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第三章 2




          2




 義仙様に頼んで大きめの盥を用意してもらい、そこに水を張って一枚の板を三つに割ったものを浮かべる。

「皆さんは山の噴火を見たことがありますか? 岩がドロドロと溶けて出来たような火の川が山の天辺から流れてくるんですが……」

「実際には目撃したことないが天正の浅間山噴火の話は聞いたことあるぞ」

 沢庵様が興味深そうに盥を眺める。

「この大地を深く深く掘っていけば、火の川……溶岩が蠢いてます」

「何だと?」

「冬に童がやる“おしくらまんじゅう”を思い出して下さい。体をぶつけあい、擦り合わせていけば熱くなりますよね? あれと同じで大地も奥に……下に行けば行くほど熱く、やがてドロドロと溶けていくんですよ」

「つまり……ドロドロと溶けて流れる火の川が盥の水、木の板が大地、そういう見立てか?」

 義仙様が小首を傾げる。板は太平洋プレートとかフィリピン海プレートの見立てなんだが……まあ、いいか。

「ええ。そう考えてくれて結構です。海は大地の巨大な窪みに水が溜まったとでも。――それでですが、地震が起きる理屈はこの板と板のぶつかってる部分が安定してないからと考えて下さい。火の川は常に流れてるが故にその上の板、大地も微細に揺れると」

 活断層は……説明すると長くなるから無しだな。

 ジッと水面に浮かぶ板を睨んでた甚五郎さんが盥を軽く蹴って波立たせる。板が揺れてぶつかり、水飛沫が跳ねた。

「そして時折りデカいのが、ドンッ、と来る訳か。つまり、兄ちゃんが言う『対策』ってのは何だい?」

「……」

 木の板を盥から掬い上げ二片を縦に地面に突き刺し、その上に橋を渡すように一片を置いた。

 雪ちゃんが小首を傾げる。

「地震いで建物が潰れる……つまり揺れで屋根を支え切れなくなり、その重みで潰れてしまう訳ですよね? ならば柱を太くしたり、数を増やしたりすれば……」

「柱を太く、か……。出雲の金輪御造営差図のように木の幹を三本まとめて箍でくくるか? そんな銭のかかる建物、貧乏人には無理だぜ」

 甚五郎さんが肩を竦めてみせる。

「……雪ちゃんの意見は半分正解。広い建物なら乗せる屋根も大きいって事だから当然重い。『これぐらいの重さなら柱は何本あった方がいい』って目安は必要だと思う」

 この時代、耐震基準なんて決まりは無いからね。

「ならば、もう半分というのは?」

「屋根を支えるのは……」

 しゃがみこんで地面に刺した縦の板を指でチョンチョンと突く。「――柱だけじゃないでしょう?」

「成程、壁かッ!」

 沢庵さんがポンと両手を叩いた。

 地面に四角形を描く。

「これを通常の壁と思って下さい。しかし、これは……」

「たわみやすい、だな」

 俺の横に甚五郎さんが来て、四角形の横に平行四辺形に似た歪んだ四角形を描く。

「ええ、ですから斜めにもう一本、線を増やします。『斜交はすかい』と言って、これをやると丈夫さが段違いになるらしいんですよ。ただ、俺も聞いた話なんで詳しくは……」

「ふむ。それを俺に確かめろ、と言う訳だな。一本増やすだけで丈夫になるなら二本渡したら、いや、いっそ梁を……」

 甚五郎さんが顎に手をあててブツブツ呟き出した。そう言えば、斜交いって一本だっけ? 二本だっけ? 細かい定義までは知らん。

「壁と柱が多い屋敷か……。何か住みにくそうに思えるがなぁ」

「そこは図面引く奴の腕さね」

 義仙様のツッコミに甚五郎さんが笑みを浮かべて返す。「――知ってるかい、義仙様? 地震い対策の最高傑作は聖徳太子様のお寺に建つ五重塔なんだよ」

「太子様の? もしかして法隆寺に建つ塔のことか、名人?」

「ああ、あの塔は大地が揺れたら一緒に揺れるんだ。それでいて倒れない。まさに『柳に雪折れ無し』を実現した建物なんだよ。柳生のお人に言うのもアレだがね」

 耐震建築の理想とか教科書って言う学者も居ますね、平成の世にだけど。

 いまいち『大地と一緒に揺れる』がイメージ出来ない雪ちゃんに、やじろべえを作って彼女の白くほっそりとした人差し指に乗せてあげる。揺れながらも指から落ちないやじろべえに雪ちゃんが「おお」と感動している。

「成程! 凄いです、四郎様!!」

 すいません、やじろべえの例えはその学者さんがネットで書いてたんです。そんな尊敬の眼差しで俺を見詰めないで。

「でも、こんだけ揺れると……住みづらくないか、兄ちゃん?」

 連也がなかなか鋭いツッコミをする。うむ、だから専門家に任せるんだよ。

 一方、地面に描かれた斜交いの説明図を睨んでた甚五郎さんはおもむろに立ち上がると、ニヤニヤ笑って俺の肩を叩き出した。飲み屋に居そうだな、こういうノリの親父。

「面白い! 是非ともこの斜交いとやら研究させてくれ。その為の銭は出してくれるんだろう?」

「沢庵様と一緒に尾張様か紀州様のところに行くんですよね? 手紙書きますんで、それ持って『島原の怨霊から地震い対策の研究するようお告げを受けた』とでも言って下さい。色々と協力してくれると思います」

「承知した。あの五重塔みたいに地震いにも風雪にも耐えて何百年も残る建物を造ってやる。俺の夢だったんだ」

 いやいやいやいや、さっきも言ったけど貴方の名前と彫刻は何百年も残ってますから。ただ、彫刻が有名過ぎて大工じゃなくて彫刻職人だったんじゃ……とも言われてるけど。

 ま、それはともかく名人左甚五郎ゲットだ。

 体に感じるか感じないか問わなければ、日本はそれこそ毎日地震が起きている。ただ、俺の記憶が確かなら1662年に大地震が二つ(機内・丹後・東海西部地震と日向・大隈地震)起き、更にその三年後、越後高田大地震が発生している筈なんだ。

 この世界線で同じ地震が起きるか不明だが、被害を減らせるものなら手を打っとくべきだろう。特に越後高田大地震は後の“越後騒動”の伏線だからな。歴史小説でもマニアック過ぎて扱われない事件だが、介入出来るものなら介入したい。悪役にされた小栗美作って後の田沼に通じるものを感じるんだよ。

「……四郎様、四郎様」

 雪ちゃんが俺の耳に口を近付け、小声で囁く。吐息がこそばゆい。

「ぅあん♪」

「変な声出さないで下さい。――四郎様、手紙書くって……私か宗意軒殿にいつも代読・代筆させてるじゃないですか? 四郎様、書けるんですか?」

「あ……」

 俺、行書ならともかく草書体は読むのも書くのも無理だ。だから島原で乱の起きる直前まで活版印刷を研究してたんだし。……まあ、イソップ物語を何部か刷ったところでタイムリミットになっちまったが。

 ……あれ? そう言えばこの話を聞いた天海僧正が確か、何とか経を木版画印刷してなかったっけ?? 





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