第三章 1
第三章 ――未来知識――
天草四郎サイド 寛永15年(1638年)8月某日 奈良 柳生ノ庄
1
俺の自己紹介に義仙様と沢庵様、それから職人風の老人――おそらく東照宮の彫刻で名高い名人左甚五郎――が絶句して固まってしまった。
「……ッ!」
いち早く再起動したのは義仙様だった。さすが柳生の血族というべきか。
持仏堂の縁側に立て掛けてあった錫杖を取ると、大きく振りかぶって俺に襲い掛かって来る。
「ウオッ!?」
「兄ちゃんッ!!」
連也が慌てて俺の裾を掴んで後方に引っ張った。
たたらを踏む俺の眼前を落雷のごとき一撃が走る。先端が地面に食い込んでるぞ。
「……切支丹の怨霊とは珍しい。俺の前に現れたのも何かの縁だ。冥府魔道に送り返してやろう」
義仙様がニヤリと笑い、錫杖を下段に構えた。言葉で止まるかな、この人? 結構、やばいかも。
「義仙兄ちゃん、落ち着いて! この怨霊の兄ちゃんの話には尾張と紀州のお殿様が興味を示してるの! 殺しちゃ柳生家が怒られちゃう!!」
「何?」
義仙様が顔をしかめた。
「待て、義仙」
するりと沢庵様が人懐っこい笑みを浮かべて前に出て来る。「――確か十兵衛は、江戸の但馬からの手紙で呼び出されたと、お主言ってたな?」
「え、ええ……。島原で伊豆様が天草四郎抹殺の為に甲賀衆を送り込んだが、何故か新免武蔵殿が現れ無礼討ちにした、と。そして乱の数日後、武蔵殿は数名の供を連れ京に姿を見せたとか。不穏な気配があるから兄者の手を借りたい、と」
「ふむ。――怨霊、御三家に何を言って取り憑いた?」
「飢饉です。これから数百年は語り継がれるような大飢饉が来ます。どうか沢庵様、義仙様、左甚五郎様、餓死する民を少しでも減らす為、我々の話を聞いて貰えませんか?」
――
飢饉についてはこの三人も気配を感じ取っていたようで、うむ、と両手を組んで考え込んでしまった。禅僧二人に七道往来の職人さん、流石である。
しかし……、
「お主が数百年後の世から来たなど世迷言、そう簡単に信じる訳には行かぬぞ?」
義仙様が胡散臭そうに俺を見詰める。やっぱりか。
「幕府が15代で終わるなど、面白い話ではあるがな。柳営の馬鹿共に聞かせてやりたいくらいだ」
沢庵様がケラケラ笑う。もう、流石としか言いようない台詞だな。
「一ついいかい、沢庵様? 俺としては何で怨霊の兄ちゃんが俺っちの名前を知っていたか気になってしょうがないんだが」
縁側に腰を下ろして煙管を咥え始めた甚五郎さんがプカリと煙りを吐き出す。
「確かに。まあ、東照宮建築で名人の名前は古えの運慶のごとく歴史に刻まれたからな。この怨霊が本当に数百年後の世から来たのなら、知っていてもおかしくはあるまい」
「お認めになるのですか、和尚?」
沢庵様の言葉に義仙様が慌てる。
う~ん……。
「名人の名が称号として残るんですよ。自他共に名人の域に達したと認められる職人さんは、誰言うとなく『何代目左甚五郎』って呼ばれるようになります」
「ほう、どこぞの忍びみたいだな」
「ああ、三代目服部半蔵や五代目風魔小太郎ってのと同じノリか」
甚五郎さんが肩を竦める。「――もっとも、後者は盗賊に身をやつしたがな」
ええ、お陰で初代左甚五郎の生没年がはっきりしなくて後世の歴史学者、悩みまくりですよ。
里の人の話してた、大工の棟梁、猫、というキーワードから東照宮の眠り猫を連想したことを話すと「ああ、あれか」と甚五郎さんが苦笑いして納得した。
「あれ、大僧正の仕掛けた封じの一つなんだよ」
「封じ?」
「裏に雀が飛んでるだろう? 二羽、向かい合う感じに。あれ、家紋にしたら……」
雀の家紋? 雀って言ったら竹に雀の……伊達??
甚五郎さんがニヤリと口の端を持ち上げる。
「今、思い浮かべた名前、声に出すなよ? ――で、表が牡丹に猫だ。猫は『寝る子』に通じるから、眠ってるが……猫をバカでかくすれば虎だろ? 大権現さまの干支は虎なんだよ」
「おお、確かに!」
宗意軒の爺さんがポンと両手を鳴らす。「――そして、虎と獅子を置き換え可能とするなら獅子に牡丹、摂津源氏の暗示ですな。確か、大僧正殿にまつわる噂の一つに……」
「御老人、大僧正と同じ仏門の者として頼む。そっから先は口にしないでくれ。かの御方は徳川家の守り神ともいうべき方。裏切者の汚名を着る者では困るのだ」
沢庵さんが片手で拝むような仕草ををしてみせた。
コイツ等……今さらっと、とんでもない事を口にしなかったか??
確か、天海僧正ってまだ生きてる筈――うん、スルーしよう。怖いし。
俺と同じことを考えたか、両腕を組んで考えをまとめてたらしい義仙様が口を開いた。
「おい、怨霊? それでこれからどうするつもりなんだ??」
「まずは飢饉対策です。現在、生育の早い作物を両藩の伝手を頼って探してもらってます。見つかりしだい、それを大量に育てて飢え死にする者を一人でも減らします」
「ふむ。で?」
「これをやるには身分の垣根を越えて武士も商人も職人も、そして農民も連携しなければなりません。例えるなら、藩の総力を挙げて関ケ原に挑むようなものです。沢庵様、義仙様、勝つ為にお二人も協力して貰えませんか?」
「具体的には?」
と、沢庵さん。
「『人は飢える前には戦うものだ』ってのはマッカーサーの言葉ですけど、身内や顔見知りを殺して食べ物を奪う“獣”になってはおしまいでしょう。武家に禅があるなら、商人や職人、農民にも禅があってもいい筈。彼等の心が病まないように、道を……人としての道を説いてあげて欲しい」
「まか? よく判らんが……人としての道、か。まさか怨霊に道を説かれるとは思わんかったが」
苦笑いしながら義仙様が連也の頭を撫でる。
「義仙兄ちゃん?」
「……連也、お前は武者修行がてら怨霊の警護役か?」
「うん。場数踏まないとお袋には勝てないし。で、京の烏丸様が亡くなったって耳にしたからここに来たんだけど……義仙兄ちゃん、何か掴んでない? 四郎兄ちゃん達、つい何日前か前に烏丸様に会ってるんだって」
「父親じゃなく、あくまでも目標はお袋さんなんだな、お前は。――死人の天草四郎がここに居るんだ。影響受けて、自分も死んだことにして何か企んでるんじゃないのか? あの爺さんならそれ位やりかねんぞ」
成程。その可能性はあるか。……どうでもいいが評判悪すぎだろう、烏丸老。
「四郎様、道教で言う『尸解仙』というやつですよ」
宗意軒の爺さんが顎に手を当て、謎を解いた名探偵みたいな表情で言う。尸解仙……レベル1の仙人って奴だよな? ああ、死を偽装して社会とのしがらみを断った奴をそう言うのか。
トントン、と煙管から灰を捨てた甚五郎さんが煙草を詰め替える。
「……で、沢庵様、怨霊の兄ちゃんに協力しますんで?」
「尾張様と紀州様にお逢いしてからだな。確かに飢饉の気配はある。対策は必要だろう。わずかな食べ物を巡って村の中で殺し合いするなど……修羅の世にする訳にはいかぬ」
まあ、じゃからと言って怨霊と僧侶が手を結ぶなど出来ぬがな――と、沢庵様がケラケラと笑った。飢饉には対処する、しかしそれ以外の事は敵にも味方にもならぬ、という意味かな。
「ふうむ……なら俺っちはどうしましょうかね」
プカリ、と甚五郎さんの煙管から紫煙が浮かぶ。
ふむ。
「なら甚五郎さん。地震い対策を研究してみませんか?」




