Episode of Interference Zero 06
恭介たちが今いるショッピングセンターは普段から賑わっている。繁華街にあるのだから当然のことである。だが、今は普段とは一風変わった喧騒に包まれていた。剣戟の音が周囲に響き渡る。この場合、片方は弓で応戦しているから剣戟とは呼ばないかもしれない。黒い刀身の剣、『バハムート』で斬りかかるのはS・ジャックことセルフィティア・シャドラス。桃色の弓、『神弓ヴィマナ』で応戦するのは堕天使アーティマ。二人は共に人間ではない。故に人知を超えたスピードで戦いが繰り広げられる。それは当代最強と謳われる片川恭介であっても目で追うのが不可能であった。
「ぬるいねぇ。お前は憤怒が身を支配する堕ちた存在じゃなかったのか?」
「喚くな、悪の神が。」
「俺は悪の神じゃなくて、闇の神だ。」シャドラスが剣を振り下ろす。目前で受け流し、アーティマは横に飛んだ。彼はベルトに挿したポーチから弓矢を引き抜き、ヴィマナに装填した。
「なぜ僕は魔界に堕ちたのにお前は堕ちないんだ!!!」弓を限界まで引き絞り、矢を放つ。矢は少し放物線を描いてシャドラスに向かっていく。
「何故かって?神界は完璧な世界でなきゃ意味がないからだ。」シャドラスは後方に回避した。
「無駄だ。」アーティマがそう言うと、弓の軌道が変わり、シャドラスに向かっていった。
「ちっ!」シャドラスは剣で防ごうとするが、間に合わない。矢は彼の肩に深々と突き刺さる。彼は呻き声を上げ地面に膝をついた。
「これでようやく一本目だ。」
「遠方から狙うことしか能が無いお前の攻撃などもう食らわん。」
「なら、」シャドラスはアーティマの方を向いた。
「これ全部避けてみろよ。」アーティマの背後には先程の恭介戦と同様に無数の矢が静止している。
「ほう。面白い。」シャドラスはバハムートを構え、アーティマに飛びかかった。指を鳴らすアーティマ。彼の後方から矢が一点に向かって飛んで行く。
「アグネア…」アーティマは弓を持っていない右手を握りしめた。シャドラスはなんとかして迫り来る矢を受け流している。
「埒があかねえな!」
「……バースト!!!」アーティマの矢は全てシャドラスの付近で再び静止した。
「何っ…?」アーティマは握りしめた手を開いて突き出した。その瞬間、矢が爆散する。爆風と衝撃波が辺りに伝播していく。
「まずい!」恭介はシャドラスが展開したフィールドに僅かな亀裂が入っているのを見逃さなかった。
「あやか!食い止めるぞ!一般人に危害を加えさせるな!」
「わかった!」あやかは胸の前で両手を組み、目を閉じた。彼女から蒼い光が放たれる。
「はあっ!」彼女は光の壁を作り出した。
「龍のお護り!!」恭介は蒼い龍を呼び出し、前方から接近する衝撃波を受け止めた。
「フィールド再構築!」恭介はそう言うとシャドラスが展開したフィールドの上にさらにもう一層展開した。爆風が止むと、現れたのは膝をつく剣を持った青年と薄ら笑いを浮かべる弓を持った青年であった。
「ぐっ……さすがに堕ちただけはあるな…攻撃力があの時とは比べ物にならない…」シャドラスは肩で息をしながら剣を杖にして立ち上がった。
「当たり前だよ。君達が繁栄を謳歌している間に僕はあらゆる地獄を経験していたからね。神界という温室でぬくぬくと生活していた君とは違う。」アーティマの怒りは少し収まったようだ。
「言ってくれるじゃねえか。そういえばお前のさっきの質問に答えていなかったな。」
「何のことだ?」
「神界は完璧な世界であらねばならない。万物が揃う世界でなければ下民を支配する資格など無いとあの神が考えたんだろう。故に、様々な神が存在する必要が出てきた。そして、神界は公平な世界であらねばならない……」傍観者である恭介はシャドラスから尋常では無い威圧感を感じた。
「何を言っている……?」アーティマもシャドラスの殺気を悟ったようだ。
「つまり、神界には闇を司る神も必要だ。だが、闇が強すぎてもダメだ。」シャドラスの背後にどす黒い影が渦巻き始めた。
「……」アーティマは呆気にとられて物も言えない。
「要するにだな…神界の闇は、俺一人で充分なんだよ!!!」シャドラスがそう言うと背後の影が広がり、フィールド全体を包み込んだ。
「中が見えない!」あやかは叫んだ。その声はフィールドの中にも届いていたらしく、
「心配するな…こいつは俺一人で倒せる。あと一分だ…あと一分でケリをつける…」
「シャドラス…」
「あと一分?笑わせないでよ。満身創痍の君が一分で僕を倒せるわけないじゃないか。」アーティマは闇に閉じ込められてもなお、緊張感を全く抱いていない。
「初期二十六神の直系を舐めるなよ…」シャドラスはバハムートを構えた。
「やれるものなら…」アーティマは矢を装填した。
「消え去れ!」「やってみろ!」シャドラスが斬りかかると同時にアーティマは矢を放った。刹那、矢はシャドラスに刺さるはずだった。はずだったのである。だが、シャドラスに当たった瞬間彼の姿は消えた。
「何だと…?」アーティマは闇の中を見回した。
「どこだ…!?どこにいる!?」
シャドラスからの返事はない。
「くそっ!」アーティマは手を高々と挙げ、無数の矢を出現させた。
「どこにいようと、この矢で貫いて…がはっ…」
「……お前…そこにいたのか…」アーティマは苦しげな声で言った。
「そうだ。」シャドラスは姿を現した。彼が手にする漆黒の剣は深々とアーティマを貫いていた。
「闇の中では俺には勝てない。お前の闇は所詮他人の受け売りでしかない。そんなもの純粋な闇とは呼ばない。」
「うる…さい…がはっ…」アーティマは血を吐いた。
「だから、純粋な闇でないお前が神界や楽園にいられると思うな。お前は…」シャドラスは一呼吸置いた。
「永遠に自分の中の幻想を彷徨え。」彼は剣を引き抜いた。うつ伏せに倒れるアーティマ。シャドラスは彼に手をかざした。
「これが下民に手を出した罰だ。」アーティマは直後、ゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちた。
……誰かが呼んでいる。誰だろう?聞き覚えがあるような、ないような…声は段々と近づいてくる。僕は目を開けた。そこにいたのは血相を変えた天人。彼は必死に言葉を発しようとしている。その努力は僕にも認められるが、言わんとすることは全く理解できない状況にあった。彼の口はしきりに同じように動いている。落ち着け。僕はそう言った。天人の肩に手を置き、彼の話を聞き取ろうとした。だが、彼は胸から血を流して倒れた。後ろに立つのは剣を持った白いローブの天使。彼は敵意を僕にも向けてきた。理由を問う。返答は横殴りの斬撃であった。僕は交戦止むなしと捉えて手元の弓に矢を装填した。矢を放つ。彼はそれを眼前で斬り落とす。天使であるからには手加減していては埒があかない。そう思ったから、僕は左手を挙げ、矢を大量に出現させて、それらを彼に向けて放った。さすがの数に圧倒された彼は全てに対応することが出来ず、数本が身体に突き刺さった。胸の一本が致命傷になったのだろうか、彼は持っていた剣を足下に落とし、膝から崩れ落ちた。
僕はなんとか窮地を脱したが、心配なのは彼女であった。どこだ?どこにいるんだ?僕が何度叫んでも返答は帰ってこない。ここは本当に自分が今までいたところなのか?辺りの様子が一変しているせいで、現なのか夢なのかすらわからない。僕はいつもの場所に辿り着いた。紅い水面が光を反射している。いや、正しくは紅い水面に浮いた脂が光を反射している。あまりの気持ち悪さに吐気を催した。だが、こんなところで立ち止まってはいけない。彼女を探さねば。彼女がいつもいる部屋は…僕は無我夢中で駆けた。勢いよく彼女の部屋の扉を開けるとうつ伏せに倒れている者と、その者の頭を踏みつけている者がいた。眼前で繰り広げられる光景に茫然とした。それがあまりに現実離れしていたから。踏みつけている者はこちらを一瞥して少し笑った。直後、その者は倒れている者の額の辺りを斬った。倒れている者は死んではいなかった。本来であれば全くこの場に似つかわしくない断末魔の叫びがこだまする。僕は吐き気と涙ともどかしさを堪えることが出来ない。僕はその場にへたり込んだ。言葉を発しようとするが言葉にならない。さっきの天人と同じだ。僕がこうしている間も一人は斬り続け、もう一人は声が掠れるほど叫び続けている。やめろ、やめてくれ…僕は手に持っていた弓に矢を装填しようとした。だが、前方にいる一方の者に行動を読まれて、手に持つ弓を吹き飛ばされてしまった。そいつは倒れている奴を仰向けにし、腹部を突き刺した。絶叫が響き渡ったが、すぐに消えた。もう死んだのか。そいつは言った。僕は激しい憤りを感じた。そうだ、この者の正体を君に伝えよう。先程まで掠れた声で叫び続け、そしてこれ程まで損壊していると最早誰かは分からぬであろう。そいつはそう言った。僕は死体の側に転がっている耳に、イヤリングが付いているのを見た。僕はその瞬間、誰であるかを悟った。憤りと夢であってほしいという願望が僕の中を駆け巡った。この者は…嫌だ、聞かせるな、俺に。もう分かっているから、聞かせるな。聞かせるんじゃない!
貴様が恋慕の情を抱いていたメルナスという天使だ。
「言うなああああああ!!!!!」アーティマは目を覚ました。と同時に彼から凄まじい衝撃波が放たれた。
「何だと…?」シャドラスの闇の結界が壊れつつある。
「彼女は殺させない。この僕が守り抜くんだ…だから…まずはお前から殺す。セルフィティア・シャドラス。」
シャドラスは無言で彼を見つめている。
「さあ、ここからがphase 2だ!」
アーティマはシャドラスの結界を破壊し、立ち上がった。