りる。元はいい庭園だったのだろうが、今は雑草だらけの荒れ地だ。もう末期だな、この藩。

「で、こっからどうします?」

 田沼さんの言葉に俺は、フム、と顎に手を当てた。

「まずは堀主水親子とバカ殿の居場所の確認ですね。ま……」

 耳を澄ますと、雑草の中に潜む虫たちの声に混じって男達の呻き声らしきものが聞こえて来る。拷問でもやっているのだろう。史実でも確か、眠りそうになると揺り起こすという拷問を何日もやっていたっけ。

 田沼さんも呻き声に気付いたのか、耳を澄まして声のする方を睨んだ。

「向こう……内庭ですかね。責めでもやってるんでしょう」

「ですね。二人程、斥候に行って貰って確認するとして……その前に、皆さんの顔を晒したくないので面頬でも付けて貰いたいんですが、この屋敷の武具、かっぱらっちゃマズイですかね?」

「いいんじゃないですか。あるとしたら、多分、あそこですよ」

 田沼さんが指差したのは蔵だ。壁の漆喰がボロボロと剥がれており、一部、穴が開いている。簡単に侵入出来そうだ。

「怨霊。それで、どうやって救出する? 子供が食い物ねだるみたいに『くださいな』とはいかねえぞ??」

 と、忠さん。

 俺はニコリと微笑んでみせた。

「天草四郎が海の上を歩いた絡繰り、教えてあげますよ」





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