序 2
ピクシブに昔書いた小説『アサッシン・ゲーム』があります。
ちょっとだけ未来の日本を舞台に、元テロリストの少女が銃をバンバン撃ちまくるガン・アクションです。もし見掛けたら、よろしくお願いします。
――再び寛永15年 原城
……あの後、俺の様子がおかしい事を見抜いた老人――名は森宗意軒と名乗った。あの小説だと黒幕の爺さんである――にだけ素性を話した。
まあ、村の皆が怪我や病気した時の応急処置から始まって、田畑の肥料に鶏糞や砕いた貝殻を使うよう指示したり、苗の植え方も適当じゃなく碁盤の目にように縦横に縄を張ってポイントを決めてからにしろと――確か、条里制とか言ったっけ? ――現代知識をフル活用すれば怪しまれて当然なんだが。
爺さんは俺が未来の記憶を持ってる事をあっさり信じた。若い頃に南蛮まで行った事があるとかで、自分の常識が通じない現実が存在するのを肌で知ってるようだった。
「……我々の起こす一揆は負け、ですか。そして幕府に内通してた裏切り者を残して全員殺される、と……」
それから決起を避けられないか試行錯誤しつつ、最悪を想定して食料を蓄えながら武器弾薬の改造に取り掛かった。お陰で史実より多少は食料に余裕があったが、矢張り戦況を引っ繰り返すまでは無理だった。
「……ちきしょう、やっぱりガトリング・ガンも作るべきだったか」
「がとりんぐ? 何ですか、それは??」
「ああ。15代将軍の頃、幕府は崩壊するって話したよな? その時代に登場した新兵器でね。銃身を何本も束ねて順繰りに射撃――つまり連続射撃を可能にしてる。早い話、前方に大量の弾丸をばら撒いてそこに居る敵兵を文字通り蜂の巣にするんだ」
俺の説明に爺さんが、ほお、と呟く。
「――15代将軍の時に幕府は崩壊する……ですか。興味深い話です。詳しく聞かせて頂けますか?」
「誰だッ!」
窓から見てる限り、この掘っ立て小屋――にしか見えないが一応教会で、俺の寝起きする場所――に近付く者は居なかった筈。
扉が軋みながら開き、涼しげな眼をした総髪の青年と白いものが混ざり始めた髪を無造作に結った老人が入って来る。この時代の人間にしては珍しく、妙に体格のいい老人だ。現代だとスポーツ選手――いや、格闘技やってるような……。
「始めまして。由比民部之介と言います。こちらは自分に剣の手ほどきをしてくれた方の先生であらせられる新免武蔵様です。この泰平の世に幕府へ叛旗を翻した人物の顔を見てみたくてお邪魔しました」
由比……民部之介……だと?
「も、もしかして……江戸は榎坂で軍学道場やってる由比……正雪? それに新免武蔵さまって……あの二天一流の宮本武蔵……さま??」
「何故、自分の号を?」
正雪が目を丸くする。武蔵は鷹のような鋭い眼を更に細めた。
俺は頭を掻き、横の爺さんに視線を向けた。
「四郎様のなさりたいように。我等はどうせ死ぬ身。後は野となれ山となれ、です」
爺さんがニコリと微笑む。まったく……かなわんな、爺さんには。
「由比正雪――駿河の紺屋の息子と言われているが、詳細は不明。江戸で楠不伝の弟子となり、その私塾を継ぐ形で軍学道場の主となる。そして……」
一度、言葉を切り正雪を見詰める。よくよく見ると線の細い男だな。
「そして? そして何でしょう??」
「江戸に溢れかえる浪人達を見捨てておけず、幕府に政治の方針転換を何度も提言するが無視され、逆に危険人物として監視対象となる。業を煮やしたアンタは三代将軍が亡くなり四代目が擁立される政治的空白期に叛乱を起こす事を計画。江戸、駿府、大坂……と各都市で同時に決起する予定だったが、入り込んでた密偵達によって暴露され……アンタは仲間達と共に自害……」
「なっ!?」
さすがに唖然とする正雪。確かに、これがアンタの未来だよ、と語られたら俺だって「お前、中二病か?」と突っ込むだろう。
武蔵が一歩前に足を出す。
「お主……妖しか? それとも未然の景が見れるのか?? 古えの聖徳太子のように……」
「太平記にある、楠正成公が四天王寺で読んだというあれですね。残念ながら違います。俺は、時の坂を転げ落ちて来たんですよ。例えるなら太平記を読まれた武蔵様が……神仏の導きか、はたまた魔性の悪戯か、坂を転げ落ちた先で最期の戦いに赴く寸前の正成公に出会ったような感じです」
「ッ!?」
「馬鹿なッ??」
まあ、信じられないだろうな。
俺は肩を竦め、武蔵の二天一流は数百年後の未来まで細々とだが確実に伝えられている事、そして武蔵は伝説的なまでの強さを誇った剣聖として崇拝されている事を話した。
……クローン技術で復活してバ○と戦う、とまでは言うまい。
「信じ難い話だが、悪い気はしないな」
武蔵の唇の端がわずかだが持ち上がる。微笑んだのか?
正雪はフムと頷き口を開いた。
「未来を知っているというなら、この結末は避けられたのではないのですか? いや、上手く立ち回れば勝利する事も……」
それに答えたのは爺さんだった。
「準備期間が足りませんでした。四郎様より戦の流れを聞き、何とか籠城に耐えられるように兵糧を一年分掻き集めるのが精一杯で……。もう少し時があれば四郎様の言う『がとりんぐ』なる連発する鉄砲を作って、幕府軍の奴等を皆殺しにしてやったのですが」
「爺さん爺さん、それ、敬虔な切支丹の言う台詞じゃねえよ」
俺が苦笑いすると爺さんも、カカッ、と大笑いする。
血の気が引いて紙のように白くなった正雪が、連発する鉄砲、と呟いた。
「そんなものが数百年後の世にはあるのですか……」
「異国で造られたものですがね。この国は他国との付き合いをギリギリまで減らす方向に舵を切りました。武蔵様ならお判りになるでしょう。切磋琢磨し続ける剣術と、ただ型を次の世代に伝える事のみになってしまった剣術では、どちらが強いか……」
「そういう事か……」
武蔵が瞑目するように天を仰ぐ。「――15代。足利幕府も15代だ。そんなものだろう」
う~ん……。武士の――剣の世が終わる事を直感してるのかも。
正雪は唇を噛み締めると俺の正面まで来た。
「どうでしょう。私の主に会って頂けませんか、四郎さま?」
「あるじ??」
正雪の主? 居たっけ、そんな奴??
う~ん……俺はここで皆と一緒に死ぬつもりなんだけどなぁ。
と、唐突に扉が蹴り破られた。
「一揆軍総大将、天草四郎ッ! そして軍師の森宗意軒とお見受けするッ!! その首、貰い受ける」