第二章 3
天草四郎サイド 寛永15年(1638年) 7月某日 大坂堂島
1
俺達は今、大坂に来てます。尾張公に紹介状を書いて貰い、ある人物に会いに来たのです。……決して、「数百年の後、ここにでかい鐘楼(通天閣)や両手を挙げて笑みを浮かべる巨大な人の絵(グ〇コの例の看板)が造られるであろう」とノストラダムスの真似をしに来た訳ではありません。
「誰に向かって言ってるのか判らないけど……で、怨霊のお兄さん、誰に会うんです?」
俺の周りを小犬のようにはしゃぎ回ってる少年がキラキラする瞳でそう言う。人の賑わう都会に出て来たのが嬉しくてしょうがない、そんな感じだ。
「少し落ち着け、連也。田舎者みたいで見ていて切なくなってくる」
武蔵様の苦笑いに爺さんや雪ちゃんもクスリと微笑んで同意する。
ちなみに重さんは京から直接、近江の中江藤樹の元に向かった。簡単に入門を許可してくれる人じゃないから何日でも門前で野宿する覚悟で、とアドバイスしたが……歴史が変わって入門出来ないって無いよな?
一瞬、思考が飛んでた俺の袖を連也が掴み、だってだって、と喚く。
「朝起きてから夜寝るまで俺を木刀で小突き回す親父も、戦場の駆け引きだとか言って木刀構えてる俺に対して弓や薙刀持ち出すお袋も居ないんですよ!! こんな日々を夢想して何度枕を涙で濡らしたことか……」
せ、せつねぇ。ってか、
「弓に薙刀って……連也のお袋さん、巴御前の生まれ変わりか何かか??」
それとも恋〇無双に登場するヒロインの一人とか?
ちなみに俺の嫁は詠だ、と無意識に叫びそうになったが何とか押さえる。そんな俺を見て、横に立ってた雪ちゃんが小首を傾げてみせた。
「うん? 四郎様は御存知ありませんか? 彼の御母堂は関ヶ原で散った猛将島左近殿の娘さんですよ」
「……あッ!」
そうだ。『影武者徳川〇康』に書いてあったわ。すっかり忘れてた。
――柳生連也斎厳包(やぎゅう れんやさい としかね)。
尾張柳生の麒麟児として史実に残る剣の天才。父は柳生兵庫、母は側室となった島左近の娘、珠。女嫌いで有名で結婚どころか女の縫った服さえ着なかったという。
(作者注。彼の幼名は七郎、もしくは七郎兵衛らしいのですが、柳生十兵衛の幼名も七郎の為、ちょっと紛らわしいので作中では彼のことは『連也』と呼びます。)
目の前で、もう生きてる事が楽しくてしょうがないって感じに跳ね回る小動物――じゃなかった、小学六年生が史実に残る女嫌いの天才剣士になるのか……。
正室が産んだ嫡男である兄を立てる為、自分は子を作る訳にいかないと女を絶った、って雑誌で読んだことあるけど……もしかして、単純にお袋さんのせいで女嫌いになったんじゃねえの??
「大体、『戦場にあっては常に一対一とは限らない』とか言って、俺の遊び仲間達に袋竹刀持たせて『七郎に一発打ち込んだら柿一つ上げるわよ!』って言ったんですよ。信じられます?? お陰で集団を相手にする場合、まずバラけさせて各個に撃破するか、狭い一室など連携が取れないような場所に追い込んで地の利を奪い、まとめて薙ぎ払う策を発動するしかない、と六つの時に悟りましたよ」
まとめて薙ぎ払う策って……赤壁の孔明か、お前は?
ククク……。
うん?
武蔵様が……肩を震わせて笑ってるッ!?
「俺が吉岡一門との戦いを経て悟った兵法を六つで会得したか……ククク……」
これ……歴史的に超レアな姿だよな? 雪ちゃんもびっくりしてるし。カメラが無いのが悔やまれるぞ。
俺は連也の頭を掴んで髪をガシガシと掻き回し、
「くじけず生きろよ、未来の大剣豪。――ここに来たのは、大商人達に協力して貰う為だよ。世の中、何をするにしても先立つものが必要だからな」
「おやおや、四郎様の時代でも通じる真理ですか?」
宗意軒の爺さんがニヤリと笑う。
「ああ、金が仇の世の中だったよ」
働けども働けども我が暮らし楽にならず、ってね。
……俺の言葉に何故か武蔵様が深く何度も頷いていた。昔、何かあったんですか?
「会見の約束は明日だから、取り敢えず今日はもう宿に入ろうぜ。――ああ、雪ちゃんは後で俺のところに来て。大商人に会う前に覚えて欲しいことがあるから」
「は、はぁ……?? 何か、物凄~く嫌な予感がしますけど……了解しました」




