Episode of Interference Zero 03
「何言ってんの?」紗弥香は呆れたように笑った。だが、その笑みは一瞬のうちに消えた。笑いかけた相手の目があまりに真剣だったからだ。
「また…ドラゴンズ関連で何かあったの…?」彼女の声は小さくなっている。
「…世間を騒がせている奴らの黒幕が死んだ。当然、自然死じゃない。他殺だった。今日の朝のニュースで見たんじゃないか?東京湾に面した倉庫が爆発したって話。」
「見たけど、あれって自然発火で、たまたまその廃屋を以前使っていたとある倒産した会社がそのままにしていた灯油に引火したんじゃないの?」
「情報統制さ。一般人は超能力があることをまだ信じきってはいないからね。世界中の科学者も超能力なんて無いって言う人が殆どだからね。それに、倉庫を爆破するような超能力者がいると一般人が知ったら大混乱に陥るだろ?だからだよ。」
「そっか…私はさ、そんな奴が自分たちの生活を変えるなんて思ってないよ。」
「それは今までそういう奴が現れなかったからだよな?」
「ううん、違うよ。」恭介は驚いた。一般人が理由としてあげるであろうことを真っ向から否定されたからだ。
「私は、そういう奴は恭介たちが倒してくれると信じてるよ。だって、恭介って一般人をドラゴンズの戦いに巻き込むことを一番嫌うじゃん?そんな恭介だからこそ倒してくれると信じてるんだよ。」紗弥香は笑った。
「それに、これで役に立たなきゃ恭介ってただの悪ガキじゃない?」
「うっせえ。お前にガキって言われたくねえよ。」
「私の方が精神的には大人ですぅ。」
「その身長でよく言うな。…痛い痛い痛い!」恭介の腕をつねる紗弥香。いつの間にか物思いに沈んだ恭介の暗い表情は消えていた。紗弥香の明るい振舞いのせいだろう。
二人はそのままいつも通り仲良く登校した。
アーティマはとあるビルの屋上にいた。彼は屋上で寝転びながら空を見上げていた。彼の側には神弓ヴィマナが置いてある。彼は遠く霞みがかっていてそれでいてはっきりと印象に残っている記憶を辿っていた。
今から七千五百万年前…
楽園には様々な樹々が生い茂り、水は澄み、空気はきれいで、そこで生活する各々は全く汚れていない純白な心を持っていた。僕はその頃、楽園の中央の域にある神殿に仕えていた。よく僕は神殿の庭にいた。庭の真ん中には噴水があり、噴水から落ちた水はそのまま下の池に降り注いでいた。美しかった。その池には金色の魚や銀色の魚がいた。池の周りには丁寧に整えられた花壇があり、木が数本生えていた。そこでは一年中蝶が舞っていてそれもまた美しかった。僕はよくその池のほとりに座り、本を読んでいた。内容は色んなものだった。神界の歴史から花の植え方、美味しい食事の作り方の本まで読んでいた。僕はその環境が大好きだった。たまに、神殿に仕える天使の子が遊びに来ていた。その子達に僕は読み聞かせをしたり、遊び相手になってあげたりしていた。その子達が無邪気に笑う姿を見るだけで僕は嬉しかった。ある日、僕がいつも通り庭で本を読んでいると僕に近づいてくる天使がいた。僕はかけていた銀縁眼鏡を外し、少々疲れた目を揉んでその天使を見た。
「あっ、読書のお邪魔をしちゃいましたか。」
その天使は女だった。彼女は少し高く細い声で僕に話しかけた。
「いえ、そんなことありませんよ。この本は暇つぶしに読んでいただけですし、もう三回読み返しているので内容は把握しているんです。」
「そうなんですか…お隣よろしいですか?」
「ええ。」彼女は僕の隣に腰掛けた。
「僕は毎日この庭で本を読んでいるんです。」
「そうなんですか。良いところですね…ここは。本を読むにはうってつけの場所じゃないですか。」
「ええ。穏やかな気持ちで本を読めるので僕はここが大好きなんです。」
「なるほど。私はつい最近神界からこっちに来たんです。楽園の政務を行う為に。」
「ということは、かなり上位の天使なんですね。僕は中流階級なので神殿の書物を管理する役職にしか就けませんでした。」
「だから、よく本を読んでいらっしゃるのですか?」
「まあそれもあるんですが、元々僕は本が好きなので。満足しているんです。今の地位にも役職にも。」
「そうなんですか…あっ、私はもう仕事があるので行きますね。」
彼女は立ち上がった。僕は彼女の手を掴んで引き留めた。
「名前を…教えてくれませんか?」
「ああ!そういえば自己紹介がまだでしたね。」
「私はメルナスといいます。」
「僕はアーティマです。」
「それでは、またお会いしましょう。アーティマさん。」彼女は去っていった。僕は平静を装っていたが、内にはひどく昂った気持ちがあった。これが昔書物で見た『恋』というものか!僕は新しい発見と出会いにひどく興奮していた。
メルナスと僕は度々会った。いつも色んなことを語り合った。だがそれ以上の関係になることはなかった。僕は楽園で開催される祭の時に彼女に想いを伝えようと思っていた。そう思っていた、のだ。
楽園で開催される祭で一番大きな祭、それは謝恩祭だ。謝恩祭とは日頃の各々の職務に敬意を表し、労う祭りのことだ。だが、この時の謝恩祭には少し不穏な空気が流れていた。普通ではありえない、神族長候補の四神が参加することになったのだ。神族長候補の四神とはA・アルカディナ、C・クロノス、S・シャドラス、X・ミハエルのことだ。A・アルカディナは記録上第四次神界大戦以降幽閉されていることになっている。これは嘘だ。僕は見た。この四神を。そしてこいつらがした許すことのできない所業を…
アーティマは拳を強く握りしめ、涙を流していた。ああ、だめだ。いやでも鮮明に蘇ってくる。まるで彼女に呪われているかのように。嫌だ。嫌だ。嫌だ。これ以上思い出したくない。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
彼の脳裏によぎるのはあの光景。楽園が燃え、一瞬にして地獄と化す様、そして戦う彼女の姿。ミハエルの剣に貫かれる彼女の姿。腹部から赤黒い液体を零しながらもがく彼女の姿。必死にミハエルの足を掴もうとする彼女の姿。邪魔だと言われ両手の甲を剣で貫かれる彼女の姿。悲痛な叫び声をあげる彼女の姿…嫌だ。もう嫌だ。もうたくさんだ。僕は思い出したくもない!そう思っても浮かんでくる過去の記憶。最後に浮かんできたのは、
全身が潰れ、あらゆる体液が流れ出した無残な彼女の死体だった。
アーティマはコンクリートの床に膝をついてそのまま動けなくなった。