第一章 6
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「……常在戦場。武士はその心構えを忘れてはならず、我等、政に関わる者は国家百年ノ計を考えろ――そういう事だな」
紀州公の言葉に俺はコクリと頷いてみせた。俺の居た時代の政治家共に言ってやって下さい。
「俺はなぁ、怨霊。……大坂ノ陣が終わり、泰平の世になってから武士が武芸ではなく算盤にばかり目が行くようになって、『これで本当にいいのか?』って常に考えていた。だから俺は、一流を開いた武芸者を多く招いた」
己の家臣達を優しい目で見詰める。家臣達も嬉しそうな顔だ。だが……だからこそ、この御方は幕府から危険視されるんだよな。将軍よりカリスマがあるから。
「しかし考えてみれば、我等の父祖は領地を発展させると同時に強兵を育て上げたんだ。領地の経営には算盤を使える者も必要であろう。刀を持つから武士ではなく、武士の心を持つからこそ『あれこそ兵よ』と称えられるのだ。蒙が開けた気分だぞ」
「お前らしい結論だな、頼宣」
苦笑いする尾張公。肩を竦め、俺に視線を戻す。「――で、怨霊。お前が望む見返りはそれでいいか?」
「後二つ、所望します」
「何だ? 住まいなどはちゃんと用意するが」
「いえ。……一つ目は島原の真実を」
「……なに??」
訝しげな表情を浮かべる一同。俺は烏丸老に視線を向けて、あの戦いで感じた違和感を説明した。
「原城に入る前、俺は父に反対だと言いました。援軍なき籠城は絶対に負ける。だけど父は『援軍は来る』と自信ありげに言ったんです」
「援軍? 異国の軍隊のことか?? ……しかし」
「ええ、オランダの船は幕府に味方しました。異国じゃないとすると……」
あの戦いは史実と同じ流れを辿った。違うのは俺が重さんを助けた事と、最終日に武蔵様と正雪がやって来た事か。援軍の気配など微塵も無かった。
親父は何を根拠に「援軍は来る」と言ったのか? 爺さんにも訊ねたが、心当たりは無いという。
可能性があるとすれば……。
「幕府を苦々しく思ってる……外様か」
と武蔵様。
コクリと頷く。あくまで可能性――俺の想像だ。
冷静に考えてみれば、この島原ノ乱は最初からおかしいのだ。天草の地に広がってた救世主出現の予言、不作の兆候が見え始めてたのに無茶苦茶な暴政を敷く寺沢・松倉、両領主達。まるで――そう、まるで誰かの書いた脚本のごとく、一揆に向かって『順調に』事が進んでいった。
脚本家は一体誰だ?
「烏丸様。板倉様が『大の陰謀好き』と言う程の貴方だ。何か知りませんか?」
「……心当たりはあるのぉ」
今まで微笑んでいた烏丸老が目を糸のように細め、首を左右に振った。「――だが言えぬ」
「烏丸さま?」
不満そうに口を尖らせる雪ちゃんを「まぁまぁ」と抑える。俺だって素直に話してくれるなんて思っていませんて。
「それはもしかして、高貴なる御方も一枚噛んでるから……という意味ですか?」
「言えぬ」
「俺のこと、秘密裏にその高貴なる御方に話していただけますか?」
「約束は出来ぬぞ。だが、その前に一つ聞かせてくれ。真実を求めるのは、死んでいった者達の復讐の為か?」
「いえ、ただ訊きたいんです。『何故、俺達を切り捨てた』と。――いや、知るべきなんです。生き残った者の責務として」
ってか、約束は出来ぬって……高貴なる御方が一枚噛んでるって予想、当たりだよと言ってるも同然じゃ?
同じように感じたのか、紀州公がニヤリと笑って「おい、怨霊」と言った。
「お主、ある程度の目星は付けているのだろう? 後でそれを俺に言え。根来衆を動かして調査してやる。――それで二つ目は何だ?」
「二つ目は……皆さんの全面協力です。でなければ、この男装お姫様――由比正雪は、石川五右衛門と同等の悪人とされて死んでしまいます」
「なにッ!?」
驚愕する一同の中で、正雪が肩を竦めて笑ってみせた。
「……らしいです」
――
ざっと慶安ノ変の経緯を説明すると、皆が一様に難しい顔をした。有り得る話だな、と板倉様が呟く。
「……今の幕閣は藩を潰し過ぎている。隙あれば御三家にまで牙を向きかねない」
「うむ。――つまり怨霊。お主の言う改革を行い成果を出して、江戸の連中に政策の転換を迫るのが狙い……という訳だな? そうすれば姫を死なせずにすみ、歴史はお主の知るそれと違う道に入り、数万の民が焼け死ぬ未来も回避されると??」
尾張公の言葉に頷く。この人、やっぱり頭がいい。家康の冷静沈着な思考回路を受け継いだのは、この人か。
紀州公の家臣なのか、僧侶の姿をした男が「よろしいか?」と右手を挙げる。
「自分は三輪重政という。一つ確認したいのだが怨霊殿。お主が本当に歴史の流れを知っているとして、何故、島原で負けた? 勝つ策は立てられなかったのか??」
「単純に時間が足りませんでした。兵糧を多めに手配するのが精一杯で……。爺さんは、時を稼いで鉄砲の改良をしたかったらしいですがね」
兵糧を大量に手配して史実より長く戦ってやろうじゃねえか、ちきしょうめ――と気合い入れて硫黄島の栗林中将なみのゲリラ戦を考えていたのだが、原城は一国一城令で廃棄された城、あちこちに穴が開いていたようで幕府軍による総攻撃の直前に忍びが入り込んで結構な量が焼き払われてしまった。有名な、伊豆守が敵兵の死体を解剖して胃袋が空っぽな事から総攻撃を決断するシーン、あれさえ削れたのか怪しい。
……しかし、松平伊豆守って只者じゃないよな。子供の頃から家光に仕えて将来の内閣首班に決定してたし、頭のキレは半端なく、島原で戦の指揮官としての才も示してみせた。しかも俺という異物が居たのに史実と一日のずれもなく一揆を鎮圧って、どんなチートだよ。
思考が飛んでる間に三輪さんが爺さんの側にやって来て、鉄砲の改良について色々と質問していた。……もしかして鉄砲オタクか、この人?
「――連発する鉄砲……だと?」
「ええ。四郎様の居た時代では、鉄砲は掌ぐらいの大きさまで小型化され連発も可能だそうです。狙った的に当たる確率もかなり高いとか。何でも、筒の中に『らいふりんぐ』と呼ばれる螺旋状の溝を入れる絡繰りだとかで……」
「ら、らいふり? それは一体どういう絡繰りだッ??」
……おお、凄い食い付きだぁ。
爺さんが苦笑して肩を竦める。
「細かい絡繰りについては四郎様に訊いて下され」
「丸投げかよ、爺さん」
さすがに突っ込みを入れるが爺さんは涼しい顔だ。逆に三輪さんは俺の両手を取って、目をキラキラさせている。重さんと武蔵様も何だかニヤニヤしているし。
「はぁ。……三輪さん、貴方様は鉄砲の指南役か何かで?」
「四郎様。この方は大坂ノ陣に於いては大坂方に居た鉄砲名人です。その腕に惚れ込んだ紀州公が、戦の後、出家していた三輪殿を強引に……」
雪ちゃんの説明に「……拉致監禁?」と言ったら、紀州公が間髪入れずに「するか馬鹿ッ!」と苦笑いしながら怒鳴った。うん、いいツッコミです紀州公。
「――正確な説明は俺も出来ませんが、聞きかじり程度の話でも良ければ……ですよ、三輪様?」
「構わぬ」
尾張公や紀州公、板倉様も聞きたいというので、半紙を数枚用意して貰ってクルクルと丸め、五本の筒を作った。
「簡単ですがこれを鉄砲の銃身――五丁の鉄砲と考えて下さい。一発撃つのに時間がかかるという欠点を克服するのに、まず考えられたのが……」
筒をまとめて根元を持ち、五本を扇状に広げる。
「この『あひるの足』と呼ばれる鉄砲です。端から順に撃ったらいいんじゃないか、という発想ですね。でも、撃つ絡繰り部分――火皿とか引き鉄とか――が一つなので、引き鉄を引くと五発まとめて発射される事が判りました。想定していた連射とは違いますが、鶴翼など広い場所に布陣する複数をまとめて倒す場合は有効なので、これはこれで研究を続けることになりました」
「成程。でも、これだと支え用に台座を作って固定しないと、重さや反動が大きくならないか?」
「ええ。まさに。だから持ち運びしやすい小型化、軽量化が研究されて最終的に掌ほどの大きさの鉄砲が作られた訳です」
三輪さんが何度もフムフムと頷いてる。
次に俺は筒を一纏めにして持ち、
「扇の次に考えられたのがこれ、蓮根の化物みたいな絡繰りです。一発撃つごとに銃身が回転して次の弾丸を撃つ。しかし、五発で終わったら意味ないので弾丸を次々と装填出来るよう、ガン・ベルト――弾丸を数珠繋ぎにしたものが考えられました」
早い話、幕末に登場したガトリングだ。これもデカイんだよなぁ。
が、三輪さんは『数珠繋ぎにした弾丸』で小首を傾げていた。
「玉を……数珠繋ぎか? それは文字通り、数珠ではないか??」
「ん? ……あ、この時代、弾丸は鉄の玉っころでしたっけ?? 早合ですよ。俺の時代は紙ではなく薄い鉄で作った早合なんです。先端を尖らせたね」
「先端を……ふむ、矢の先みたいな感じだな? しかし、それで火縄で発射できるものなのか??」
「ああ、火縄でなくフリント・ロック――火打石の原理です」
右の人差し指を鉤状に曲げ、左の拳にぶつけてみせる。
「これで鉄の早合のお尻の部分が破れ、生じた火花が火薬を爆発させ……です」
正確には火打石方式から雷管方式へ発展するのが鉄砲の歴史で、今の説明だと火打石方式ではなく雷管方式に近い。
実際、日本では火打石方式は全然流行らず、すぐに雷管方式に移行しちまった。何故なのか定説は無い。俺は、湿度が高い日本では火薬がすぐに湿気てしまい、不具合が多かったのではないかと想像しているのだが……。
三輪さんは何度も頷きながら、束ねた紙の筒を眺めた。
「成程……。いや、待て。銃身ごと回転させるのではなく、玉が装填された部分だけ回転させれば、銃身も一つで良いのではないか?」
えッ? この人、回転胴方式まで行き着いた??
「え、ええ……。絡繰りの精度を相当上げなければなりませんが、先程話した掌の大きさの鉄砲はまさにそれです」
「部品の開発に試行錯誤を重ねなければならぬが……優れた鍛冶師が居れば、何とかなるやも知れぬな。それで、銃身に刻む螺旋の溝とは何のことだ?」
う~ん……。どう説明するかな。
「弓矢の矢が、実際にはクルクルと回転しながら飛んでるのは見たことありますよね?」
「独楽のようにじゃな?」
「ええ。あれは、その方がジャイロ効果で軌道が安定――平たく言うと、まっすぐ飛ぶからです。空気を貫くようにして、と言えば感覚的に掴めますかね?」
紀州公が小首を傾げ、待て、と言う。
「……矢には、矢羽根が付いている。しかし鉄砲玉に羽根を付けるのは無理だろう?」
「ええ、ですから発射と同時に回転するように銃身内に溝を彫るんです」
紙の筒を開いて、筆と墨を借りて縦の線を数本引く。そして、少しだけ斜めにずらして再び丸めていく。「――こんな感じです。螺旋が急過ぎると弾丸の初速……勢いを殺してしまうので、緩やかでいい筈です」
筒を三輪さんに渡して中を覗き込ませる。
「……」
片目をつぶって促されるままに覗き込んでいた三輪さんが、まるで初めて万華鏡を見た子供のように喜色を浮かべて膝をピシャリと叩いた。見てたこちら側が「痛ッ!」と叫びたくなる程の強さだ。
「――殿ッ! 是非とも新しい鉄砲の研究をやらせて下され」
「声がでけえよ、三輪。一応、今日は密談なんだそ。……俺はまだ、鉄砲玉が回転しながら飛ぶと的に当たりやすいってのが、今ひとつ掴めないんだがな」
ふむ。
頭をポリポリと掻いて、割れても構わない灯明皿を数枚下さい、と言ってみる。
「灯明……ざらを? 何に使う??」
「ジャイロ効果に揚力を加えたものになりますが、回転してる方がまっすぐ飛ぶって説明にはなると思うので」




