第四章 5
天草四郎サイド 寛永16年(1639年) 同日 吉原
崩れ落ちた禿の少女の瞼を閉じさせると、幡随院のオッサンが来て少女の遺体を抱き上げた。そして布団まで運んで遊女の遺体の隣に横たえる。
俺は窓に近寄り、幾筋も天に向かって伸びる灰色の煙を睨んだ。
あの煙の下では女子供が悲鳴をあげ、焼け落ちた家の柱の下敷きになって老人が息絶え、混乱のどさくさに盗みを働く悪党どもが跳梁跋扈している筈……。
脳裏に、原城では見ているだけしか出来なかった地獄の光景とそれがオーバーラップした。幻聴か、女子供の泣き叫ぶ声が耳に響く。
「火の手が大きくなってます。かなりマズイかと……」
俺の隣に来た雪ちゃんが顔をしかめる。
後ろでは水野の親分さんと幡随院のオッサン、それから御隠居が話し込んでいた。会話の端々に「投げ込み寺に……」と聞こえたから、死んだ遊女と禿の遺体について話し合ってるのだろう。
「雪ちゃん、火事が起きている辺りの地図は持ってないよね?」
「すみません。さすがに……でも、張孔堂に出入りしている浪人達なら詳しい人が居るかもです」
助けに行きたい俺の気持ちを察したか、微笑を浮かべた雪ちゃんがコクリと頷いた。忠さんや連也達も笑顔で首を縦に振る。
「有難う。その前に――おい、傾奇者共!」
俺は振り返って水野の親分さんと幡随院のオッサンを睨み付けた。
平成の世、学生をやってた頃に漫画で読んだ傾奇者の生き方は格好良かった。主人公前田慶次は風流を愛する文化人であり、戦場では無双の強さを見せる漢であり、悪戯好きで、友や惚れた女の為であれば当たり前のように命を懸ける情の熱い男で……。
勿論、漫画だから脚色はあるだろう。
でも、こんな格好いい男になりたい、とガキだった俺はワクワクしながら読んでたものである。
だから――こんなヤクザみたいな連中、俺は傾奇者なんて認めない。
絶対に認めねぇ。
「いいか? 傾奇者ってのは格好良くなきゃいけないんだよッ! 虚仮脅しの姿形や弱い奴を脅して自分の威勢を誇る事じゃねえ。戦国の世が遠くなり、死に場所を見失った? ふざけんなッ! あれは戦場じゃないのかッ!?」
赤い炎が見えるようになってきた火事場を指差す。
水野の親分さんと幡随院のオッサンの目に殺気が宿った。
「我等に火消しを……人足まがいの真似をしろと?」
「人足じゃねぇよ。どこに逃げたらいいか判らず、泣き叫ぶ女子供……それらを守るのが武士の本義じゃねえのかって言ってるんだよ。炎って理不尽な暴力に晒されて、悲鳴をあげてるか弱き者達の声がアンタ等には聞こえねえのかッ!? その耳は飾りかッ!?
水野さん、アンタの祖父は鬼日向、倫魁不羈とまで呼ばれ戦場の華だった。だから、アンタのその体に流れる血が熱いのも判る。でもな、アンタの爺さんは強かっただけじゃない。能や和歌を好む風流人でもあり、下の者への優しさを持つ情のある人だった。だから他家で高禄を得ていた旧臣達が、『たとえ禄が少なくなろうとも、この方に仕えたい』と帰参を願い出て来たんじゃないのか? 世は逆さまよ、と拗ねてるだけで爺さんの墓前に胸張って行けんのかよ?
幡随院のオッサン、アンタもだ。なんか『お待ちなせえ』とか言って、喧嘩の仲裁で男を売ってるらしいが、元は唐津藩士――武家の出なんだろう?」
「お主……何者だ? 何故、我が祖父を知っている??」
「え、ええ。俺っちが唐津藩の出なんて、唐犬の奴にも言ってないのに……」
唖然としている二人。さっきまで震えてるだけだった青山播磨も不思議そうな顔をして俺を見詰めている。
忠さんがニヤリと笑い、前に出て来た。
「名乗ってやれよ、怨霊。唐津藩寺沢家ってのはアンタにとって仇敵なんだろう? これも逆縁ってやつだぜ」
幡随院のオッサンが「逆縁?」と呟く。小首を傾げる達磨顔ってのは、ちょっと可愛いものがあるな。
「……まったく。役人に捕まったらアンタも道連れにするからな、忠さん。――問われて名乗るのもおこがましいが、自分は島原切支丹一揆の首魁、天草四郎……その成れの果て、怨霊でございますよ」
「なッ!?」
「あ……まくさ……しろう……」
さすがに傾奇者共が驚愕の表情を浮かべる。漫画だったら俺の背後にベタフラッシュが描かれるところだな。
忠さんが俺の頭をポンと叩く。
「俺達は怨霊の考えに共鳴し、今から消火と被災者の救助に動く。アンタ等はどうする? ま、世を拗ねてるだけの傾奇者に行く義理は無ぇわな。けど、ここで動かなければ……明日から男を看板に威張れるかのかい? ――怨霊、作戦を説明しろッ!!」
作戦……。
「あ、ごめん。何も考えてない」
「おい、こら」
忠さんは怒るが、ここで御隠居が口を開いた。
「焼け出された連中や怪我人は一旦、吉原に入れろ。大通りで炊き出しをやってやるよ。――高尾、他の店にも伝えろ。功名の稼ぎ時だとな」
「了解。吉良の若様、行くよ」
「オイラも行くのかよ?」
「当たり前だろう。焼け出されて心が弱ってる連中にはね、百万の理屈を並べるより、いい男が温かい握り飯を出してやって、『大丈夫だ』と言ってやる方が響くもんなんだよ。それがいい男の義務ってもんさ」
ニコリと微笑み、いい男って部分で意味ありげな視線を二人に向けた高尾太夫がキー君の袖を掴んで、座敷からさっさと出て行く。
「ふふ……ふはは……ははは……」
展開の早さに唖然としてた水野の親分さんが腹を抱えて笑い出した。どっかのネジが飛んじゃったか?
「水野の旦那?」
「高尾太夫にあぁ言われちゃあ、確かに明日から吉原の門をくぐれねぇよ。――青山! いつまでも震えてないで神祇組の奴等、全員召集しろ。我等、今より修羅道に入ると言え。逃げ惑うか弱き者達を助け、このドサクサに紛れて悪事を為す不届き者を斬り捨て、あの炎を鎮める、とな。我等が夢見し戦場は、目前にありッ!!」
水野の親分さんの一喝に生気を取り戻した青瓢箪、じゃなかった青山播磨が「承知!」と叫んで座敷から駆け出して行った。
幡髄院のオッサンが、ヘッ、と肩を竦める。
「水野の旦那、アンタは何だかんだと言っても旗本だ。武家屋敷の方を任せやす。俺っち町奴は町民達の住む長屋の方をやりましょう。そっちが何とかなったら加勢に来てくだせぇ」
「ふん、勝手に死ぬなよ、長兵衛。お前を殺すのは俺だからな」
「その前に俺っちが旦那をブッ飛ばしますよ」
拳を打ち合わせ、二人が出て行く。憎み合ってるのか、通じ合えてるのか、よく判らん二人だな。
「暑苦しい奴等だぜ、まったく。……さて、こっちも動くぞ」
御隠居の言葉に、応、と頷き、俺達は座敷から飛び出した。




