第五章 1
やっと書けました。お待たせしてすみません。
第五章 ――歴史への介入――
天草四郎サイド 寛永16年(1639年) 四月下旬 江戸 張孔堂
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ウオッ!?
朝、起きたら枕元に仁左衛門さんが控えていた。マジでビビった。
「びっくりした……。仁左衛門さん、どうしたんです??」
「驚かせてすみません。怨霊殿が話された例の堀主水とその弟、それから主水の息子が高野山を下り、紀州公に加藤成明の非道を訴え出ました」
「はッ!?」
え? ちょっと待って……。
仁左衛門さんが厳しい目で俺を見詰め、話を続ける。
「現在、紀州公が警護しつつ江戸に向かってます。江戸城にて幕閣の面々が双方の話を聞き、その上で裁きをするそうです」
「……」
「尾張様、紀州様は怨霊殿の言葉を信用出来ると判断なさいました。その上で訊きたい、と。鎌倉東慶寺が一族の女達を受け入れてるおるが、堀主水を捕縛した会津加藤家がその者達を引き渡せと脅しをかける、と怨霊殿は言う。東慶寺は上様の御姉君であらせられる天樹院千姫様の後見なされる女寺。もう、かの方の悲しむ顔は見たくない、何とかならぬか? と仰せです」
天樹院千姫――二代将軍秀忠の娘に生まれ、幼いうちに豊臣秀頼の正室……実質、人質として大坂に送られる。
大坂ノ陣に於いて、燃え落ちる大坂城より助け出された後、本多忠勝の孫である忠刻の元に再嫁する。この忠刻という男、東国無双と名高い祖父の血か武芸を好み、剣はあの新免武蔵様に師事している。それでいて水も滴るいい男と評判で、彼女の方が「再婚するなら彼に」と言ったとか、言わなかったとか。因みにこの時に何かゴタゴタがあったらしく、史実では坂崎事件が起きている。
だが、この天から二物も三物も得たリア充男は、若くして結核で亡くなってしまう。結果的に二人の夫と死に別れたことから、ゴシップ好きの庶民は『(性的な意味で)男を食い殺す姫』と噂し、後世、『吉田御殿の御乱行』という都市伝説が作られる。……もう、不幸の星のもとに生まれたとしか言い様の無い、悲しい女性だ。
深呼吸をして考えをまとめる。
「雪ちゃんとは話し合っていますが、どっちにしろ皆の手を借りなければならないので談合する時間を下さい。皆が協力してくれると言ったら、千姫様に話を通しておきたいので……紹介してくれるよう、紀州公に頼んでくれませんか?」
「千姫様を紹介しろって……また無茶言いますね」
仁左衛門さんが一瞬、息を飲み、それから苦笑いを浮かべる。別に口説くつもりは無いんだが、やっぱ難しいかな?
「一応、何をなさるつもりかお訊きして宜しいですか?」
「東慶寺に会津加藤家の兵が近付いたら喧嘩を売ります。とことん、ね。――作戦名は『死ぬことと見つけたり』です」
隆慶一郎先生、アイデアをお借りします。
しかし、それはともかく……。
「仁左衛門さん、一つ訊きたいんですが……堀一族が城に鉄砲撃って会津を出奔したのって、いつか聞いてます?」
「……去年の六月です。怨霊殿のお言葉通り城に向かって鉄砲を撃ち、関所を正面から堂々と破って会津を出たそうです。その後、一族の女達を鎌倉東慶寺に預け、男達は紀州の高野山に入りましたが……怨霊殿は御存知なのでしょう?」
去年?
どういう事だ??
「俺の知ってる史実の堀騒動は、“今月”起きるんですよ。……何故、一年も早まってるんだ?」
俺が島原を生き残ったことで歴史にズレが生じたのか?
他にも史実とのズレがあるのか?
ここが史実とは違う世界線の時空なら、早い話、パラレル・ワールドだから考えるだけ無駄だが……。仮に、俺という異物が紛れ込んだ事によるバタフライ効果で因果律の変化が早まっているのなら、幕府崩壊、更には太平洋戦争の勃発も早まる可能性が……??
いやいやいや、いくら何でもそんな半村良の初期SF小説みたいな事が……。
頭を捻っても答えが出ない。水野の親分さんの時は、何となくの違和感だったが、こりゃあ、一度、史実との差異が他に無いか調査した方が良さそうだ。
「一年のズレ、ですか……」
仁左衛門さんも戸惑っている。
「ええ、これが何を意味するのか判らないですけどね」
「忍びとしての勘ですが……そういう『何か引っ掛かる』感じは、きちんと調べといた方がいいです。放置しておくと後で足元を掬われます」
「実感こもってますね。経験談ですか?」
忍びは徹底して現実主義である。島原ノ乱の最終日、甲賀衆は俺の首を獲る為には武蔵様を排除しなくてはならないと思い、躊躇なく爆薬を使って来た。自分達も損害受ける事を『やむを得ない』と割り切ったのである。おそらくリーダー以外全員死亡したとしても、指揮官である松平伊豆守に俺の首を持って行けば『甲賀の勝ち』と判断したのだろう。これからの数百年、甲賀に与えられる幕閣からの信用は揺るがないものになる、と……。
「経験談と言うより……昔、女で痛い目に?」
「何で疑問形なんですか? ってか、生々しいからそれ以上喋るな」
大盗賊雲霧一味の首領って、こう……歴史ロマンって言うかイメージがあるんだから、それを壊すような発言は控えて下さい。お願いします。
仁左衛門さんが唇の端を少し上げ、承知、と薄く微笑む。――もしかして、からかわれてる俺?
それから、紀州公には変に堀親子に肩入れせず、あくまでも公平な裁きをする為に江戸に連れて来たって立場を崩さないでくれ、と伝えてもらう事にした。
「史実では、矢張り城に向けて鉄砲を撃ったってのが幕閣から問題視されました。戦乱の世では管子の『君、君たらざれば、臣、臣たらず』が当然の論理でしたが、大坂ノ陣より数十年経た今、それを認めてしまっては秩序が保てないと考えられたようです」
「下手に堀親子に肩入れすれば、紀州公も『下剋上』を……将軍位を狙ってると深読みされかねない?」
コクリ、と頷く。たとえ、加藤成明が『一歩殿』と庶民から陰口叩かれる馬鹿殿だとしても、幕閣と敵対してまで嘴を突っ込む案件ではない。
「判りました。伝え……」
一瞬、障子の向こうに視線を向けた仁左衛門さんが、スッとそのままの姿勢で音もなく飛び上がって天井裏に消えた。
「……四郎様、起きていらっしゃいますか?」
障子に影が映り、雪ちゃんの囁くような声が響く。
「起きてますよ。どうかしましたか?」
「会津の堀殿が紀州公の元に出頭し、現在、江戸に向かって護送中との噂を浪人達が耳にしたようで……これからどうなるか、私の意見を聞きたいと騒いでいるのです。どう答えるべきか、四郎様にお聞きしたく……」
天井を見上げると、仁左衛門さんが軽く会釈して天井板を戻した。雪ちゃんなら隠れる必要は無かったと思うが、話を終わらせるタイミングとしては丁度いいと考えたらしい。
「判りました。俺も顔を洗ったらすぐに行きます」




