第三章 5
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編笠を被り直した十兵衛様と甲賀の女が柳生の里方向に去っていった。
連也が、ふぅ、と息を吐く。緊張してたのか、お前? 俺には遠足にやって来た小学生並みのハイテンションに見えたんだが。
雪ちゃんが、四郎様、と凛とした声で俺を呼ぶ。
「我々も出発しましょう」
だね。コクリと頷き、松尾少年に顔を向ける。
「え~と、甚七郎……くん、だっけ? この爺さんは元小西家の浪人で、若い頃は南蛮まで行った苦労人なんだ。死んだ後ぐらいはゆっくり眠らせてやりたい。あまり人の来ない、静かなところに埋葬したいんだが、どこかいい場所はないか?」
「へぇ~、おいらを信用するんだ? おいらが埋めといてやるよ、って言いつつそこらに放り捨てて野犬の餌にするかも知れないぜ?」
松尾少年がニヤリと笑う。何だ、このクソガキ?
と、雪ちゃんが俺を制して微笑んでみせた。
「雪ちゃん?」
「四郎様、ここは私が。――身元不明の遺体が発見されたら、結局、役人が出張って騒ぎになる。そして遺体の主が隠れ切支丹だと知られたら、藤堂藩も幕府の手前、伊賀にそれなりの対処をしなくてはならないだろう。例えば他に切支丹が潜伏してないか人別改めを行うなど、役人をこの地にウロウロさせることになる訳だ。結果……」
「結果?」
松尾少年が小首を傾げてみせる。
「……少年、君が警備を担当している隠し田だか隠し畑がばれるな」
隠し田!
ニヤニヤ笑っていた少年の瞳が鋭いものに切り替わった。
「何故、判りました?」
「しきりに我等をこの地より去らせたがったこと、特に隠密の噂がある柳生十兵衛様をだ。そして田畑を荒らす獣対策として笛を持ってること、かな? それで思い出した。大権現様より伊賀衆が頂いた土地に『穏田』があったなって」
おんでん?
おでん屋さんか何かか?
「四郎様、何か変なこと考えてません? ――地名の由来は幾つかありますが、その中の一つに『隠し田の偏を変えたもの』ってのがあるんです」
どっかで聞いたことあるような……?
「あぁ、渋谷の穏田神社か」
パチン、と手を鳴らす。平成の世で学生やってた頃、江戸の風水と呪術結界を調べた女性作家の『魔方陣三部作』読んで影響受け、俺も地図とにらめっこして関東の寺社を色々調べたんだわ。
「神社? あそこにあるのは第六天社ですよ??」
「第六天社? あ、明治の神仏分離で……後で説明しますよ」
第六天社ってのは正直、俺もよく判らない。何故か西日本では見られず関東に多く存在し、名前から仏教の第六天魔王(欲界の頂点である他化自在天)を連想させるが、これは昔の神仏習合の影響らしく、明治の神仏分離からは神代七代の六代目、面足命・惶根命を祀ってる。が、場所によっては高御産巣日神を祀ってたりして……ほんと、訳判らない。
因みに西日本に無いのは、かの織田信長公が第六天魔王を自称してたことから、秀吉がその祟りを畏れて無くしたんじゃないかと言われている。本当か?
雪ちゃんが微笑んでみせる。何か、妙に迫力ある笑顔だ。
「伊賀の地に入った我々を監視してたのも、隠し畑を探りに来た密偵かどうか判らなかったから――だろう、少年?」
「……尾張柳生の若様を連れてる時点で、その可能性は低いと思いましたよ。柳生家も昔、隠し畑を摘発されて苦労してましたから」
松尾少年が肩を竦め、爺さんに向かって片手で拝む仕草をした。「――さて、この老人は自分が埋葬しときます。貴方達もとっとと伊賀から立ち去って下さい」
もう少しオブラートに包めよ、クソガキ。
俺は爺さんの白髪を少し切り取り、それを懐紙に包んで懐に収めた。
「じゃあな、爺さん。来世が本当にあるならまた会おう」
涙がこぼれそうになるのを必死に耐え、俺は雪ちゃんと連也を促し伊賀から立ち去った。
水戸光国サイド 寛永15年(1638年) 十月某日 諏訪高島城
1
「チハッす」
「若様……貴方は仮にも東照大権現様のお孫なのですぞ。判っておられるのですか、“水戸光国”殿?」
俺の軽い挨拶に城主の諏訪殿が苦笑いとも諦めの境地とも言える微妙な表情を浮かべた。後ろに控えてる家老さんは頭抱えてる。
「ん~、吉原の女達は『気さくでいい』って皆、喜ぶんですがね」
「よ、吉原……」
家老さん、呆然としちゃったよ。
諏訪殿は大きく溜め息を吐き、
「……駄目だコイツ、早く何とかしないと……」
「ん? 何です??」
「いえ、こちらの話です。――で、今日の御用件は……やはり南丸の御方に?」
「ええ。あ、これは警護役の皆さんへの差し入れの酒です」
運ばせてきた酒二樽を手で示す。来る度に土産として差し入れてるのは、現在、この城の南丸に寝起きしている叔父上への待遇が少しでも良くなるよう、慮っての事だ。自害されるのをおそれ、髭を剃る為の剃刀一つ与えない決まりだと聞いた時は……ほんと、コイツ等まとめて叩っ斬ってやろうかと思ったよ。
……いや、やんないけどさ。
家老さんが棒読み口調で、有難うございます、と言った。うん、まったくもって有難くなさそうだね。
「諏訪殿と家老さんには、これを……」
懐から白い紙袋を取り出す。
「それは?」
「今、江戸で流行ってる“長命丸”です」
「ちょ、長命……丸??」
お、諏訪殿の目の色が変わった。噂ぐらいは聞いてるらしい。なかなか手に入らないんだから、大事に使って下さいね。
(作者注。江戸時代に流行した精力剤です。元は疲労回復の薬だったらしいのですが、江戸時代、日本初の大人の玩具専門店“四ツ目屋”が現代で言うところのバイアグラ的効果を謳って取り扱い、大ヒット。成分は蝦蟇の油に芥子、丹だとか。……薬というより薬物とか毒物の類じゃねえのか、コレ? とツッコんだら負けです。
これの死者や中毒患者が大量発生したという資料が見当たらないらしく、みんな、話のタネに一回試しただけか、案外、全然違う成分だったんじゃないか、と物の本には書かれています。)
使い方は御存知で?
「確か、水で溶いて刷毛で男のアレに塗りたくる……だったか? 噂は聞いてますよ。有難く頂戴しましょう」
諏訪殿が家老さんに顔を向ける。と、家老さんはコクリと頷き懐から錠前の鍵を差し出した。有難くそれを受け取り、代わりに薬の入った袋を渡す。
「お借りします」
鍵を手で弄びながらヒョコヒョコと南丸に向かう。
――あ、そうだ。
「いつも通り、俺が来たことは幕府の連中に内緒で」
「承知してます。難癖付けられて諏訪家を潰したくないですからな」
家老さんが肩を竦めて苦笑いを浮かべる。あれ? 俺、今……嫌味言われた??




