名前を呼んで
『もう、いいか…』
少し走った先、中庭の芝生の辺りで、突然シュラビーレが足を止めた。
後ろ姿に見とれて上の空だったリリィは、そのまま急なブレーキもかけられずにシュラビーレにぶつかる。
『…あうっ!!』
『あ、あぁすまない。大丈夫か?』
慌てて振り向くシュラビーレ。
リリィは頭をぶつけたこともお構いなしに、大丈夫です!と顔を赤らめて声をあげた。
そして、改めてシュラビーレを見た。
目の前に、憧れの貴女が…すぐそばに、大好き貴女がいる。リリィの心拍数はどきどきと高鳴っていく。
『咄嗟に手を引いてしまった…すまない。副会長に捕まると、あの人話が長いから…。』
シュラビーレは言った。
リリィはもじもじと足をくねらせる。
『い、いえ…あの、助けてくださってありがうございました…』
リリィは一生懸命に言った。
すると
『いや…。今更になって、実は君と副会長が任意の関係だったらどうしようと思っていた…でも違うようならよかったよ。』
リリィはその言葉に胸をチクリとさされた。確かにあの場面をぱっとみればそういう関係に見えるかもしれない。しかしそれを…一瞬でもシュラビーレそう思われた事が苦しかった。だって、私は…私が好きなのはシュラビーレ様で…。そしてリリィは思わず、口を開いていた。
『…好きな方は他にいます』
『…え…?』
『…えっ、あ、あ!?//あれ。私なに言って』
リリィは自分に驚いていた。
自分はなにを口走っているのだろう。よりによってシュラビーレの目の前で。リリィは混乱していた。
シュラビーレも驚いている。
するとシュラビーレが先に口を開いた。
『そう、なのか…。それはいいことだな…。
その、応援している。』
混乱しているリリィはその言葉に、冷静に居られなかった。違うのだ。リリィはシュラビーレのことが好きなのだ。他の誰でもなく、目の前の貴女が。
『…だから…、だから…ぁ…っ!!』
『…なっ…!?』
思わず詰め寄ったリリィは、足元をぐらつかせた。
ヤバイと思った時には遅く、正面からシュラビーレの胸へと飛び込む。突然の出来ごとについていけなかったシュラビーレもそのまま体制を崩した。
ドサッ
『…っ…』
『…っ…。…!?///』
シュラビーレを押し倒すリリィ。
はっとして目を開けると、そこには薄く瞳を開けるシュラビーレの姿があった。
リリィのときめきは最高潮に達していた。
愛おしい香りが鼻腔をくすぐる。
美しく整った顔立ちに、チェリーピンクの唇がすぐ目の前にあった。翡翠色の瞳が、不安そうにリリィを見ている。
リリィは思わず見とれていた。
シュラビーレのワイシャツを力をこめて握る。
リリィは離れたくないと思った。
このままキスしてしまいたいと思った。今ならそれも可能だろう。そしてそんな事を考えている自分に驚いていた。しかしそれをすることはやめた。アイリスと同じになってしまう。
だから、
『…ん///』
『…?』
リリィはぺたんとシュラビーレの胸に顔を埋めた。そしてそれを誤魔化すように、言った。
『私…の名前、リリィっていいます…』
震える声で小さくつぶやく。
シュラビーレはどうしたんだろう、という表情をしながらも、言葉を返した。
『…リリィ。覚えたよ。…では、私は』
『存じております…シュラビーレ様』
リリィは愛おしい名を呼んだ。
そしてシュラビーレも、リリィの名を呼んだ。
リリィはとても幸せな気持ちに包まれていた。
こんな気持ちを抱かせてくれたシュラビーレがなにより愛おしかった。リリィはシュラビーレと別れた後、まだ残るシュラビーレの体温を感じながら、また会えますようにと小さく呟いていた。