第五章 2
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道場に数十人の男達が座り込み、ガヤガヤと騒いでいた。どいつもこいつもボロボロの着物に髭面と、まるで山賊そのままの格好である。
「先生! 堀殿は間違った事はしておらぬ。愚かなる主君を一発殴って退転する、武士ならば当然ではないか!?」
「そうだ! それを幕府に言い付けて高野山の結界から引きずり出すなど、いやしくも四十万国の藩主のやる事か!!」
喧々諤々と言うか、非難轟轟と言うか……。
俺は無意識に苦笑を浮かべた。コイツ等、気はいい連中なのだ。しかし、満足に食い扶持を得られない毎日にストレスが溜まっている。だから、お偉方のやる事なす事すべてに反感を持つのだ。ここにレーニンでも連れてくれば、きっと立派な赤軍兵士に洗脳してくれる事だろう。
……いや、やらないよ? この時代に共産革命なんて。
雪ちゃんが表情を引き締める。
「……意見は判りました。で、皆さんはどうしたいと?」
「幕府に物申し、堀殿の縄目を解いてもらうべきと存ずる」
一人の浪人の言葉に、そうだ、そうだ、と皆が叫ぶ。おいおい。
幕府に物申す――つまり、政治批判するということだ。民主主義の確立してないこの時代にそんな事したら、ただで済むわけがない。
この流れはマズイ、慶安ノ変へのフラグだ。
「アンタ等、雪ちゃん……じゃなかった、先生を死地に追い込みたいのかよ?」
「な、なんだと!?」
俺の言葉に浪人達が殺気立った目を向けて来た。こわいって。
「幕府は一応、加藤家のバカ殿と堀主水の双方の言い分を聞くと裁きの場を設けた。つまり筋を通した訳だろ? それに文句言うなんて、大義名分が立つのかよ?? 下手したら捕縛されて江戸から追放……最悪、これもんだぞ?」
俺は肩を竦め、自分の首に手を当て横にスッと動かした。
雪ちゃんが心配そうな表情を俺に向けて来る。大丈夫、と薄く笑って頷いてあげると、通じたのか雪ちゃんもニコリと微笑んだ。
さて、
「……堀殿にはその裁きの場で思いの丈をすべてぶちまけて、潔く腹を召されて頂かないと逆に武士として、その生きざまに傷が付くよ。そう思ったからこそ、堀殿も高野山から降りて来たのだろう」
俺の言葉に、横に居た忠さんが「だろうな」と顎に手を当てて頷いた。
雪ちゃんは立ち上がると皆を見回し、
「皆さんは、堀殿を助けるべし、と言いますが、私は今の意見に同意です。それよりも私には気にかかる事があります」
「気にかかる事、ですか?」
先程、幕府に抗議しろと言った男が眉根を寄せる。自分の意見が通らなかったからか、目付きが悪いな。……まさか、幕府の密偵じゃないだろうな? 監視しといた方がいいかも知れん。ロリ巫女さまに相談しよう。
雪ちゃんはコクッと頷き、
「真言宗の聖地である高野山からでさえ、堀の男共を引きずり出す事が出来た。ならば、縁切り寺に潜んでる堀の女どろッ……」
あ、噛んだ。
雪ちゃんが顔を赤くして視線をあちらこちらに走らせ、さっきまで口から唾を飛ばして幕府と加藤家を罵っていた浪人達が、それを見てホンワカした表情に変わる。
「んんッ! ……縁切り寺に潜んだ堀の女共を引きずり出す事など、赤子の手を捻るより簡単であろう――と、件のバカ殿様が考えないと思われる方、ここにいらっしゃいますか? 私は、やりかねないと考えます」
「まさか……??」
浪人達が目を剥く。堀の女達が居る鎌倉東慶寺は家康の言葉も貰った、いわば家康公認の縁切寺である。そこへ圧力をかける? 幾ら何でも、それは……。と、訝し気な表情だ。
「それで先生はどうしようと?」
「東慶寺に近付く加藤家の兵が居たら……からかいます」
「はいぃぃ??」
「とことん、からかいます」
雪ちゃんがニコリと微笑んだ。
由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 五月 深夜 鎌倉東慶寺
一見、女寺とは思えない随分と重々しい門だな――と思ったら、何でもこの東慶寺の惣門は、我が父、駿河大納言忠長卿の城より移築して建てられたものらしい。
女寺に男が入る訳にはいかないので、紀州公を通じて許可を貰い、深夜にそっとその門を開けて貰った。開けてくれたのは、何故か仁左衛門さんだったが……。
そのまま本殿まで案内され、中に入ると紀州公と護衛役らしき田宮殿、そして品の良い衣をまとった高貴な女性、それから尼が数名居た。
「そなたが忠長殿の忘れ形見か……。うむ、目元に面影がある」
高貴なる女性が私を見て、目を潤ませる。
「貴女様は?」
「千じゃ。そなたから見れば叔母になるか」
この方が天樹院千姫さま?
四十路の坂を越えてるせいか、目尻や唇の端に少し皺があるが、若き頃に謳われたその美貌はいまだ健在だった。いや、逆につらい人生を送ってきただけに、どこか『悟りきった』感じの透明さがあった。
その方が、今、私の手を両手で握ってはらはらと涙をこぼしている。
「今だけ……伯母上、と呼ばせて頂いて宜しいでしょうか?」
「願ってもない。私も『雪』と呼ぶが構わぬかえ?」
「はい……伯母上」
「雪」
手を引っ張られ、ひし、と抱き締められた。
……あたたかい。それに母と同じ匂いがする。
「良かったですね、義母上」
貰い泣きをして目を潤ませてた尼が呟いた。
伯母上が、うむ、と頷き私を解放し、
「紹介が遅れたな。雪、この者が東慶寺の住持、天秀尼じゃ。知っておるかもしれぬが、私の最初の夫である秀頼殿が側室に産ませた子。故に豊家亡き後は私の娘として育てた」
「始めまして、雪殿」
優しい目をした天秀尼殿がニコリと微笑んだ。
私も、始めまして、と挨拶すると、横に居た四郎さまがクスリと笑った。
「不思議な縁だな。ここに駿河大納言の遺児と豊家の遺児、そしてこの俺、天草四郎と将軍家にとって不吉な名を持つ者が三人も揃っている」
「怨霊、俺も入れろ。大っぴらにしてないが、これでも四国は長宗我部の血筋だぜ」
四郎さまの隣に座ってた忠弥さんがニヤリと笑って言うと、四郎様も「そうだった」と苦笑いをした。
「……まったく、こんな会合を俺が取り持ったと知られたら、伊豆か但馬辺りが喜んで紀州家を取り潰すだろうな」
「ニヤニヤ笑いながら怖いこと言わないで下され、殿」
と、紀州公と田宮殿。
ふむ、と天秀尼さまがジッと四郎さまを見詰められる。
「どうなされました、天秀尼様?」
「そなたが島原は切支丹一揆の首領、天草四郎か……。知っておるか、お主? 庶民達の噂では、大坂の城を脱出した我が父が薩摩に隠れ住み、そこで妾に産ませたのがお主らしいぞ。つまり、お主は私の腹違いの弟だとか」
「いやいやいやいや、いくら何でも無理がありますでしょう? 庶民の根も葉もない噂を信じるなら、千姫様だって『男の精を吸い取る魔性の女』ってなりますぜ」
四郎さま、それ禁句ッ!!
慌てて四郎さまの口を抑えたが、私のその姿がおかしかったのか伯母上と天秀尼様さまが顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「フフッ、仲の良い事」
「いえいえ、義母上と忠刻殿はあれ以上でしたよ? もう、見てる方が呆れるくらい」
「最近、性格が悪くなってないか、義娘よ? ――『吉田御殿の乱行』か? 九州の端、いや、数百年後まであの噂は伝わっているのかえ、怨霊殿?」
「あぐぐ……しゃ、喋れんて、雪ちゃん」
四郎さまが私の手を引き剥がす。「――庶民がゴシップ……権力者の根も葉もない噂を楽しむのは、いつの世も同じです。ってか、俺が数百年後の世から転げ落ちて来た者って、知っておられるのですね?」
「うむ。紀州公より聞いた。成程のぉ。今も数百年後も、世知辛い世であることは変わりなさそうだ。――さて、伯母と姪を会わせる為に深夜の会合を設けた訳ではあるまい。目的を話してくれぬか、怨霊殿?」
四郎さまが姿勢を正し、コクリと頷く。
「その前に一つ、確認させて下さい。――紀州公、幕閣による堀殿への裁き、どうなりますか?」
「――堀主水が不利な案配だな。無茶な増税での会津城の改築などを出して、『藩主の器に非ず』と説明しているが、それが城への発砲と差し引きになるかと言われると、難しいものがある」
両腕を組んで語る紀州公の言葉に、控えていた尼の一人が唇を噛み締めた。
四郎さまは一度目を瞑り、深く息を吐く。
「……やっぱりか。――天樹院様、天秀尼様。かの馬鹿殿様は幕府にしつこく泣きついて、高野山より堀殿を引きずり出す事にまんまと成功しました。真言密教の聖地でさえ屈服したのだから、たかが女寺の一つや二つ、ちょっと脅せばすぐに堀家の女達を差し出すであろう――と、調子に乗らぬ保証はありませぬ」
「ッ!?」
伯母上の後ろに控えていた尼達が息を飲んだ。おそらく、この者達が堀の家に繋がる女達……。
「来るか、彼奴めが? ……いや、お主の知る流れでは『来た』のか?」
「会津加藤家の兵達がこの東慶寺を取り囲んで、女を引き渡せと脅迫してきたようです。詳しいやり取りは記録に残っておりませぬが、後日、激怒なされた天秀尼様と天樹院様が大権現様より頂いたお言葉を持って、将軍家に『加藤成明を滅却さすか、大権現様のお言葉を破棄なさってこの東慶寺を打ち捨てるか、二つに一つッ!』と迫ったと、俺の知る歴史には書かれています。その後、幕閣内で議論され、加藤家は石見一万石に落とされました」
「何とッ!?」
「それは……我等の勝利と呼んで構わぬのでは?」
天秀尼さまと伯母上が顔を見合わせ、喜色を浮かべる。後ろに居る尼達も嬉しそうだ。
が、四郎さまは首を左右に振り、
「不貞腐れた奴は、『病に冒され、藩主として満足に働くことも出来ませぬ。だから一万石もお返し申し上げる』と幕府に言ったとか。流石にこれには幕閣も怒って、奴は強制的に隠居、奴の息子が石見一万石の領主になったそうです」
「……いい気味じゃ」
尼達の誰かが呟く。
「うん。この東慶寺の誰かが死んでなきゃね」
「ッ!?」
「……俺は数百年後の世から転げ落ちてきた。つまり、数百年後の世まで残っていた文献や手紙などで『知っている』だけで、実際に何があったか見た訳じゃない。天秀尼様と天樹院様が『何に』激怒なさったのか、はっきりとは知らないんだ。建物に傷を付けたか、貴女方に怪我を負わせたか、それとも……誰か死人が出たか」
「……」
しばし沈黙が場を支配した。その中、四郎様がポンと手を叩く。
「あ、これって不確定性原理ってやつか……」
「不覚? ……何です??」
「え? あぁ、物理学の……ごめん、後で説明する」
頭を掻き苦笑いを浮かべる四郎さま。
「お前等、いちゃつくのはそれぐらいにしろ。――怨霊、話を戻せ。馬鹿殿対策で腹案があるから、俺に千への紹介を頼んだのだろう?」
いちゃついてなんか……。
紀州公の言葉に私が肩を竦めると、四郎さまはニッコリと笑い、
「ええ。加藤家の兵がこの東慶寺に近付いたら……張孔堂の浪人達にからかってもらおうか、と」
「からかう?」
「言葉合戦って言うんでしたっけ? 相手が落ち込むぐらいの勢いでやろうかと。――怪我人は出さないつもりですが、どっちみち、周辺で騒ぎが起きますので天秀尼様と天樹院様には御了承頂きたく……」
「ふむ。構わぬぞ」
伯母上がクスリと笑った。「――で、騒ぎの後、妾は激怒して大権現様のお言葉を盾に『彼奴めを何とかせよ!』と幕閣に訴えればいいのじゃな?」
……さすがは、業火に包まれた大坂城より生還なされた方。そこらの男より肝が据わっておられる。
四郎さまは紀州公に向かい、「その時は紀州公も援護射撃を」と頼んだ。
「判った。任せろ」
ニヤリと笑う紀州公。何だか悪党達の親分染みて来ましたね、公。
「その代わりと言っては何ですが……天秀尼さまに一つお願いしたい事が」
「私に? 義母上にではなく??」
天秀尼さまが可愛くキョトンと首を傾げられた。
四郎さまは懐から糸で綴じられた冊子を取り出し、天秀尼さまの方に差し出す。
「……これは人体の構造、それから怪我した時や病んだ時に採るべき処置を俺が覚えてる限り書き記したものです。これを元に、島原の信徒達と一緒に乱が起きる直前まで色々と研究してました」
「ほぉ」
伯母上が手に取り、興味深そうに冊子を捲る。「――これは、かなり精密に人の中を描いている図じゃな。少し気持ち悪いぞ」
「そう言いながらも、食い入るように見てますね? ……女性がホラー映画をついつい見ちゃうのと同じ心理かな?? ――この研究を東慶寺で引き継いで頂けませんか?」
「この東慶寺で?」
「ええ。俺が居た数百年後の世では男性の看護師も居ましたが、その始まりはナイチンゲール……女性でした。女性の包容力……いや、母が我が子を慈しむような優しさとか強さが、病人には何よりも有難いもの。『このまま死んじゃうのかな、俺?』と生きる気力を失ってる者には、自分を励まし、看病してくれる方を菩薩のごとく感じた事でしょう」
「成程……」
「隠れ切支丹のお主に『菩薩』と口にされると、違和感があるが……。興味深い提案ではあるな」
天秀尼さまと伯母上は顔を見合わせ頷いた後、控えていた尼達に、
「お前達はどう思う?」
と尋ねた。
「……私は、夫が加藤成明の手によって処刑されたのなら、その菩提を弔い、この寺にて朽ち果てる所存です。が、まだうら若い娘達に同じ道を歩ませるのは、親として申し訳なく思っておりました。人の命を救う研究――そう、一朝一夕に結果は出ぬであろうが、堀の血が流れし者は、石に噛り付いてでも敵の首級を上げるのを身上とします。娘よ、何年……いや、何十年かかるか判りませぬが、やってくれますか? そしていつの日か、堀の名を再び世に知らしめておくれ」
一人の尼の言葉に、他の尼達が嗚咽を漏らしながら頭を下げる。
「……承知しました、母上」




