第三章 8
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風魔忍群――言うまでもなく、戦国の世に暗躍した忍者集団の一つである。
彼等の仕えてた北条氏が秀吉によって滅ぼされた後、風魔も滅んだと思われたのだが、関ヶ原から三年後の慶長八年(1603年)、関東を荒らす大盗賊団が捕縛された。親玉の名は五代目風魔小太郎。つまり、風魔忍群の成れの果てである。
「……その親玉、身の丈が七尺二寸(約2,2メートル)? 筋骨隆々で髭面なのは、まあいいとして……目は逆さに裂け、口の端には牙が突き出しているとか、張り上げた声は五十町(約5,5キロ)先まで響いたとか……我等、風魔一族は鬼の一族か何かか?」
案内された屋敷で炭が赤々と燃える囲炉裏を囲みながら、ロリ巫女はそう言って楽しそうに笑い、俺等に振る舞った甘酒を自らもちびちびと舐めた。
彼女の語るところによると――北条家が滅んだ後、生き残った風魔忍群は残党狩りを怖れて女子供、老人達をこの隠れ里に避難させた。その上で、このまま歴史の闇に消えるのを良しとしない男達は『活躍の場』を求めて、関東中に散ったらしい。
これから大きく発展するであろう江戸の町に賭けて、商いの道に入る者……。
自分の忍びの技を買ってくれる者は必ず居ると信じ、大名に売り込みをかける者……。
徳川許すまじ、と復讐の牙を研ぐ者……。
そして、夢破れて身を持ち崩し、裏社会へ墜ちていく者……。
「五代目小太郎を名乗って処刑された男は、自分を信じて付いて来た者達に飯を食わせる為、やむなく盗み働きを始めた者だった。まあ、途中で開き直って楽しんでた節も無きにしも非ずだがのぉ。何であれ、奴はやり過ぎたのじゃ」
「やり過ぎた?」
連也が小首を傾げる。
「同業者に売られたのよ、坊主」
風魔小太郎を幕府に売ったのは、同じ盗賊稼業の高坂(向坂、と書く資料もある)甚内という男だった。武田二十四将の一人、高坂弾正の裔とも言われてるが真偽は不明である。
大盗賊団だった風魔衆が壊滅し、空白になったシマを得て勢力を伸ばした高坂一味は幕府とwin-winの関係を築こうとしたようだが、そう問屋が卸す訳もなく、やがて討伐される側に回った。
「高坂は瘧に罹っておってな。幕府の捕り方に踏み込まれた時は、震えが来てて動けなかったらしい。慶長18年というから、五代目小太郎が処刑されて10年の天下だった訳だ。処刑される時、何やら偉そうなことをほざいて祠が作られたようだが詳しくは知らぬ。ただ、彼奴の捕縛に協力したのは鳶沢甚内。これも……」
「盗賊、だな。いや、正確には元盗賊か」
うん、時代小説で読んだ記憶があるな。家康が江戸に入府した際に捕縛され、磔にしないでやる代わりに盗賊対策に協力しろ、と言われたらしい。で、だったら手下達の足を洗ってやる必要があるので、自分を古着屋の元締めにしてくれ、と頼み込んだとか。
古着買い、今風に言うなら故買屋である。盗賊が盗んだものを処分しようと思ったら、故買屋ルートに乗せる確率はかなり高い。つまり、ここを押さえていれば今まで跳梁跋扈を許していた盗賊達の手懸かりを掴めるかも知れない。
――ッ!!
直感的にそれを悟った家康は、すぐさま甚内の言う通り古着買いの元締めにしてやり、手下達と住めるように町の一区画を与えて、そこを鳶沢町と名付けた。これが日本橋富沢町の起源である。
「……高坂甚内に鳶沢甚内、おまけに吉原作った爺さんの名前は庄司甚内と来たもんだ。いつも思うんだが、名前が同じなのって偶然か?」
いわゆる三甚内である。まあ、この時代ではありふれた名前なのかも知れないが、ややこしくてしょうがない。
「鋭いな、怨霊。鳶沢甚内も庄司甚内も元は北条家でな。特に鳶沢の爺様は風魔の小頭だった男よ」
「はいッッ!?」
それは知らなかった。つまり、高坂の隠れ家を密告したのは小太郎を殺された北条乱破の復讐なのか?
「いや、復讐と言うより江戸の裏社会をどちらが押さえるか、武田忍びと風魔、そして幕府の三つ巴の争いだったようだ」
ふぅむ。伊賀と甲賀が忍びとしての役職を求めて争ってた頃、武田忍びと風魔は江戸の闇を支配すべく暗躍し、幕府との協力関係を上手く築けた風魔に軍配が上がった訳か。
歴史オタクとしてはなかなか興味深い話だ。武田家が天目山にて滅んだ後、家臣だった者達は徳川家に吸収されている。井伊の赤備えや日本一の驕り者と呼ばれた大久保長安、それから五代将軍綱吉の個人秘書のような立場だった柳沢吉保、果ては幕末に活躍した新選組の出身母体とも言うべき八王子千人同心も、その系譜を辿ると武田に行き着く。それに比べて風魔の名は、五代目小太郎の刑死後、歴史に一切登場しない。『闇に生き、闇に死すのが忍び』と定義するなら、見事としか言いようがない。
甘酒で少し頬を紅に染めた雪ちゃんが微笑む。
「私が生まれたのは今川家の流れを汲む隠れ里でしたが、この徳川の世で隠れ里同士が争っても無意味、故に情報の共有や食料を融通しあうなど協力関係を結んでいたのです」
「ん? って事は、紀州公、尾張公の御二方も風魔の存在について知ってるの?」
「知っておられますが、手を出す気はない、と言っておられました。両家ともすでに忍びは居ますから、下手に加えると足を引っ張り合う可能性があると」
ああ、紀州には根来衆が、尾張には甲賀五家が鉄砲指南役という名目で仕えてたな。
ロリ巫女が両腕を組む。
「本来の忍びとして活躍する場を提供されるなら、それはそれで有難い話だが……今の風魔には無理、というのもある」
「無理?」
「女の身である妾が小太郎の名を継がざる得なかったことからも推測出来るじゃろう? この里には最早、若い男が居らぬのじゃ。居るのは古老数名と先程お主達も会うた巫女達のみ」
「え、でも……江戸の町には居るんだろう?」
「その者達を引き上げさせたら、せっかく張った諜報の網が破れてしまうじゃろう? 痛し痒しなのじゃよ。今のところは、年に何度か江戸の男達に里に帰って来てもらい、あの巫女達と子作りして貰うしか手が無いのじゃ」
雪ちゃんが頷く。
「このままでは遅かれ早かれ、忍びとしての風魔はその存在意義を失ってしまうのではないか? 小太郎様はそう危惧しておられます。四郎様、何か妙案はありませんか?」
「ちょ、ちょっと待て」
まさかの過疎問題!? 現代でも各自治体が頭を悩ませてる問題にそう簡単に答えが出せる訳ないって。
「うむ。確かに、簡単に妙案が出たら何年も悩んでいる妾がただの阿呆になってしまうな。今日はもう休むが良かろう。――少し先にある岩場に温泉が湧いておる。使うが良い」
と言って、ロリ巫女がさっきの捕食者の笑みを浮かべた――ように見えたが、気のせいだと信じよう。いや、信じたいな、うん。
3
行ってみると岩場に白い湯気がこんこんと立ち昇っていた。満天の星空の下に露天風呂。現代だったら最高のロケーションだ。
「辿り着くまでがクソ寒いけどね」
連也が苦笑いして着物を脱ぎ始める。脱衣場なんて洒落たものは無いので適当な岩の上に置き、重石代わりに刀を置いた。
ってか、コイツ、アスリートって感じのいい体してんな~。平成の世だったらショタ好きなお姉さん達がほっとかないぞ、きっと。
それに比べて俺は……。
「どうしたの、四郎兄ちゃん?」
「何でもないです……」
「何故、敬語?」
俺も脱いで、掛け湯をして湯に入る。熱さが肌を刺すようだが、肩まで浸かり息を吐くと段々、肉体が弛緩していくのが感じられた。
ふぅ……。
「四郎兄ちゃん、オッサンくさい」
「うるせえ」
俺とコイツじゃサービス・シーンにもならんが、やっぱり温泉は気持ちいい。旅の間は川で水浴びするぐらいしか出来なかったからな。欲を言えば石鹸やシャンプー、リンスの類もあれば嬉しいんだが……。
「石鹸は確か、戦国時代ぐらいに南蛮人が持ち込んでた気が……。でも、高価なんだろうな、きっと」
歴史逆行ものでお馴染みの知識チートよろしく、作ってみるか? 廃油に苛性ソーダ混ぜるんだっけ? ……苛性ソーダって、どうやって作るんだ?? そもそも廃油使ってる時点で肌が荒れそうな気も。
あ、米糠石鹸ならどうだ? 水と重曹に米糠で……いやいや、重曹、どうすんだよ?
「化学もちゃんと勉強しとくんだった……」
勉強って大事だね。こうなってみると沁々思うよ。
「……」
連也が怪訝な表情している。「――さっきから何ブツブツ言ってんの? 怖いんだけど」
「悪かったな。いや、数百年後の世だと武蔵様って剣聖と崇められてるんだが、そのせいか色んな伝説がまことしやかにあるんだよ」
「ふむふむ」
「その中に『風呂嫌いだった』ってのがあってな。でも武蔵様、島原に出陣する直前まで吉原に居たって、本人が言ってたし、あの町に居て風呂に入らない訳ないしな……」
「ああ、それ多分、警戒して行水で済ませてた時期があるって意味だと思うよ?」
警戒? ……湯あたりを??
「いやいや、湯あたりじゃなくて……親父に聞いた話だけど、吉岡一門をブッ倒して武蔵様の名前は一躍世間に轟いたじゃん。その後、一門の復讐を誓う者や功名狙いの奴等にウザったいほど付け回されたらしいの」
ほお。
「風呂に入るにしたって、湯に浸かるにしたって、刀持参でって訳いかないじゃん? そんな事したら刀が駄目になっちゃう。だからと言って裸のところ狙われて、敵に一太刀も浴びせずに死んだら恥だし、警戒して川での水浴びで済ませてたんじゃないかな? 後、漂泊の旅だから単純に銭が無かった、ってのもあると思う」
ああ、そういう事か。
でも、やっぱり苦労してんだな、あの方も。
……んん? 今、連也、妙な言い回ししなかったか??
「風呂に入ると、湯に浸かるって……同じ事だろう?」
「うん?」
お湯の熱さで顔が赤くなり始めた連也が「何言ってんだ、コイツ?」って顔をする。
「駄目だッ! 熱いッ! もう上がる!!」
連也が湯を波立たせて立ち上がり、岩場に出て手拭いっで体を拭き始める。
「お、おい、連也?」
「じゃ、お休み~。四郎兄ちゃんも早く上がった方がいいよ……多分」
着物を適当に着て、スタスタと去って行く。どうしたんだ、一体?
「……俺、何か奴を怒らせるようなこと言ったか?」
「いや、きっと剣士としての直感で妾の気配を察したのであろう。流石、柳生新陰流」
え?
声のした方に振り返ると、暗闇の中にロリ巫女が立っていた。例の捕食者の笑みを浮かべ、そそくさと装束を脱ぎ始める。
「こ、小太郎様?」
年相応の膨らみかけの胸を隠すどころか堂々とさらし、湯の中に入って来る。
「何じゃ?」
「いや……その、ね? 男女七歳にして何とか、って……」
「お主の居た世では、男と女は一緒に湯に浸からぬのか? 数百年後の世から来た者よ」
肩まで浸かったロリ巫女が、ふぅ、と色っぽい息を吐く。
「……ッ!? 雪ちゃんから聞いたのか? って、そう言えば雪ちゃんは??」
「おお、ちょっと眠らせ――じゃなかった、居眠りしてたので寝かせてきた。疲れてたのであろうな」
今、眠らせてって言いかけなかったか?
「で、本当なのか? 数百年後の世から来た、と言うのは??」
「本当だ。俺は数百年後の世から来た。魂魄だけだがな。呼ばれた理由も、魂魄を時を遡らせる絡繰りも一切不明。向こうの世で死んだみたいなんだが、目を覚ましたら『天草四郎さま』と呼ばれる身の上だよ」
「……それは何ともはや、数奇な人生じゃのぉ。七つの時に『小太郎』の名を継いだ妾と、どっこいどっこいじゃ」
ケラケラと笑い、何故かロリ巫女がにじり寄って来る。
「おいこら、何故近付く?」
「何を脅える?」
笑みを浮かべたまま、俺の顎に手を当て――これ、もしかして『壁ドン』に並ぶ女子の憧れ、『顎クイ』? ――顔を自分の方に向けさせた。
湯を弾く火照った柔肌……。
吐息に含まれる甘い香り……。
ささやかながらも曲線を描く胸の頂点にある朱鷺色の乳首……。
「い、いや、幼女に浴場で欲情するのは、条例上、良くないわけで……」
「早口言葉か何かか?」
ロリ巫女の澄んだ瞳が俺の顔を覗き込む。「――動くなよ、怨霊」
「……」
顔が段々と近付き、唇ならぬ額が俺の額に当てられる。そして目を瞑り、
「……南都の五重塔のような、高層の建物が幾つも並び……馬より早い鉄の箱が行き交う道……これが数百年後の世か」
囁くように言う。
「まさか、俺の記憶を……『観た』のか?」
「伊達や酔狂で巫女の装束を纏ってる訳ではないぞ。この霊力があるからこそ、妾は当代の『小太郎』に選ばれたのよ」
額を繰っ付けたまま閉じていた目蓋を持ち上げ、なかなかのドヤ顔で語るロリ巫女さま。唇が近いんですが。
「ほぉ、数百年後の世では、家の中に湯に浸かることが出来る部屋があるのか……薪代が馬鹿にならないだろうに」
いや、吐息がね……。
吐息が……。
「――私を眠らせて何やってるんですか、小太郎様、四郎様?」
ヒッ!?




