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第四章 2

注意。ちょいと、着エロっぽいシーンあり。


     3




 幕府が15代で滅ぶ云々は置いといて、差し迫ってるのは大飢饉と浪人問題である。特に飢饉は忠さん達に衝撃を与えた。

「日ノ本を覆う大飢饉……もう笑うしかないですね」

 半兵衛こと、お友さんが乾いた笑いを浮かべる。どうも、異常気象の噂は江戸の町にも少しずつ入って来てるらしい。

「そうだ、お友……じゃなかった、半兵衛さん。天草四郎が張孔堂に匿われてるって、但馬殿に知らせますか? 十兵衛殿が俺の事を追ってるんで、おそらく但馬殿の差配だと思われますが……」

「この場に居る方々の前だけでしたら、『お友』でも『半兵衛』でもお好きな方で呼んで下さい。――いえ。柳生家の娘『お友』にしろ、息子『左門友矩』にしろ、もう死んでますので。今更、木挽町の柳生屋敷に顔は出せませんし、出す気も無いです」

 ふむ。なら、いいかな。

 俺は雪ちゃんに頷き、あれを、と促した。

 雪ちゃんも、はい、と頷き懐から紙に包まれた黒っぽいものを畳に置く。

「これは?」

 十郎兵衛お爺ちゃんが小首を傾げた。

「紀州公、尾張公の伝手を使って探してもらったもので、長い方が琉球から薩摩へ伝来したので俺は『薩摩芋』と呼んでます。コロコロしてる方は、南蛮からジャワだかマレーに伝わったもので『ジャガイモ』と呼んでいます。荒地でも育てられるので、飢饉の時の助けになる作物です」

 風魔の隠れ里に滞在中、仁左衛門さんによって届けられたものだ。あっさりと侵入された事にロリ巫女様が歯ぎしりしてたが、まあ、それはどうでもいい。

 簡単にだが育て方を書いたメモを仁左衛門さんとロリ巫女様に渡したので、現在、尾張、紀州、風魔の隠れ里によって研究栽培されている。……平成の世で学生やってた頃、日曜の朝は飯を食いながら某局の園芸番組をボケーと観てたんだが、そこで得た知識がこんなところで役に立とうとは。

「これを張孔堂でも育てて欲しいのです。庭の一角でもいいので」

「成程。……で、美味いのか?」

 忠さんがニヤリと笑う。

「色々と食い方を研究すれば。薩摩芋なんて、落ち葉を集めて焚き火の中に突っ込んでおくだけでも充分、美味かったですよ?」

 種芋が増えれば、近隣の農家に協力を要請して増やすことも出来るだろう。

 雪ちゃんがコクリと頷き、

「張孔堂のこれからの方針は『浪人救済』とします。どんな状況であろうと生き抜くことを目指し、その為に武と智を身に付ける。――宜しいですね?」

「了解しました」

 忠さんを筆頭に教授方が深々と一礼する。


 ――あれ? 浪人救済?? 史実の由比正雪もそれを掲げてなかったか??


 やっぱり起きるのか、慶安ノ変……??




 由比正雪サイド 寛永16年(1639年) 一月某日 江戸 吉原




     1




 正月だからと特別なことは何も出来なかった。まあ、私達は貧乏浪人ですし。生きているだけでも御の字でしょう。

 四郎様が来てから張孔堂も変わった。勿論、いい方にだ。

 浪人達には武芸や兵法を――忠弥さんの宝蔵院流槍術、半兵衛さんと連也くんの柳生新陰流、そして私が平家や太平記を参考に孫子や呉子を――教えていたのだが、四郎様は浪人の子達に芋を育てさせながら、いつか語り合ったように読み書き算盤を仕込み始めた。

 読み書きはともかく算盤に関しては、武士のする事じゃない、と反発した子達も、

「春秋戦国の頃、ある軍師は敵将を誘い出す為、撤退しながらかまどの数を徐々に減らしたんだって。兵の脱走が起きてるように見せかけたんだ」

「……??」

「本朝に於いては川中島の話かな。上杉謙信は武田の陣から上がる煮炊きの煙の数から『闇夜に紛れて兵を動かし、挟撃するつもりだ』と見破ったとか。こういう駆け引きは読み書き算盤がある程度出来ないと駄目だと思うぞ?」

 石高から予想出来る敵の動員可能兵力とかな、と四郎様がニッコリ笑うと子供達は目を輝かせ、その手の話をもっと聞きたがった。

「――何でもかんでも合戦に絡めて教えんのは、北朝鮮の教科書みたいであまりやりたくないんだがな~」

「きた??」

 で、いつもお腹を空かせて泣いていた子供達が明るくなれば大人達も気が軽くなる。まして植えた種芋から芽が出てきており、上手く行けば後二月かそこらで収穫出来るというのだ。飢え死にしなくてすむかも知れない――ささやかな、でも大きな希望が生まれた瞬間だった。




 ――




「それで、何故、私達はここに居るんでしょうか?」

「ん? 勿論、妾が呼んだからじゃ」

 小太郎様が呑気にお茶を飲みながら、私の向かいに座る四郎様の膝の上でニコリと微笑んだ。四郎様は苦虫を噛み潰したような顔をしており、両隣に座る忠弥さんと連也くんに慰められている。因みに半兵衛さんは私に隣だ。

「小太郎様は随分とその少年を気に入ったみたいですな?」

 少し離れたところに座る老人、庄司甚右衛門殿が微笑む。この『西田屋』の先代で、今は店の差配を二代目に任せて悠々自適の毎日らしい。

 小さな背を丸め、白髪白髭、更には眉も白く、昔話に出て来るお爺さんそのものって感じの人で、ずずず~とお茶を飲んでいる。――裏で江戸の諜報を仕切ってる風魔の大物とはとても思えない。膝に猫でも抱けば、一幅の絵になりそうだ。

「で、怨霊殿? 貴方の事は小太郎様より聞きましたが……私に何をさせようと? 桶一杯の軽石、あれは一体??」

「湯殿の準備は?」

「そりゃあ、女達を着飾らせるのが商売ですから、出来てますが……」

「では早速。……ってか、ロリ巫女様。いい加減降りてくれ、重い」

 四郎様が小太郎様を持ち上げ、強引に膝から下ろす。

 そのまま私達は湯殿に移動した。湯気が立ち込め、全体が暖められた室内で四郎様は畳一畳分ぐらいの木枠を設置し、それに半分ほど湯を注いで軽石を敷き詰め始めた。

「この石はロリ巫女様に探して貰った溶岩を砕いたものです。俺の居た時代に流行ったんですが……」


「――御隠居? 何やら悪だくみ……じゃなかった、面白そうな事をしているようですが、私も混ぜてもらっていいかい??」


 扉がガラリと開き、ニコニコ顔の凄い美人が顔を見せた。




     2




「高尾、この店の一番を張ってるお前がヒョコヒョコ出歩いてんじゃねえよ」

 甚右衛門殿が、あちゃあ、って感じで額に手を当てる。

 高尾? もしかして高尾太夫??

 四郎様が私の袖を掴み、小声で「誰?」と囁く。

「おそらく高尾太夫です。この店、西田屋の……いえ、吉原に居るすべての遊女の筆頭ともいうべき女性ですよ」

「へえ。……学生やってった頃、お世話になった某AV女優に似てるな」

「演舞所? ……何です、それ??」

「男特有の『お世話』です。察してください」

 四郎様が舞台で舞を踊ってた頃にお世話になった師匠……って話ではなさそう。詳しくは訊かない方がいいようだ。

 甚右衛門殿が四郎様に片手で拝むような仕草をしてみせた。

「すまない、怨霊殿」

「いいですよ。吉原の女なら余計なことは言い触らしはしないでしょうし。――高尾さん、どうせなら協力してくれませんか?」

 高尾太夫が小首を傾げ、ニコリと微笑んでみせる。女の私でもウットリする笑みだ。忠弥さんも口を半開きにし、気の抜けた顔で見詰めている。

「いいよ。どうしたらいい?」

「湯帷子に着替えて来て下さい」

 軽石の上に布を敷いて、白の薄い帷子を着て戻って来た彼女に横たわるよう、四郎様が言った。湯気で透けて肢体の曲線が浮かび上がってる。……チッ、胸、大きいな。小太郎様が彼女の胸と自分の胸を見比べて、私以上に落ち込んでいる。

 四郎様は私達の心の葛藤なんぞ気付かず、テキパキと指示を出した。

「甚右衛門さん。汗がすごい出る筈なんで、半刻ぐらいしたら塩少量と冷たい水を桶に入れて持って来てくれ、と禿に言って下さい。柄杓で飲めるよう、お願いします」

「承知しました」

「それで、男の俺がする訳いかないので……雪ちゃん、高尾さんを揉んであげてくれない? 全身の凝りを揉みほぐす感じでお願い」

 よく判らないが頷き、寝そべる高尾太夫の側に近付く。

「へえ、アンタ、女なのかい?」

「ええ。故あって、こんな格好をしておりますが、よろしくお願いします」

「そこのお兄さんが揉んでくれても構わないけど……あ~、はいはい、アンタでいいよ。だからそんな刺すような目、しないでおくれ」

「してません」

 俯せで寝ている彼女の肩に手を置き、ゆっくりと親指に力を込める。

「ん……」

 そのまま首を撫でさすり……肩から腕へ、ギュッと掌で押し包むように……

「うん……はあ……はあ……」

 背すじに沿って手を滑らせ……腰を強く押し……

「んあッ……そこ……」

 頬を紅に染め、濡れた瞳で切ない声を漏らす高尾太夫。汗に濡れて透けた湯帷子は肌に貼り付き、悩ましい曲線を浮かび上がらせてる。

 四郎様に連也くん、それから忠弥さんが目を見開き、ごくりと唾を飲み込む。

「ふふ……」

 視線に気付いた高尾太夫が蕩けるような笑みを浮かべ、薄い桃色の舌を出して自分の上唇をペロリと舐めた。

 はあ……、まったく。

「四郎様、微妙に前かがみになってますが?」

「え? あ、いや……気のせいです」

 禿が水の入った桶と紙で包んだ塩少量を持って来たので、按摩はそこで終了とする。

 四郎様は、ふう、と息を吐いて、

「高尾さん、いっぱい汗を掻いた筈だから水を。ゆっくりとだよ? で、塩もちょびっとだけ舐めて」

「ん……あいよ」

 起き上がった高尾太夫に四郎様が柄杓を差し出すと、受け取ってコクッ、コクッ、と飲んだ。そして汗で濡れた小指に塩をちょっぴりとだけ付けて舌でペロッと舐める。

「……それなりに着物を着てた筈の私等はそんなに汗掻いてないのに、湯帷子だけの高尾は汗でびっしょり。絡繰りはその軽石ですかい、怨霊殿?」

 両腕を組んで、ジッと黙って見てた甚右衛門さんが口を開いた。

 袴を上下させてモゾモゾしてた四郎様がコクリと頷く。

「うん。その軽石はロリ巫女様に探して貰った箱根の溶岩石。俎板みたいにスパッと一枚板に出来たら良かったんだけど、さすがにそれは無理だったんで、砕いて細かくして持って来てもらったの。

 俺の居た世でね、岩盤浴とか溶岩浴って言うのが流行ったんだよ。程良く温めた石は、炭火で炙るような熱を持つものがあるらしくてね。これに接していると普通の入浴より汗を掻いて、体内の悪いものを一緒に出しちゃうんだって」

「普通の……そこらの石じゃダメなんで?」

「うん。北投石とか放射性――いや、遠赤外線? ――まあ、平たく言うと霊験あらたかなものの方がいいらしい。汗がいっぱい出るのが望ましいかな? ただ、イワシの頭も何とやらで、『本当にそんな効能があるのか?』と疑問視する人も居た。だからあくまで、体験した人がスッキリするかどうかの話なんだけど」

 高尾太夫が、私は気持ち良かったよ、と言う。

 甚右衛門さんは小首を傾げ、

「う~ん……これを私等に勧める理由が判りませんな。女達の健康の為にこれをやれと?」

「御隠居、正月ボケかい? 色の道に関しては海千山千のアンタにしては珍しく鈍いね。さっきの私の姿を見て、男共の反応はどうだった??」

 高尾太夫がそう言って微笑むと、甚右衛門さんがぴしゃりと手を打った。

「あ、これを男共に見せろ、と?」

「正確には、女に興味を持ち始めた年頃の男がするような――『覗き』をさせろ、かな? こう、障子に小さな穴を開けて、そこから……とか?」

「それも、御隠居みたいに齢で勃ちが悪くなった連中だけの『特別な遊び』がいいだろうね。金だけは持ってそうな商人とかさ」

 四郎様の説明に高尾太夫が補足する。

「失礼な。オイラはまだ勃つよ。まあ、若い頃に比べて腰の粘りが……」

「お前等、何の話をしてる、何のッ!? ってか高尾、いつまでも湯帷子はだけさせてないでとっとと着替えて来い!! 自慢かッ!? 自慢なのかッ!! 胸の大きさと女の価値は等価では無いぞ!!」

 ……高尾太夫が来てから無言だった小太郎様が、涙目で皆に怒鳴った。






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