89話 陽光の呪い
氷狼との戦いに勝利を収めたユーリたち。
媒体が杖としか判明していない呪いの情報とは?
賢き魔物の王は彼女たちに並ぶように促し、ユーリたちはそれに従い氷狼の言葉を待つ……
勝利を収めた後、僕たちはグラヴォールを前にして立っている。
約束だった呪いに関する情報を教えてくれるみたいだ。
「うげぇ……足がまだ冷たいぞ、もっと温かくしてくれるか」
「これ以上熱を上げたら足焼けるよ」
一応の恩人であるケルムにそう言うと……
「やっぱりこのままで良い」
前言を撤回してきた。
僕は魔法を維持しながら、グラヴォールへと向き直り彼へと声を掛ける。
「……で、その呪いは杖のアーティファクトだって聞いたんだけど」
『その通りだ、陽光の呪い【ルテー】と言う名だ』
彼は言う、太陽の下へ出ると全身が焼かれてしまい、皮膚もただれ見るも無残な死に至る呪いだと……。
この呪いは日の下に出ることはおろか、呪いをかけられた時から成長と老化が止まり、日が当らない場所にいれば永遠に生きながらえる。
さらには、子供を残すことすら許されることが無く、この呪いをかけられた者は大抵、長きに渡るその生活に耐え切れなくなり、自ら太陽の下へ出て自害する。
生き残っている者と言えばたった一人、対策を打つことが出来た者。
「――つまり、ナタリーだけだって言うの?」
『その通りだ』
「それで、最後にその呪いの杖が見つかった場所って解る?」
グラヴォールは僕の問いに『解らん』と答える。
『魔法使いの小娘に使った後、……十三年前を境に呪いは発生しておらん、それまでは数年に一度使われていたと言うのにな』
十三年前を境に消えた?
……え?
「じゅ、十三年前!?」
『なにを驚いている』
「い、いや……なんでもないよ」
見た目に関しては、さっき説明されたから解るとして十三年もあの生活をナタリアは続けてたの?
対策を打てたと言っても、僕ならきっと気が狂ってしまう……なおさら、早く呪いを解かないと!
「もう一つ質問がある」
『なんだ、言ってみろ』
「その呪い黒き本に載ってたりするのかな?」
トーナで聞いた話、それもこの呪いと似てる部分がある。
そして、ソティルが言っていた記憶を蓄積する。という力、それが黒き本にもあれば、その呪いに関して解るかもしれない。
『呪いの本か、恐らくは載っているだろう……だが――』
「だが、ってなにか問題があるのかな?」
フィーは小首を傾げグラヴォールに問いかけるけど、彼は押し黙ったままだ。
「早く、言う」
それが暫らく続き、シュカが急かすと彼はようやく口をあけた。
『あれは世界中の呪いを記憶していると言われている。そして、この一年の間に封を解き目覚めてしまった』
「…………」
つまり、彼には今どこにあるか解らないってことで、でも……
「その本を使えば、魔物や動物の死体を動かすことって可能なの?」
『可能だ』
ああ、やっぱりそうなんだ。
「それって……リラーグ出てきた首なしのグリフィンのこと?」
「うん、この世界にいないはずのアンデッドの魔物、やっぱり」
つまりあの時、リラーグの近くにいた誰かが黒い本を持ってる。
それなら、かなりの数に絞れるはず……クロネコさんに頼んでみよう。
それでも怒られそうだけど……無料とは言ってたけど、お金を払って納得してもらおう。
これなら単純にナタリアの呪いを解く手段が増えた訳だ……勿論、危険も増えてはいるけど。
『悪いことは言わん、あれには関わるな……そもそもあれに限らず呪いというのは簡単に解けるものでもない。諦めるのが――』
「それは駄目だ! 僕は約束したんだから」
僕がそう声をあげると氷狼は呆れた様に溜息をついた。
『良いか小娘、黒き本には対となる白き本がある。だがそれはもう数百と言う年月姿を現していない、対抗できる手段がないのだ』
え?
「で、でも……」
ソティルは僕の近くにいる。
なのに、なんでこの世にいないことになってるの?
「それって、トーナの伝承の本だよね?」
『ああ、そうだ小さき森の者よ』
だとしたら、ソティルで間違いは無い。
いや、もしかしたらあの部屋……結界の所為でこの世とは切りはなされた場所にあったとか?
『肯定します。ご主人様、私は破壊される訳にはいかない為、自身の意志で人界からあの場を切り離しました。故にご主人様の精神の中に部屋を移すことも可能なのです』
『どうした小さき者よ』
ソティルのことは告げた方が良いのかな……それとも黙っていた方が……
『私のことでお悩みならご安心下さい、魔物を含め命あるもの対し黒の本は敵です。賢き魔物の王である彼には言っても大丈夫でしょう』
そうか……分かった、それなら伝えよう。
「その白い本なら、僕が所有者だ……」
『なに……しかし、いや……あの魔法がそうか、なるほどな』
「ソティルがいれば、対抗出来るんだね?」
僕は彼に問う――すると彼は……
『対抗は出来るだろう、いや寧ろ白の本しか手が無いと言って良い。だが、小娘よ呪いを解きたいと言うなら杖を探せ、良いな本では無い杖だ』
「本は駄目なの? ユーリなら対抗出来るんでしょ?」
フィーの言う通りなんで駄目なんだろう。
「世界中の呪い、集まってる、手段、まだ無い……危険?」
『その通りだ』
そうか、まだ肝心の解呪の魔法が無い。
あれ? でも……
「それなら、杖でも危ないんじゃ?」
『ルテーは恐ろしい呪いだが、日に当たらなければ脅威では無い、そして使用したら最後、道具を含めた魔法が一生使えなくなる』
そうか、だから前の術者はナタリアに対する対抗策がなくなって……
「じゃぁ、その魔法を使われる前に奪えば良いんだね」
僕の言葉に再びそうだと答えてくれる氷狼。
そんな僕たちの会話に入り込む声があった。
「お、おいおいさっきから聞いてれば呪いにかかる可能性あるのか? 危険じゃないか!!」
それは、さっき僕たちを助けてくれた男性ケルムだ。
服はすっかり乾いたみたいだし、そろそろミーテは解いておこう。
「危険でも、僕はやるよ」
「でも死ぬかもしれないんだろ!?」
それは、分かってるつもりだ。
だけど僕はなにも対策しないつもりなんて無い。
「氷狼……教えてルテーはどうやって呪いをかけるの?」
『それぐらいなら容易い。相手の姿をその双眸に捉え、詠唱と名を口にする。小娘、お前が白き本の使い手ならその意味が解るな?』
「うん、ありがとう……それと見た目は」
『地喰い虫が大量についている杖だ』
地喰い虫……確かこっちの世界の辞書で見た。
あれは、ミミズみたいな生き物だったし、こっちでもあれを見かけた……
大量ってことは分かりやすそうだ。
「フィー、シュカ、戻ったらリラーグに鳥を向かわせよう……クロネコさんに少しでもこっちの情報を渡して、彼にも情報を集めてもらうんだ」
「……うん」
「ん、分かった」
これで少しでもクロネコさんが情報を集めやすくなれば、きっと見つけてくれる。
勿論、僕たちも情報を集めない訳じゃないし、手掛かりがあるのとないのとじゃ大違いだ!
最初は負けたら食べられると聞いて、どうなることかとは思ったけどなんとかなって良かった。
「氷狼ありがとう! 僕たちは帰るよ」
『そうか、強き小さき物たちよ、また知恵を必要としたら来い』
「そうするねー?」
「分かった……」
ありがたい言葉なんだけど、その時はまた戦わなくちゃいけないんだろうなぁ……
「そ、その時はお願いするよ」
さっきの手はもう聞かないだろうし、出来ればもう戦いたくは無いとは思いつつも僕はそう答えた。
「か、帰るのか?」
「うん、帰ろう」
僕たちは改めて氷狼へお礼を言うと、帰路へ足を向ける。
その途中だろうか、僕はケルムに呼び止められた。
「本当に、ナタリアさんの呪いを解くつもりなのか?」
「うん、本当だよ」
僕ははっきりと口にした覚えがあるんだけど、今更なにを言ってるのだろうか?
「で、でも死ぬかもしれないんだぞ、そこら辺にいる魔物を相手にするのとは――」
「知ってるよ、でもフィーに約束したから、僕はナタリアの呪いを解く」
もう一度そう、告げると彼は「そうか」と一言残すと、前へと行ってしまった……
納得したのかな? んー彼はなにを考えてるのか分からないなぁ。
「なんだろうねー」
「うん……」
僕たち三人は首を傾げながらも、彼を追う様に歩く。
「た、助けて欲しいぞ!?」
その後、先に進みすぎたケルムが涙目で魔物を連れて来て、僕たちは溜息をついた。




