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第四章 4



 水野十郎左衛門サイド 寛永16年(1639年) 同日 吉原




 武士は戦場での槍働きが稼業。が、この太平の世で戦場など何処にある?

 島原??

 あれは西国大名の軍勢だけで決着けりが付いてしまった。

 この平和な世、何が楽しくて生き続けなければならない?

 だが、いくら死に場所を求めてるとはいえ、遊女を斬るほど落ちぶれたつもりもない。死ぬならもっと華々しく、美しくあるべきだ。

 青山の誇りを守る為、俺は西田屋に乗り込んだのだが……どうも、おかしな流れである。何故か西田屋に居た張孔堂の面々が、犯人は青山じゃない、と言い出したのだ。

 俺の主張を肯定してくれた流れだが、俺はコイツ等と面識が無い。

 何が狙いだ?

 杯を傾けながら、皆から「怨霊」と呼ばれる男の話を聞く。

 男は俺の視線を真正面から受け止めて話していたのだが、いきなり杯を禿目掛けて投げ付けた。

「おいッ!? ……って、はッ??」

 俺も、他の奴等も驚いて何か言おうとしたが、酒をひっかぶったと思われた禿が一滴もこぼさずに杯を掴み取ったのだ。まるで武芸の達人のように。

「……忍びか、お主?」

 俺は殺気を込めた目で禿を睨んだ。




 由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 同日 吉原




 四郎様が投げた杯は完全に我々の意表を突いていたのだが、禿は反射的にそれを掴んだ。明らかに忍びの動きだった。

「……いけない、いけない。つい、掴み取ってしまった。ここは杯を顔に当て、泣き出すのが正解だったな」

 禿の少女が歳に似合わない凄惨な笑みを浮かべる。例えるなら、肉食動物が獲物を見付けて舌舐めずりするような……。

「吉原に潜入してた“草”ってところか? ってか、アンタ、何歳だよ? 見ため通りの年齢では無さそうだが」

 対して四郎様は涼しげな笑みで問う。

「いかにも。歳は十七だ」

 少女が微笑んだまま立ち上がり、胸元から鋭く研がれた苦内を取り出して構えた。

 ……って、十七? 嘘でしょ?? まだ十にも満たない体躯に見えるけど。

 四郎様と私を守ろうと、連也くんと半兵衛さんが立ち上がる。

「動くな! ……動くなよ、そう、動くんじゃない」

 少女が後ろ足でゆっくりと窓辺に近寄る。


 クク……。


 ずっと無言だった甚右衛門殿が笑い出した。

「間者などキリが無いから放ったらかしにしてたが……おい、嬢ちゃん、目的は何だい? この怨霊殿が宣ったように傾奇者どもを共食いさせることか??」

「潜入当初は、そこの高尾姐さんでございましたよ、おやじ様」

 窓際に立った禿が勢い良く障子を開け放った。逢魔が時の蒼い闇に染まりつつある吉原の街並みと、すがかきの賑やかな響きが座敷に侵入してくる。

「ふ~ん……わっちにねぇ、何の用だったんだい、小娘?」

 先程まで、自分とは関係ない話とばかりにこちらを無視して吉良の若様と酒を酌み交わしてた高尾太夫だが、一応、聞いてはいたのか禿に向かって冷たい笑みを浮かべみせた。吉原の女の筆頭だからこそ纏える風格に、禿が一瞬、気圧される。

「ん……ね、姐さんの馴染みになるのは禄高の大きい、俗に殿様と呼ばれる御方ばかり。一応、監視しとけって命令がありんしてね」

「ああ、伊達の若様とか居ますからねぇ。ご苦労なこって」

「まったくです。そしたら今度は、水野と幡随院を喧嘩させろ、殺し合わす事が出来たら重畳、と無茶ぶりですよ……。下っ端はつらいです」

 そんな下忍の悲哀を語られても……。私も江戸に送り込まれた“草”ですし。

 夕闇の向こう、天に向かって伸びる一条の煙が見えた。結構、近い。

「火事か?」

 四郎様の声から感情が消え失せ、真冬の月を思わす冷たいものになった。

「ええ、二人の喧嘩はやがて刃傷沙汰になり、どこぞの家の行灯あんどんを倒して……という筋書きです。どちらかが生き残ったとしても、火付けの罪で……これ、ですね」

 禿が腹を掻き切る仕草をする。

 成程。随分と都合良く旗本奴と町奴が現れたから妙だと思ってたが、おそらく彼女の仲間達に西田屋に来るよう誘導されたのだろう。

 私は唇を噛み、この禿の少女をどうやって捕まえようか頭を回転させていた。が、四郎様は怒りに我を忘れてしまったようで、立ち上がって禿に向かって一歩踏み出す。

「……ふざけるなよ。てめえ等の都合で住む場所や働く場所を失った貧乏人は今晩、どこで寝ればいいんだよ? 明日の食い扶持をてめえが恵んでくれるのか、おい?」

「動くなッ!」

 禿の少女が苦無を振り被る。マズイ。

 四郎様!!

 庇おうとした私より早く、大柄な黒い影が走った。


 ガギッ!


 振り降ろされる苦無を左腕で防ぎ、右の拳が禿の胸に決まる。

「ぐっ……」

 禿が薄く笑みを浮かべ、口の端から赤い血の雫を垂らした。そのままズルズルと畳に崩れ落ちる。

「力を入れ過ぎたか。アバラが折れて心ノ臓に突き刺さったらしい」

 振り返った黒い影――水野十郎左衛門――が、失敗した、と男臭い笑みを浮かべ、肩を竦めてみせた。





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