Episode of Interference Zero 05
「きりーつ。」
「気をつけー。」
「礼。」さようならーと一斉に言って生徒たちはみな帰ろうとしていた。中には寄り道する者、遊びに行く者などもいた。あやかと恭介は後者であった。級長になった紗弥香は担任と何か話をしている。彼女は人と接する際、笑顔を絶やさない。それもあって、彼女の人気は入学して二日しか経っていないにもかかわらず、絶大なものになっていた。もちろん、男子を中心にである。だが、彼らはこの二日とも一緒に登校してきた男子を彼氏と間違えたのだろう、そういう目的で近づいてくる男子はいなかった。あやかは少し紗弥香の存在を疎ましく感じていた。もちろん理由は恭介と仲がいいからである。この場合、良すぎると言っても過言ではない。そのくせ付き合おうとしない紗弥香をあやかは苛立ちと羨望の眼差しで見ていた。だが、そんな自分を俯瞰し、嫌悪する自分がいるのもまた事実であった。
「んじゃ、そろそろ行こうか。」
「うん!」あやかは右肩に鞄を下げ、彼女の為にゆっくり歩いている恭介の横にならんで教室を出た。
「どこでご飯食べる?」あやかは電車に乗ってから隣に座っている恭介に聞いた。
「ここでいいんじゃないか?」恭介は彼女に最近オープンしたばかりのオムライス店のサイトを見せた。
「そうだね!」あやかは一人浮かれていた。恭介がどう思っているのかが気になるところだが、今のところ嫌々付き合わされているという様子ではない。今日は自分の思い通りに事が運んでいると彼女は思った。
だが、禍福は糾える縄の如しという言葉が示すように良いことと悪いことは紙一重である。今のところ、事は彼女の思惑通りに進んでいた。
二人は昼食を摂り、アパレルショップやアクセサリー店、雑貨屋を回り、二人だけのひとときを楽しんでいた。
「せっかくだし、プリクラ撮ろうよ!」
「おう。いいよ。」二人はショッピングモールのゲームセンターにあるプリクラの最新機の待ち列に並んだ。周りは学校帰りのカップルや友達同士の集団で溢れかえっている。
どこの学校も始業式らしかった。
あやかはそんなカップルをじっと眺めていた。相手にも気づかれず、恭介にも気づかれないほどさりげなく。
彼女の内に浮かぶのは恭介とのそんな日々。だがもう一つ浮かんでくるのは紗弥香と恭介の仲をじっと傍観している自分であった。そう、今の自分のように。そこにある感情は羨望以外にも怒りや憎しみも若干含まれていた。自分の心が黒くなるのを感じていたがあやかはどうすることも出来なかった。そういった感情が浮かんでは消えていく。川の流れは絶えずして…云々と人が言ったそうだが、今の彼女の心の中は川に例えることが出来た。そうぼーっとしていると、自分たちの順番が来た。撮影スペースでは出来るだけ恭介に近づいて笑顔で撮る。彼女は彼の前で笑顔を振りまく自分に反吐が出そうな自分がいることも認めざるを得なかった。なんだよ、お前はその男に一番近い女を嫌っているくせに、よくそんな猫をかぶれるなあと。その自分は皮肉を言ってくる。聞こえない声を完全に無視し、あやかはこのひとときを楽しむことにした。
異変が起きたのはその直後だった。
二人はプリクラのプリントアウトが終わり、ゲームセンターを後にしようとしていた。突如響き渡る甲高い悲鳴。何事だと周りがざわめき始める。声がした方に行ってみるとそこには脚をがくがくと震わせた女が一人。隣で呆然としつつも、涙を流し、怒りを露わにしている男が一人。二人は高校一年生か二年生といったところだろう。その間に立つ一人の少年。彼も同い年ぐらいに見える。だが彼の握っているものがあやかと恭介に敵だと認識させた。
ピンク色の不思議な形の弓。弓に描かれた模様はいつか見たインドの古典的な模様に似ている。
「ねえ、そこの君。こういう風にさ、自分の目の前で自分が何も出来ずに最愛の人が死んでいくのってどう思う?」
「ふざけてんじゃねえよ!」捕らわれた女のそばにいる男が怒声を浴びせた。
「質問に答えてよ。バカなの?」
「さっさと放せよクソ野郎!」
「うーん、会話の余地無しかあ。仕方がないなあ。」弓を持った少年がその男に言った。
「今の自分の立場を考えろ。感想は後で聞いてやる。」
少年はそう言うと弓で女の顔面を殴りつけた。
「やめろっ!」男が少年に殴りかかるが、少年の回し蹴りをくらい、吹っ飛んだ。
「君に僕の絶望と悲しみを味わせてやるよ。」
少年は弓を引き絞り、焦点を女に合わせた。
女はがくがくと唇を震わせ、涙している。叫ぼうにも声が出てこないようだった。
「!」少年は弓を向ける方向を変えて矢を放った。だが、その矢は的にあたる前に斬り落とされた。
「ちょっとお前、やりすぎじゃねえのか?」
「ちっ、ドラゴンズという奴らか。」
「そうだな。俺はドラゴンズのリーダーだから一応言っておく。」
「武器を捨て、女を解放し、投降せよ。」恭介は右手に日本刀を構えて言った。
「それは無理な相談だね。」
「僕はこの経験を多くの人にしてもらいたい。特にあいつらの目の前で下民を殺してやりたいんだよ。自分がしたことの代償と無力さに気づいてもらうためにもね。」
「何言ってんだお前。いいか?それ以上一般人に手を出すな。お前の相手は俺たちがする。」恭介は日本刀を、あやかは短刀を握った。
「ふ、ふふっ。あはははははははっ」少年は笑い出した。その笑いは随分と露骨に嘲りを表に出しているように感じられた。
「人間風情が僕に勝てると思ってるの?」少年は弓を構えた。
「僕は、天使だ。」
「天使、アーティマだ。」
「「アーティマ…」」二人の声が重なる。少年は矢を装填した。
「ふふっ。」矢が放たれた。二人はこれがゼロの黒幕を斃した『神弓ヴィマナ』とはつゆほど知らなかった。
「龍のお護り!!」恭介がそう叫ぶと青龍が現れ二人を守った。だが、
「ふせぎ、きれない!?」龍の鱗が少しずつ剥がれていっている。
「無駄だよ。そんな貧弱な防御じゃ防げないよ。」
「…っ!!」やはりこちらが圧倒的に押し負けていると恭介は感じた。
「やばい!効果が切れる!!」龍はもう少しずつ崩れ始めていた。
「任せて!!」あやかが手を上に挙げると彼女らの前に光の幕が現れた。龍は瓦解し、勢いを少し失った矢は光の幕にぶつかった。矢は爆発を起こし、なんとか相殺することに成功した。
「そんなんじゃあ…」
「勝てないよ?」恭介とあやかは目を見張った。発射された後の矢が何本も空中で静止している。それらの中の少し空いた空間にアーティマがもう一本矢を放ち、指を鳴らした。
一斉に恭介とあやかに襲いかかる矢。それらは彼らに直撃し、大爆発を起こした。
と、アーティマは思っていた。だが、彼ら二人の前に立つ一人の少年がいた。彼の周りには折られた矢が何本も転がっていた。
「お前は…」アーティマが目に怒りを滲ませた。
「ジャックか?」恭介は少年に尋ねた。
「違うな。今の俺は、セルフィティア・シャドラスだ。」
「やっとだ。やっとお前を殺すことができる。」アーティマは怒りと共に少し喜びを露わにした。
「何言ってんだお前。天使風情が神に勝てるわけねえだろうが。」
「あ、あと。さっさと立ち去れ、恭介、あやか。お前らがいたら邪魔だ。」
「そんな言い方ないだろ!」
「聞こえてねえのか?さっさと消えろ役立たず!!!!お前らが戦って勝てる相手じゃねえあいつは。」
「…わかったよ。」恭介とあやかは少し距離をとった。
シャドラスは再びフィールドを展開する。恭介たちが作ったのはさっき干渉して破壊したので、再形成する必要があった。
「お前…手に持ってるそれは…」
「教えてやろうか。これは『深闇剣バハムート』だ。下界にバハムートが現れた時に倒して奴の身体の中から出てきたものだ。」
「混沌龍、か。」
「そうだ。その時に得たもう一本の対をなす刀、『閃光剣ベヒーモス』は友人が持っている。」
「それは…ミハエルか?」アーティマの怒りがさらに増幅したようだ。
「ああ。お前が憎くて憎くてたまらないと思っているあいつだよ。」
「さて、そろそろ雑談は終わりにしようか。」シャドラスはそう言うと『バハムート』を構え、アーティマに斬りかかった。