第五章 6
由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 同日 東慶寺
支度が出来たら張孔堂に使いをやるからそれまで待っておれ、と伯母上の言葉に私と半兵衛さんが頷く。紀州公も立ち会ってくれると言ってくれたので、大きな問題は起きないだろう。
問題があるとすれば、四郎様が死を望んでるという先程の伯母上の言葉……。
目をつむり、考えをまとめる。
「――四郎さま」
「なぁに、雪ちゃん?」
「私と半兵衛殿が居ない間、張孔堂の講義の方をお願い出来ますか?」
「へっ?? 子供達の相手じゃなく??」
四郎様が目をまん丸にする。
現在、四郎様には浪人の子供達を担当して貰っている。読み書き算盤を仕込み、芋の生育もやらせている。評判は上々。子供達も懐いており、大人顔負けの利発さを見せ始めてる子達もチラホラ現れている。
「ええ、浪人達に兵法の講義をお願いします」
「兵法? 孫子はチラッと読んだ事あるけど、大人に教えられるほど詳しい訳じゃないよ、俺??」
「いえ、孫子ではなく……四郎さま、おっしゃってたじゃないですか。島原では、地中に坑道張り巡らして一日でも長く戦い続けてやろうか、と思ってたと……」
「ああ……うん、硫黄島の栗林中将みたいなゲリラ戦術をしてやろうかって」
四郎さまがキョトンと小首を傾げる。
「げりら……言葉の意味はよく判りませんが、察するにそれは孫子に書かれている『正』ではなく『奇』の戦い方ですよね? 正面からの戦いを徹底的に避け、敵の思いもしない場所を破壊して痛手を負わせる……。一日でも長くそれを続け、最終的には敵を撤退に追い込むのを目標とする??」
「う~ん……うん、その解釈でいいと思うよ」
あっさりと四郎さまが頷く。やっぱりだ。この人、宗意軒さんが死んでから自分の命を無意識に度外視している。
伯母上に言われて私も腑に落ちたのだが、吉原で傾奇者の代表格である水野殿と長兵衛殿相手に啖呵を切ってみたり、武芸の心得が無いのだから今回だって現場に出ることないのに、忠弥殿に繰っ付いて加藤家の兵をからかいに行ったり……。
いつ死んでも構わない?
ううん、違う……。
多分、生きてる実感が無いんだ。おそらく自称している「怨霊」そのままに、自分をこの世をさまよう幽霊か何かのように感じてるに違いない。
この人を死なせたくない。「生きてていいんだ」と感じて欲しい。
それには……もっと多くの人と縁を結んでもらわないと。
「孫子、呉氏、六韜三略……いわゆる武経七書、更には楠流や甲州流、真田流など様々な軍学が数百年後には洗練されてると思います。それを教えてあげて欲しいのです」
「いや、使う武器とかが大掛かりになるだけで、基本形はそんなに変わらないよ? 義経が壇ノ浦で船を漕ぐ水夫をまず狙ったけど、ヘリの弱点はプロペラのローター部分だし、戦車はキャタピラをゴルゴが狙撃してたな、確か」
「すいません、何を言ってるかさっぱりです」
「う~ん……どんな名城だろうと、水の手を絶たれたら籠城は出来ないでしょう? 時代がどれだけ経とうとそれは変わらないってこと」
「……」
駄目だ。私じゃあ何言っても返される。
え~と、え~と……。
私を興味深そうに眺めてた紀州公が苦笑いして口を開いた。
「怨霊。三輪が行き詰まってる。一丁ごとに同じ部品でも寸法が微妙に違うから、どこか壊れたら一丁まるごと破棄になってしまう。これだと金が幾らあっても足らん。何かいい手無いか?」
「あ、規格統一令か。文明開化の前にJIS規格が必要になるとは……」
四郎さまが顎に手を当てて微笑む。……きかく??
「何だ、それは?」
「え~とですね……太閤検地を思い出してください。採れる米の量をはかる升の大きさが各地で微妙に違っては困りますよね? だから太閤の権威をもって『今日から一升はこれだ!』と決めて検地をやった」
「まさか……それをやれと?」
紀州公が眉間に皺を寄せる。度量衡、そして暦を統一するのは秦の始皇帝の頃から権力者の特権である。それに不用意に踏み込むのはかなり危うい。
「職人達が自主的にやった、では駄目ですかね? 鋳型(親)を紀州公が預かり、鋳型から出来たもの(子)を各職人達が受け取る。『この寸法を元に作ります』って。で、数年に一回、狂いが出てないか回収して調査を行う」
ふむ、と紀州公が田宮殿と顔を見合わせる。
「それなら幕府に対して言い逃れ出来るか」
「かなり微妙ですが」
鉄砲……それだ!
「四郎さまッ!」
「な、何??」
噛みつかんばかりに迫った私に四郎さまが目を白黒させる。
「これ、雪。はしたないぞ?」
苦笑気味の伯母上の言葉に慌てて姿勢を整える。
「失礼しました。――四郎さま、小型化して連発出来る鉄砲を一人一人が持つようになれば、陣形を組んでの戦闘はいい的になるだけ。これは合ってますか? つまり少数の部隊が幾つも散開して、砦など重要な拠点を奪い合うような戦い方になる」
「合ってる……かな?」
「ならば、武士は地形の読み方を始め、かなり専門的な知識が必要になりませんか?」
「う~ん……サバイバル技術は必要かも? 忍び並みの植物の知識、船乗りが持つ星から方位を知る知識、水の浄化方法……」
「鯖? 良く判りませんが、それです! それを浪人達に教えてあげて下さい!!」
「サバイバル技術を? ……ボーイスカウトで教わる程度なら俺も説明出来るけど、戦い方を含めてってなると……それってある意味、特殊部隊を作るようなものだし……」
四郎さまが小首を傾げる。
「駄目ですか?」
「あう……。わ、判りました。判りましたから、上目遣いは勘弁して。男装してる女の子にされると、何だか新しい萌えに目覚めそう」
……燃え?
……私が上目遣いすると、何か燃えるんですか??
金井半兵衛サイド 寛永16年(1639年) 六月某日 江戸城大奥
1
しとしとと雨の降る中、天樹院様から使いが来たので私と正雪先生は吉田御殿に赴き、そこで数年振りに女の姿に戻った。
まあ、ただの侍女なのだが。
「半兵衛さん……は、この姿だとマズイですね」
「お友、とお呼び下さい、先生」
「なら、私のことも『雪』と呼んで下さい。お友さん」
正雪先生がニコリと微笑む。
私達の様子を眺めてた天樹院様が呆れたような目をする。
「……出来てるのか、お前等?」
いえいえいえいえ、何を言っておられるのですか、天樹院様??
私達は他の侍女と一緒に天樹院様の後ろに並び、少し俯いてしずしずと江戸城内に入った。『柳生左門友矩』としての私を覚えてる者は少なくないだろうが、但馬の娘、お友を見知ってる者は片手に満たない筈。バレないと思うが……。
会見の約束をしてたのか、一室に入るとそこには幕閣の阿部殿と堀田殿、並びに酒井殿、それから紀州公が座っていた。
「お久し振りです、阿部殿、堀田殿、酒井殿」
天樹院様が軽く会釈して座る。私達もその後ろに控えるように座った。
「お久し振りです。天樹院様。……今、紀州様から聞きました。貴女様が庇護なされてる鎌倉東慶寺が大変な目に遭ったと」
心配そうな表情で堀田殿が言う。
老中、堀田正盛。――春日局様の縁に繋がるお方で、若手の有望株である。鼻筋の通った男前で、上様と男色関係にあると噂だ。
……上様、やっぱり女より男の方がお好みなのですね。
天樹院様がコロコロと鈴を転がしたような声で笑ってみせた。
「その話を知っているなら、妾が今日、何を言いに来たか承知しておられるますな?」
「会津加藤家……加藤明成の首、ですか?」
酒井殿が呟く。
奏者番、酒井忠清。――祖父と父が相次いで亡くなり、十三かそこらで上野厩橋藩十万石を継いだ男である。頭の回転が速いのか、それとも単にせっかちなのか、やけに早口で喋る。それに相手の一挙手一投足を漏らさず観察してるような冷徹な目をしており、この方の正面に座ったら、心の奥底まで見透かれるような薄ら寒い感覚に襲われそうだ。
天樹院様がコクリと頷いた。
「近所の浪人達が機転を利かせて追い払ってくれたから、表向き『会津加藤家』の名は出てない。が、蛇ノ目の紋を掲げてやって来たのだから言わずもがなよ。東慶寺は鎌倉幕府第八代執権、北条時宗殿の夫人が開山と伝わっておる。つまり三百年以上、駆け込んできた女を罪人として見殺しにした事は無いのだ。お主達、判っておるのか? この縁切りの寺法は大権現様もお認め下さったものぞ!」
静かに……が、男達を見据えて氷のような声で言われる天樹院様。幕閣の一人として名の通った男達が、金縛りに遭ったように動けずにいる。さすがだ。
今まで面白そうに黙って見物してた紀州公が、くくく……、と微かに笑った。
「大権現様のお言葉を無かったことなど、この者達に出来よう筈がない。が、奴を滅却させるにもやはり仕込みが必要だ。そうだな……。捕まえてある下っ端兵士共から、東慶寺襲撃はあの馬鹿の命令だと証言を取り、それをもって会津からどこぞの僻地に国替え……一万石ぐらい呉れてやって、ぎりぎり大名のままにしてやろう。これで奴がブチブチ文句言うようなら、強制的に隠居。――これで手を打たないか、千?」
それって、怨霊殿が語った加藤明成の末路じゃ……??
天樹院様が薄く笑う。
「叔父上様に言われたら否とは言えませんね。――その線で彼奴を始末出来ますか、皆さま?」
「……判りました。その線で動きましょう」
阿部殿が溜息を吐いて頷いた。
老中、阿部豊後守忠秋。智慧伊豆殿と並んで上様の治世を支える能臣だ。朴訥とした印象だが、当意即妙な受け答えをする頭の回転の早い御方だ、と父上が言っていた記憶がある。それと身寄りを失くした子供を引き取り、奉公人として仕込んでるとも。智慧伊豆殿が『理』の方なら、阿部殿は『情』のお人なのだろう。
そう言えば、鶉の飼育が趣味とも聞いたが……何かを育てる事が趣味なのか??
「それで天樹院様。その、撃退してくれた浪人達とは何者ですか? もし何なら褒賞も考えませんといけませんので……」
阿部殿の言葉に天樹院様が、無用じゃ、と拒絶する。
「浪人達が喜ぶ褒賞となると、それこそ仕官の口を訊いてやる事じゃろうが……下手に妾がそのような真似をすれば、我も我も、と浪人達が門前に列を為してしまう。安い酒を飲ませてやって礼としたわ」
「成程。確かにそうですな」
阿部殿が一瞬、鋭い目になり、すぐに元の春の日差しのような暖かいものに戻った。どうやら張孔堂が関わっているか、探りを入れてきたらしい。
「しかし、浪人が増えましたな」
「本当に。江戸に来たって、仕官の口など見付からないでしょうに……。それに今年は天候がどうもおかしい。何かの前兆でしょうか?」
話題を変えたいのか、堀田殿と酒井殿が世間話のように天気のことを口にする。何を能天気な、と文句の一つも言ってやりたかったが私は黙っていた。同じ気持ちだったか、隣で控えてる正雪先生も唇を噛んで俯いている。
私達は、飢饉が起きるという怨霊殿の忠告を聞いて、サツマイモとジャガイモの増産体制を敷いている。これは紀州、尾張、大坂、京でも同様だ。
怨霊殿が、自分が知っている通りになるとは限らない、と前置きした上で語ってくれたが、来年(寛永17年)に蝦夷地で火山が噴火、その影響で奥州の北部が凶作となる。そして再来年(寛永18年)の夏には、機内から四国にかけて日照りによる旱魃が発生、そのまま秋には長雨となり、異常気象が日ノ本全土へ広がっていく。幕閣もさすがにおかしいと思うのはこの辺りだそうだ
翌19年も全国的な不作は続き、餓死者の増大、百姓の逃散や娘の身売りなどが見られるようになる。各領主の政策では被害を食い止めるのは不可能と判断され、幕閣が対策に乗り出す。で、翌20年を最大にしてそれ以降、飢饉が収束していくとの事だ。
――正雪先生にこの連中を説得して貰い、今から対策を講じさせれば……。
そんな妄想も頭をよぎるが、無理ですね。今の私達はただの侍女。彼等が話を聞く道理が無い。
天樹院様が堀田殿に視線を向け、口を開く。
「……堀田殿、春日殿が臥せっている耳にしたが真ですか?」
「天樹院様に心配して頂けるとは、継祖母も果報者です。……我等、身内の者が何度頼んでも、薬を飲んでくれないのですよ」
「薬を?」
「ええ。今日明日も知れないって程ではないのですが、やはり老齢の為、寒い日が続くと震えて咳込む事があったりします。で、お付きの者が気を効かせて薬湯を出したのですが、絶対に口にしないのです。『神仏に願を掛けてる故、飲んだら神仏に嘘を言ったことになる』と言いまして」
聞いた事がある。
上様がまだ幼い頃、風邪を患い、春日局様は水垢離をして神仏に上様の快癒を願った。その際に「今後、自分はどんなに病んでも薬を飲みません」と薬断ちを誓ったらしい。
「ふむ。ならば、ここまで来たついでと言うのもあれだが、見舞いの言葉を述べに行こう。奥に入って構わぬかえ?」
天樹院様がそういうと、紀州公も「千が行くなら俺も顔を出そう」と言って立ち上がった。まだ許可出てないですよね、紀州公?
2
大奥に入り、侍女の案内で春日様が臥せっている一室に向かう。
障子を開ける前、天樹院様は侍女にしばらく人払いするよう命じた。
「少し内密な話もしたいのでな。頼むぞ」
「承知しました」
彼女が去るのを確認し、正雪先生が障子を開けた。
「……これは天樹院様、それに紀州様も。このような情けない姿を見せて、申し訳ありませぬ」
豪奢な布団に座り、肩に打掛を羽織った老女が優しく微笑んだ。
皆で中に入り、腰を下ろす。
「臥せっていると聞きましたが体調の方はどうなんですか、春日殿?」
「もう齢も齢ですから。老いるとはこういうものなのですよ、天樹院様」
ニコニコと春日殿が微笑む。
確か天正年間の生まれと聞いたから、七十か八十の坂に入ってる筈。怨霊殿は「もう妖怪の一種だよ、あの婆さん」と言っていたが、真っ白の髪をまとめ、骨に皮を貼り付けたようなその姿は、いずれ私もこうなるのかと思うと切ないものがある。
紀州公が溜息を吐いた。
「春日殿、冥途で柳生の娘に詫びよう、と言うたらしいの?」
「ほほほ……。大奥の中で漏らした言葉がもう紀州様のお耳に入っておるとは。上様の血統に男子が生まれなかった時、この江戸城に入るのは紀州様の血筋かも知れませんね」
再び、ほほほ、と口を押えながら春日殿が笑う。
「春日殿、千の後ろに控えてる侍女の顔をよく見るがいい」
「侍女の……?」
きょとん、とした春日殿が天樹院様の後ろに控える私達に視線を向ける。正雪先生を見て、それから私を見て……目を大きく見開く。
「お、お……お友? お友なのか??」
ブルブルと震える手を私に向かって伸ばす。私がコクリと頷くと……左胸の心ノ臓辺りを手で押さえて、バタリ、と前のめりに倒れた。
「春日殿ッ!?」
驚いて皆が膝立ちになる。春日殿は何事も無かったかのように体を起こした。
「冗談です」
「……勘弁してくれ。アンタの年齢でそれをやられると洒落にならん」
「皆様で私を驚かそうとするからです。――で、本当にお友なのか?」
「手を握ってやれ、お友」
天樹院様のお言葉に頷き、私は春日殿の側に近寄ってその細い手を握った。
「お久し振りです、春日様」
「……生きていてくれたか。良かった。本当に良かった……。但馬め、お主が死んだと言いおって……。済まなんだ、済まなんだ、お友……」
私の手に頬擦りし、春日様が涙をこぼす。
「春日様……」
「お主を上様のお側に、と言ったのは妾だ。なのに、あの騒動の時、妾はお主を守れなかった。済まなんだ、本当に済まなんだ……」
「良いのです、春日様。たかだか剣法指南役の家の子が上様の子を孕むなど、あってはならない事だったのです。だから、これで良かったのですよ、春日様」
「ううぅぅ……。有難う……有難う、お友……」
嗚咽する春日様を抱き締める。
しばらくして、春日様は私の背中を叩くと体を離した。
「有難う、お友。――それに天樹院様、紀州様。これで胸のつかえが取れました。いつ、お迎えが来ても心安らかに彼岸に行けましょう」
ニコリと微笑む春日様に紀州公が、待て、と声を掛ける。
「そう簡単に一抜けはさせぬぞ、春日殿。お千のもう一人の侍女を見よ」
「もう一人の……侍女??」
春日殿が目を細め、顔を上げた正雪先生を見詰める。
「はて?」
「この者の面差し……目元……誰かを思い出さぬか、春日殿?」
天樹院様がクスクスと笑った。
「面差し、目元?? ……ウッ!?」
口元に手を当て、春日殿が息を飲んだ。「――まさか、其方は……うッ!?」
と、再び左胸を押さえて倒れた。
「春日殿ッ!?」
慌てて手を伸ばすと、春日殿は何事も無かったかのように体を起こし「冗談です」と真顔で呟いた。さすがに、こら、と春日殿の頭を叩きたくなる。やらないけど。
「それで、其方は“かの方”の……??」
春日殿の問いに、正雪先生は涼しげな笑みで首を左右に振った。
「証拠となるようなものは何一つありません。ただ、死んだ母が“かの方”に仕えし忍びでした。そして切腹する前夜、一度だけ抱かれた、と言っていました」
「そうか……そうか……」
春日殿が何度も頷き、ボロボロと涙をこぼした。
「済まぬ。……妾はお主から“父”を奪ってしまったのだのぉ。……済まぬ。“かの方”には冥途で詫びるが、本当に済まぬ」
「一つだけ教えて頂けますか、春日様?」
「妾で答えられる事なら」
「上様は“かの方”を……父を、憎んでいたのですか? 切腹を命じる程に??」
「いや、違う。策を用いて“かの方”を追い詰めたのは妾達臣下の者じゃ。そして、すべてが整った最後の最後で、上様に処断するよう求めた。それが将軍の役目だ、と進言してな。……上様は苦悩しておられた。決して、決して憎しみで腹を切らせたのではない」
「……有難うございました。それが判っただけでもここに来た甲斐がありました」
正雪先生が深々と頭を下げる。
「恨むのか? 妾を??」
「恨みませぬ。――いえ、生まれる前の話なので、“かの方”が父と言われても今一つ実感が無いのです。それに……」
「それに?」
「片親しか居ない子など、貧しき浪人達の間では履いて捨てる程ある話ですし」
ニッコリと微笑む正雪先生に、春日殿が目を大きく見開いた。




