涙色の景色、夢色の君。
よく晴れたある春の日に、虹色の花びらが舞うストラピア王国の青空は今日も眩しい…。そう、私には眩しすぎるくらい…。
魔法の歴史が深いこのストラピア王国の由緒正しい貴族専用の教育機関、聖ファストル魔術学院は今日、新学期のスタートをきった。
魔力を持つのは市民をのぞいたこの国のロリアット王家を含む代表高家である五家と貴族のみ。十二歳を迎えてからこの学院に入学することが許され、中等部三年間、高等部四年間を学んだ後に卒業する。そして、さらさらの銀色の髪に金色に輝く瞳を持ったとある少女ーリリィは…晴れて今日から高等部の一年生となった。
彼女には兄がいた。この国の警護の率先力であるとある集団【蒼桜月魔術団】の団長(四年生)を務める、そう…優秀な兄が。それに比べてリリィには秀でた才能も、目立った長所や特徴さえなかった。弱虫で、泣き虫で、引っ込み思案で…本当に、劣等感と虚無感で消えてしまいたい。彼女はいつもそう思っていた。
こんな空っぽの自分が…、こんなに小さな自分が嫌で、本当に毎日が憂鬱で、苦しかった…。けどね、そんな時だったんです、そう、貴女に出逢ったのは…。リリィは心の中でそう呟いた。
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リリィが高等部にあがった最初の日、次々と新しい繋がりを作ってゆく周りの生徒とは別に、ろくに人に話しかけることもできなかった彼女は一人、立派につくられた学院の敷地内をしばらく当てもなく歩いていた。しばらくして彼女は、学院の裏にある薔薇園へと足を踏み入れていた。
手入れの行き届いた薔薇達が、赤、白、黄…と並ぶ中、リリィはどこか寂しげな表情で歩き続けていた。
『…蕾』
リリィの瞳にふとに写ったのはまだ咲いていない薔薇の蕾。彼女はそれを見ていると、段々と視界が霞むことに気がついた。そしてゆっくりとそれに手を伸ばしました。
『きっと私はこの蕾のままなのね…』
いつまでも、咲かない。
そう、いつまでも、咲けない…。
リリィはそう心の中で思った。
まるで、これは自分であると、そう思った。
『薔薇なんて…棘ばかりよ…、っ……』
その時、彼女の人差し指にチクリと切ない痛みが走って、鮮やかな鮮血が一粒、涙のように滲んだ。
そして、その時…。
『君…』
突然の人の気配にリリィは、ビクリと身体を震わせ、振り返った。そして、彼女は次の瞬間、はっと息を飲み、目を見開いた…。
桜色のカールされた髪、血色のいい薔薇色の唇、そして翡翠色の意志の強そうな瞳…。真っ白な制服を纏い、凛と立つその姿に彼女は一瞬で心を奪われたのであった。
しばらく動けないままでいると、現れた人物は一歩ずつリリィの方へと距離を縮めた。
バッ
『…っ、へ、あ、あの…!?』
『指、切ったの?』
『へ、あ、っ!/////』
リリィが腕を掴まれたと認識できた直後、
現れた人物はリリィの人差し指を自らの口にためらいもなく運んだ。リリィは驚きのあまり、顔をあからめたままなされるままになった。
ちゅ…ちゅ…っ…
『…っ…あ、…の/////』
リリィはその痛みさえ甘く感じて、ふわりと感じる相手の甘い香りと、生暖かい唇の熱に犯されていた。リリィの身体はみるみるうちに火照っていく。
『…、次は、気をつけるんだぞ』
『…え、あ、あの』
『…なんだ?』
『…あの…、なんでこんな…私なんかのため、に…』
まだもやつく思考の中で咄嗟にでてしまった心の台詞…。リリィがあっ、と思うよりも早く、彼女はリリィの腕に再度力を込めて言いました。
『私が、君をほおってはおけないからだ』
『…っ…!?』
今…な、んて…。
リリィがふと顔をあげた時、彼女は優しく微笑みながら小さな声でさようならと言い残すと、素早くリリィの隣を通り過ぎていった。
リリィはその場に取り残されたまま、高鳴る鼓動と、彼女の残り香に瞳を潤ませていた…。
ねぇ、神様…、
こんな私でも、
あの人を想うことくらい、
許してはいただけませんか…。
恋に落ちるのは一瞬。
鮮やかな彩りが切なく愛おしく心に広がって…。
私は貴女に…溺れていくのでしょう?
リリィはそう心の中でつぶやいてから、ふと空を見上げた。やはり空は今も青く、眩いくらいの光に包まれていた。