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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
第二章 ――乙女と剣の家の者と――
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第二章 5


 鴻池善右衛門サイド 寛永15年(1638年) 7月某日 大坂




「……何やとッ!?」

 この小僧、今何と言うた? 天草……しろう、じゃと??

 昨日、対面を申し込まれた際に託された書状は尾張公からのものじゃった。それだけでも尋常ではないというのに……。あの切支丹一揆の総大将じゃと言うのか??

 由比とやらを通して語った米相場の運用方法は、漠然とだが我等が考え始めてたものの完成形と思えるものだった。それは認める。認めよう。……が、奴が言うに動き出したこの仕組みは、八代将軍の御世、幕府によって潰されるという。

 未来が見える? 伴天連の魔法か??

 畏れながら――とお上に訴え出る事も頭にかすめたが無理だろう。天井裏から冷たい殺気が漂って来てる。尾張藩が放った忍びじゃな。任務はこやつ等の監視と……尾張藩の不利になりそうな状況になりしだい関係者の『処理』か。

 出された茶を危なっかしい手つきで飲み、小僧は幕府が十五代で滅びると語る。

「まさかッ!?」

「海千山千の御二方なら想像出来るのではないですか? 十五代も続けば幕府の御金蔵がどうなるか……」

 金ぐら、か。暫し目をつむり考えてみる。

「……空っぽか」

「ええ、幕閣は“生きた金の使い方”(インフラ投資)を知りませんから」

 小僧が言うに、まれに銭の流れについて本能的に理解を示す者が幕閣に連なるが、周囲に足を引っ張られて失脚するらしい。

「ある方は、貨幣とは含まれる金の量によって価値が決まるのではなく、幕府がその価値を保証することで決まるのだ――と喝破しました。ですが、後ろ盾であった要人が失脚すると一緒に幕府から追い出されてしまいます。

 また、ある親子は蝦夷地が北方の異国に対する最前線基地になることに気付き、早急に開拓して幕府の直轄にしようと構想します。つまり、内を固めてから異国と渡り合おうと考えた訳です。更に、ただ米を集めるだけの『年貢』という制度に限界を感じ、商人達を育てて異国の商人とも五分に渡り合える存在にしようと考えます。その上で巨利を得るようになった彼等から新たな税を取ろうとしたのです。が、たまたま起きた火山の噴火を『貴様等の政治が間違ってるから神々が怒ってるのだ!』と彼等親子のせいにされ、仕舞いには息子が殺されて失脚します。

 時流れて幕府の末期、異国の役人達と五分五分の議論をして『これがサムライか!』と称賛された才ある方は、異国の制度をつぶさに研究して我が国に合った形で根付かせようと改革に乗り出します。故に幕府を打ち倒そうと改革の足を引っ張る連中には徹底抗戦を主張してました。そのせいか幕府が倒れた直後、才を理解できぬ者達によってその方は長子ともども処刑されてしまいます。数年後、幕府を倒した者達は自分達がやった改革がその方のやろうとしてたことをなぞっただけに過ぎぬと知り、ある者は呆然となり、また心ある者は鎮魂の為に手を合わせるようになります……」

「……」

 見てきたように語る小僧に連れの者達も唖然としている。

「それが日ノ本の未来か? それで小僧、お主は……いや、尾張公と紀州公は何をやろうとしている??」

「商人が活躍出来る世、それは先に挙げた方達のような銭の流れについて理解を示す方が幕閣に居る事だと思いませんか? だけど、今の流れのままなら俺が『観た』ように彼等は志半ばで失脚する。商は士農工商に於いて、一番下ですから。そしてこの流れが続けば幕府は……」

「潰れる、と……?」

 三井が蒼ざめた表情で呟くように言う。こやつ、こんなに表情に出ていたら交渉事は上手くいかなかろうに。

 苦笑いしつつ、儂は要点をまとめることにした。

「それで小僧? 確かに幕府が潰れる予測は傾聴に値するが、お主は儂達に何を求めているのだ?? お主に協力することで儂等に何の利がある??」

「……尾張公、紀州公は幕府崩壊を避ける為に百年かけて改革への道筋を付けるつもりです。御二方には商人達の筆頭としてこの事業に参加して頂きたい。国家百年ノ計、この言葉の重さは実際に店を差配してる商人の方こそ判るのでは?」

 そして我々への直接的な利として、今まで帳面に記していた勘定の画期的な書き方――複式簿記と言うらしい――と言うものを説明しだした。

「簿記は確か明治に福沢諭吉が紹介してたけど、近江系の商人達の間では似たような発想のものが伝わっていたってネットで読んだような……。三井さん、もしかしてこれ、見たことあります?」

 紙に簡単な図を書き、小僧が意味不明なことを呟く。めいじ? ふくざわ?? ……それを聞いてたのか聞いてなかったのか、三井が紙を見ながらワナワナと震え出した。

「み、三井さん?」

「そ、そうか……こうすれば銭の動きを掴める……ええ、概念的なものなら聞いたことあります。ですが我が邦の数字の書き方では表が間延びして読みづらくなりますね。矢張り南蛮の数字を?」

 小僧がコクリと頷き、紙の隅に、


 零、壱、弐、参、四、五、六、七、八、九、拾、百、千、萬……


 0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、100、1000、10000……


 と書いた。見たことない字だ。

「右は言うまでもなく漢数字。左は天竺にて生まれ、南蛮に広がったアラビア数字と言います。南蛮では他にもギリシャ数字などありますが……そっちはいいかな」

 ふむ。

「漢数字もアラビア数字もどちらも一長一短あります。例えばアラビア数字は第三者に書き換えされる可能性があります。『1』を『4』とかにですね。逆に漢数字は書き換えは難しい」

「ならば、こちらの数字の利点は?」

「一目で数そのものを把握出来る為、桁を揃えれば計算がしやすいという点です」

 と、小僧が実際に紙に書いてみせる。算盤の珠の動きを紙の上で再現してる感じだな。確かに慣れれば便利かも知れん。

 いや……いずれ来たる南蛮との貿易に備えて研究しとけ、そう言っとるのか小僧?


 ――クックックッ、面白い……。


 久し振りに、この老いた体の中の熱が高まってきてる気がする。戦国を生きた武士の血がそうさせるのか、はたまた南蛮との貿易という商売人なら誰もが涎を垂らすであろう儲け話がそうさせるのか。

 クックックッ……。




 天草四郎サイド 同日 大坂




 鴻池の御隠居が肩を震わせて笑い出しそうになるのを必死に噛み殺している。何かマズったか、俺?

 小首を傾げていると、御隠居がニヤリと悪そうな笑みをして「面白い」と言った。

「小僧、お主の頭の中にはまだまだ商売のタネが詰まってそうや。百年かけた改革への投資話、一口乗らせてもらうわ。――ええやろ、三井さん?」

「はい。ですが問題点もありますね」

 ニコリと微笑んだ三井さんが俺等の方に顔を向ける。問題点?

「先程話してた来年の米の値段を決める方法です。出来るだけ大勢の人達に参加して頂くべきですが、貴方の話では博打感覚で手を出す輩が多過ぎて問題になり幕府に潰されてしまうとか。これはどうします?」

 ふむ。先物取引の主旨――値段の乱高下による破産リスクを避ける為――をきちんと理解し賛同してくれる方に限るべきだろうが……。それだと一部の人間による値段の取り決めとか言われて、江戸時代に独占禁止法が生まれちまうかも。それはちょっとシャレにならんな。

 御隠居は肩を竦め、

「何、それなら簡単なことよ。天井裏でお目付として控えてる尾張か紀州の放った忍び殿に参加希望の者達に支払い能力があるか調査して貰えばいい。博打目的の奴は除外し、取引を重ねて信頼出来ると判断出来た者達には改めて話をし、改革への協力を呼びかける」

 と、天井に向かって手招きをする。

 釣られるように天井を見ると隅の板が、ガタリ、とずれて焦げ茶色の装束を着た青年男性が降ってきた。音もなく着地し片膝をついて畏まる。

「え? え? え?」

 唖然とする俺に連也と雪ちゃんが苦笑いした。

「兄ちゃん……。多分、兄ちゃん以外の人間、皆気付いてたから」

「ですね」と雪ちゃん。

 え、うそ? マジっすか??

 落ち着こうとお茶がまだ多少残っていた碗を両手で持って縁に口を付けた。

 ……ふう、お茶が美味しい。

 三井さんが苦笑いを浮かべて口を開く。

「すいません。わても気付いてなかったです。……で、どなたさんです?」

「ハッ、尾張藩に仕える下忍で仁左衛門と申します。四郎殿の陰守りを命じられました」

 錆びた鉄を思わす、まるで歴戦の軍人みたいな渋い声だ。三井さんが「陰守り、ね」と乾いた笑みを浮かべる。

 尾張の忍びで仁左衛門さん、ね……って、んッ? 仁左衛門??


 ブーーーー


 思わずお茶を吹き出した俺を後ろに控えていた武蔵様がポカリと叩いた。

「何をやっている、何を」

 す、すいません。

 ま、まさか……あの伝説の大盗賊のお頭様、降臨ですか?

 連也が「汚ねえなぁ、兄ちゃん」と言い、宗意軒の爺さんは、おやおや、と言いながら懐紙を出して畳を拭いてくれた。本当にごめん。

 ……あれ? あの時代小説の設定では、お頭様の出自は藤堂藩だったような? なら偶然名前が同じってだけ?? そういえば暴れ回る年代は享保、吉宗の時代だし。

 やっぱり別人? でもなぁ……この人、背中に漂わせてるオーラが黒い執事さんか魔法科高校に通う某兄妹のお兄さんってレベルなんだが。

 雪ちゃんがのそりと立ち上がり、庭に面した障子を勢い良く全開にした。

「さすがにこれだけの人数が集まると、ちょっと暑いですね。――さて、隠してることを話してもらいましょうか、四郎様?」

「べ、別に隠すつもりだった訳では……い、いえッ、はい、話しますッ! 話させて下さいッ!」

 笑顔が怖いです、雪ちゃん。

 庭から入ってくるのは涼風の筈なのだが、俺はビクビクと震えながら雲霧仁左衛門の伝説について説明した。焼かず、殺さず、犯さずの三か条を守り、潜入担当である七化けのお千代さんや参謀役の木鼠の吉五郎を手下に、盗んだ後は雲か霧のごとく消え失せて誰にも捕まえる事が出来ない大盗賊団。

 何回も映像化されてるせいか俺も実在の盗賊だと思っていたのだが、歴史研究家の間では非実在説が有力らしい。一応、モデルになった事件はあるのだが、講談や芝居で噂に尾ひれ羽ひれが付いて『伝説の大盗賊』が誕生した、とネットにあった。

「雲か霧のごとく消え失せる大盗賊か……。使えそうだな、鴻池殿?」

 武蔵様がニヤリと笑い、御隠居も頷いてみせた。

「ですな。『大盗賊雲霧仁左衛門』には大坂の町の守護神になってもらいましょ」

 何、このリアル悪代官と越後屋の会話?




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