第三章 10
松平伊豆守サイド 寛永15年(1638年) 12月某日 深夜 江戸屋敷
眠りに就いていたのだが、天井の嵌め板が一枚だけ動いた音で自然と体が反応して枕元の刀に手が伸びた。
「……甲賀者か?」
天井から覗く目が微かに上下し、折り畳まれた白い紙片を畳の上に落とす。
「御苦労。これを持って行け」
板を戻して去ろうとする甲賀者を呼び止め、俺は紙片を拾い、代わりに銭の入った小袋を投げてやった。確か一朱金が何枚か入ってた筈。
「ッ!?」
中を確認した甲賀者が目を見開く。この暗闇でよく確認出来たな、お前?
「一人で使うなよ? 使ってる手下どもに酒でも飲ませてやれ」
「……ありがたく」
天井の嵌め板が戻り、俺は刀を再び枕元の刀掛けに置いた。
さて……。
明かりを付け、紙片を広げる。
十兵衛からの書状のようだ。
「……柳生の里に向かう途中の伊賀にて彼奴等と接触。たまたま藤堂家の小者が居た為、斬る事叶わず、か。――確かに今、外様にちょろちょろされるのはマズイな」
相手は自ら『天草四郎』と名乗ったらしい。隠す気も無いってか。
で、柳生の里にて沢庵様と東照宮建築で名の知れた名人左甚五郎と会う。この二人と弟の列堂はすでに彼奴と会って話をしていた。その内容は……、
「大飢饉が起きる、だと??」」
奴と一緒に居るのは、例の由比正雪と尾張柳生の麒麟児こと連也――つまり尾張と繋がりを持った、という事。ならば紀州のあの方にも通じていよう。
やはり、と言うべきか。厄介な、と言うべきか……。
飢饉。確かに為政者として無視は出来ない。江戸も何かしらの手を打っとくべきか?
で、彼奴等は江戸に向かった模様、と。自分達も尾張紀州の領内を調べた上で急ぎ、江戸に戻る……云々。
江戸の町には腐るほど食い詰め浪人達が居る。俺も貧乏は骨の髄まで味わってるから同情はするが、ここに飢饉が直撃したら……暴発する可能性を捨てきれない。
「最悪……島原の再現か」
俺は溜息を吐き、十兵衛からの書状を灯火に翳した。
ぼわっ、と火が付き、ゆっくりと灰に変わっていく。
――さ~てと、どうしたらいいかねぇ~、近藤さんよ。
指先まで火が近付いたので書状を放り、俺は手を払って灰を落とした。




