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第四章 1

やっと江戸です。



 天草四郎サイド 寛永15年(1638年)十二月某日 江戸 榎坂




     1




 何とか年が変わる前に江戸に来れた。

「へえ、ここが榎坂か……」

 牛込榎坂。平成の世では某アイドルグループが居たような気もしたが、まあ、それは置いといて……。

「来た事があるんですか、榎坂に?」

 雪ちゃんの問いに、俺は「うんにゃ」と首を左右に振ってみせた。榎坂どころか神楽坂にも欅坂にも行ったことありません。

 目の前の門に掲げられた看板をジト目で見上げる。

「『張孔堂』は、まあ、いいとして……本当に出してたんだな、この看板」


『軍学兵法六芸十能医陰両道其外一切指南 由比民部之介橘正雪』


 小難しく書いてあるが、平たく言うと「何でも教えるよ!」だ。詐欺師の口上と見るか、総合大学を目指してると見るべきか。ま、どっちにしろ、大きく出たものである。

 連也が小首を傾げる。

「雪姉ちゃんが一人で全部教えるの?」

「そんな真似出来たら、くノ一なんかやってないって。求聞持法を修めた空海さまじゃないんだから」

 求聞持法ってのは百日間、洞窟かどこかに籠って虚空蔵菩薩の真言を百万回唱えるって修法だ。行の途中で誰かに見られると失敗らしい。空海は室戸岬の窟でこれをやったといわれている。

 成就すると、伝来するすべての経典を一度読んだだけで諳んじ、理解出来る智慧を得られるらしい。現代風にいうとスーパー暗記術、いや、オカルト好きがよく口にする『虚空の記録アカシックレコード』を読み解く異能か?

 門をくぐり、一見、オンボロのお寺のような道場に近付く。庭を竹箒で掃除しているオッサン二人が俺等に気付いた。

「あ、先生! お帰りなさいませ!!」

「お帰りなさいませ、先生!!」

 雪ちゃんが頷き、軽く深呼吸して低く抑揚のない声を出した。そう言えば彼女、表向きは男なんだっけ。すっかり忘れてた設定だけど。

「ただいま帰りました。報告したい事がありますので、小半刻(30分)程したら私の部屋に来るよう、教授方の皆さんに伝えて下さい」

「承知しました!」




     2




 雪ちゃんの部屋で旅装を解き、寛いでいると「先生」と部屋の外から声が掛けられた。

「入って下さい」

 襖が開き、四人の男達が入って来る。

 あくまでも執事な漫画に出て来る老いた日本人執事のような、品の良い老人……。

 現代ならジャニーズに入れる事間違いなしの、線の細いイケメン……。

 武蔵様に負けず劣らずの体格のいい、髭面のオッサン……。

 そして妙に目力がある初老の僧侶……。

 随分とバラエティに富んだ人選だが、張孔堂の教授方って事は……コイツ等、慶安ノ変の参加者なのだろうか? 史実に名前を残してるのは、長宗我部に連なる血統で宝蔵院流僧術の達人である丸橋忠弥、経歴は不明だが剣士の金井半兵衛、後……誰だっけ?

 四人が俺達の向かいに腰を下ろし、髭面のオッサンが俺と連也を睨みながら雪ちゃんに頭を下げた。

「無事のお帰り、誠に喜ばしい限りです、先生」

「留守を守って下さり本当に有難うございます、忠弥殿」

「……武士としての死に場所を見失い、江戸で腐ってた俺を拾ってくれたのは貴方だ。以来、俺は貴方を守る為にこの命を使い切ると誓いを立てた。だから、礼はいい」

 台詞はカッコいいが……髭面の熊みたいなオッサンに言われると、何だろう、すげえ暑苦しい。

 雪ちゃんが苦笑いして、俺にオッサン達を紹介する。

「四郎様。この方々は張孔堂の幹部ともいうべき教授方の皆さんです。皆さん、私の素性を知っておられます。で、こちらは宝蔵院流槍術を教えて貰っている丸橋忠弥さま」

 えッ!? マジッすか??

「貴殿が……四国長曾我部の……」

「何故それをッ!?」

 オッサンの目に殺気が灯る。

 雪ちゃんがニコリと微笑み、

「まず最初に四郎様の紹介をするべきでしたね。――皆さん、こちらは島原ノ乱の総大将であった天草四郎時貞様です。そして少年の方は、私と四郎様の護衛兼お目付け役として尾張公が付けてくださった柳生新陰流正統の連也くん」

「はいッ!?」

 四人の顔が、鳩が豆鉄砲喰らったような表情になった。

「そして四郎様は世の流れ……先を見られます。私は数年後、皆さんの大将になって幕府に対する謀反を計画、それがバレて自害するそうです」

「はいぃぃぃ~ッ!?」

 豆鉄砲どころか宇宙戦艦ヤマトの波動砲を初めて見た乗組員のような表情になってしまった。雪ちゃん、何か楽しそうだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい。天草四郎って!? それに世の先って……?? で、先生が謀反の大将?? 尾張柳生の御曹司が目付役?? もう、どっからツッコんだらいいのやら……」

 丸橋――面倒臭い、忠さんでいいや――忠さんが左手を頭に、右手を前に出して会話を止める。意外と常識人らしい。

 が、もう一人、いや二人、雪ちゃんの言葉に反応してる奴が居た。イケメンが真っ青な顔して硬直しており、連也が怪訝な表情でそれを見詰めているのだ。

「どうした、連也?」

「いや……そこの若い奴……お友さんじゃない? 江戸柳生の??」

「はい??」

 皆が唖然として、連也が『お友さん』と言った奴を見詰める。

「いや、連也くん。彼は金井半兵衛さん。剣の達人だけど、元は長州の出で……」


 ザンッ!


 瞬間、抜き打ちの一閃が俺の眼前を走った。連也が俺の襟を引っ張って後ろに下げてくれなきゃ、黒ひげがポ~ンと飛ぶ定番玩具のごとく、首と胴が離れてるとこだった。

「何かこの流れ、恒例となってないか?」

「いいから兄ちゃん、俺の後ろに!!」

 立ち上がって横薙ぎを何度も放つ金井半兵衛、それに対して連也は膝立ちのまま脇差を振り回して上手く払い除ける。一見、姿勢的に連也の方が不利に見えるのだが、完全に太刀筋を読み切ってるようだ。

「……ハッ!」

 しびれを切らしたのか、半兵衛が俺目掛けて突きを放った。連也が刀の軌道を弾いて逸らし、俺は畳に伏せながらブレイクダンス宜しく体を捻り、ローキックで半兵衛の足を払う。

「部屋の中で暴れるな! 子供かアンタッ!?」

「キャッ」

 たたらを踏んだ半兵衛が何だか可愛い声を出し、姿勢を崩して俺の方に倒れてきた。倒れる向きまで計算してなかった。

「いつつ……大丈夫か、アンタ?」

 体を起こそうと、半兵衛の体を押してどかし……って、何だ、この微かにポヨンとした感触は?

「……いたた……はい、大丈夫です……って、え? キャッ!!」

 目を覚ました半兵衛が刀を放り投げて、俺の頬をビンタした。理不尽だ。

 胸を抑えながら慌てて俺から離れる半兵衛。

 頬に真っ赤な手の跡が残る俺。

 唖然としてる他の奴等。雪ちゃんだけは、頭に手を当てて溜息を吐いてる。

「四郎様は偶然、女の胸に触れる星の元にでも生まれてるのですか? ――半兵衛さん、本当に柳生家の方なのですか?」

 そんな、人をハーレム漫画の主人公のように言わんでも……。

 俺の悲しい気持ちは誰にも斟酌されず、皆の視線が半兵衛に向いた。彼女は覚悟を決めたようで、座り直してコクリと頷く。

「はい。連也が見破った通り、私は江戸柳生の娘で『お友』と言います。男姿の時は『左門友矩』と名乗ってました」

 は? 柳生左門……友矩??

「江戸柳生の次男? 若くして死んだって話の……」

 三代将軍家光と衆道の契り――BでLな関係――を結び、刑部少輔の位をプレゼントされる。それが周囲の嫉妬を買い、父親の但馬は「上様の治世に障りある」と考え、病気を理由に左門を柳生の里に帰す。恋人に会えない寂しさからか、数年後、彼は病死する。

 この話を元に、但馬、十兵衛、左門、そして家光の心情を描写した隆慶一郎先生の短編が確か漫画化されており、コミックス帯に書かれた惹句「尻一つで……」の台詞は、まだ未読だった腐ってる系のお姉さま方を書籍売り場で悶々とさせたらしい。

 いや、BでLな話はともかく――

「そもそも、女だったの?」

「はい。上様は、御母堂である崇源院さま(お江の方)に疎まれたこともあって、生来、女性に対して一歩引いてしまう性格だったのですが……話をややこしくしてしまったのは、十兵衛兄上でした」

 彼女が言うに、最初に家光の剣術修行の相手として城に上がったのは兄の十兵衛殿だったらしい。が、まだ若かった十兵衛殿は、家光のイジイジした性格にイラっとしたらしく本気でぶちのめしてしまった。勿論、こんな真似をして只で済む訳がない。十兵衛殿は父である但馬に自分を廃嫡しろと言って、さっさと江戸から逃げてしまった。

「さすが十兵衛おじさん!!」

 連也が嬉しそうに叫ぶ。確かに将軍様をぶちのめすなんて痛快な所業、『流石は柳生十兵衛!』と俺も拍手したいが、柳生一族の一人としてその発言、大丈夫か?

 その後、切腹覚悟で城に上がった但馬を春日局が呼び出す。


 ――但馬殿、今回の詫びとして娘御を差し出してくれぬか?


 ――それは……上様がお望みなら否とは言いませぬが、上様は女子おなごが……。


 幼い頃、弟を可愛がり自分を無視した母……。

 その母に対して何も言えなかった自分……。

 視界に入れるのも煩わしいとばかりに、美しくも無機質な眼を自分に向ける母の姿が脳裏に焼き付いてる為、『美しき女』を前面に出されるととどうしても気後れしてしまうようじゃ。

 春日局はそう語り、ならば女の姿をしてなければどうじゃ? と呟いた。


 ――女の姿をしてない女……はて、それは一体?


 ――例えば武者姿をした女……はたまた僧衣をまとった尼御前あまごぜ……。


 とにかく、将軍家である以上、子を為さぬ訳にはいかぬ。故に女衒婆、人買い婆よ、と罵られても上様が興味を示しそうな女子を集めようと思う。その一人目に、そなたの娘をくれぬか? ……平伏して頼む春日局に気圧され、但馬は思わずコクリと頷いた。

「私は『左門友矩』と男の名でお城に上がり、上様の剣術修行の相手となりました。その後は、巷間、伝わってる通りの流れです」

 要するに、家光にコスプレHを教えちゃった訳かい! ――そう突っ込みたいのを必死に我慢する。とにかく我慢する。

「女に慣れさせる――それだけの関係の筈でしたが、私と上様は本当に愛し合ってしまい……上様は私に四万石下さると仰ってしまいました。周りが『それだけはなりませぬ!』と諫言すればするほど、上様は余計に燃え上がってしまい……」

「ああ、恋は障害があればあるほど燃えるからね」

 気の抜けた声で呟く。何、このハーレークィン・ロマンスは??

「ええ。それで伊豆様と相談した父は私に『死ね』と言いました。この混乱を収めるには、私が病で柳生の里に帰り、適当なところで死んだことにするしかない、と。その後は『左門』の名を捨て、西国に隠密として赴け……と」

 但馬は家光、春日局と密談の場を設け、彼女が孕んだ、と告げた。が、この状況下の江戸で産める筈もなく、柳生の里に帰すしかない……。家光は渋々とだが了承。時を置いて、死産、更には産後の肥立ちが悪く娘は死んだ、と言葉少なに報告した。

 但馬が殺したのでは? ――家光も一瞬そう思ったようだが、拳を握り締めて何も言わなかったらしい。多少は冷静になったのだろう。

「死んだことにした私は伊豆様より『今日からは名無しの半兵衛をもじって金井半兵衛と名乗れ』と言われ、長州毛利家に潜入しました。吉田という兵学者が存在するか調べろ、との命でした」

「吉田?」

 雪ちゃんが首を傾げる。

「ええ、見つからなかったのでそう報告して、のんびりしてるところに丸橋さんから『一緒に江戸に行かないか?』と誘われ……私もつい『もう一度、江戸の町を見たいな』と思ってしまい……左門友矩が死んで何年も経っていたので、まあ、いいかなっと」

 半兵衛がそう言ってクスリと笑った。

 サラリと重要なことを言われたような気がしたが、それが何なのか考える前に連也が、ハア、と溜息を吐いた。

「……何、その波乱万丈な人生? もしかして他の方々も似たり寄ったりの話を抱えてたりします?? 俺としては、もうお腹いっぱいなんですけど」

「いや、流石にここまで波乱万丈な人生ではないな」

 苦笑いした老人が口を開く。

「拙者、河原十郎兵衛と申す。江戸塩硝蔵の奉行を拝命しておったが、息子に代を譲って隠居の身よ。ある日、散歩中に江戸の町割りを調べてた正雪殿達とすれ違ってな。正雪殿の『このような町割り、下手に火事が起きたら一気に大きくなろう。そして火の粉が塩硝蔵に飛んだら……千代田のお城が吹っ飛びかねないぞ』と弟子達に語ってるのを耳にし、愕然としたのよ。奉行でござい、とふんぞり返っていたのに、拙者はそんな事考えもしなかった、と。で、それ以来、江戸の町で大きな火事が起きたらどうすべきか、正雪殿と共に頭を捻っておる」

 次は初老の僧侶だった。

「拙僧、廓然坊と申すただの……」

「嘘ですから、四郎様。禅語の『廓然無聖』から引っ張ってきただけで、その方、本当の僧侶ではないですから」

 雪ちゃんがいい笑顔でツッコミを入れる。

 へっ?

 僧は頭を掻いて苦笑いし、

「酷いですな、先生。――拙者、別木庄左衛門と申し、越前は大野藩の貧乏侍でしたが仕えてた土屋殿が主君である秀康公に殉じまして。拙者も殉死しようと思ったのですが……小栗殿から密命を受けまして、江戸で忍びの真似事をしておりまする」

「ほら、四郎様。別木の『別』に似た意味の字で『隔てる』ってあるじゃないですか? あの字、『かく』とも読めますでしょう? それに引っ掛けて『廓然坊』なんて名乗ってるんです、この人」

 雪ちゃん、アンタ、ニコニコと笑ってるけど……。

「別木庄左衛門――そう言われましたか?」

「え、ええ。それが何か?」

「……史実に於いて、由比正雪が自害してのち、増上寺で行われる大法要に将軍名代として来る老中を狙撃しようと計画したが、密告されて処刑された男が居ます。その名が確か、別木庄左衛門――」

 いわゆる承応ノ変だ。由比正雪一味の残党ってことで片付けられた筈だが、詳しい事は知らない。……い、いや、だってほら、慶安ノ変のおまけみたいな感じだから、時代劇や小説でもあまり使われないネタなんだよ。

 目を丸くしてた廓然坊こと別木さんが、肩を震わせて笑い出す。

「はは、こりゃいい。死んだ先生の敵討ちに拙者が老中を狙撃、ですか……」

「ああ、別木さんはそういう事しでかしそうですね」

 雪ちゃんがクスクス笑えば、

「ああ、しそうですね。『真打は遅れて登場する』とか言って」

 半兵衛さんが口に手を当てて、吹き出しそうになるのを抑えてた。

「まあ、別木だしな」

 頭をガリガリ掻いてた忠さんが呟く。「――しかし、この面子の中で俺が一番普通の浪人って感じがするのは気のせいか?」

「ねえ、拙者の扱い、何か酷くない?」

「だって別木だし」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。別木、喉が渇いた。酒を用意せい」

「もう!」




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