88話 氷狼
雪山を進み、賢き魔物の王グラヴォールがいるという洞穴へたどり着いたユーリたち。
その中には確かに巨大な狼の魔物がおり、情報が欲しいなら戦って勝てと言い放つ。
賢き魔物の王、氷狼と呼ばれる魔物グラヴォールの咆哮を合図に戦いは始まった。
巨大な狼は遠吠えを上げた後、襲い掛かってくるかと思ったらどういう訳かその場に留まっていた。
二人が迫っているのははっきりと分かってるはず、なのに……どうして?
逃げる必要が無い?
いや、なにかあるはずだ……よく観察した方が良い。
でも、どう見てもただ立っている様にしか……
ん? なんだろう、吐息が白いのは寒いから仕方ないとして……
いや、違う! あれは吐息なんかじゃない! 僕たちの吐息はあそこまで白くないってことはあれは……
「二人共、横に飛んで!!」
僕は二人に声を投げかけると、急いで横へと身を投げた。
それとほぼ同時に、氷狼の顎は開かれ、吹雪の様なものを口から吹き出し、地面は瞬く間に凍て付き始める。
僕はなんとか避けれたけど、二人は!?
焦りながらも二人を探すと、一瞬で凍って氷柱まで出来てる床を見て驚いてはいるものの無事みたいだ。
ふぅ、どうやら間に合ったみたいだ。
「うぉ!? あ、足が動かないぞ!?」
ま、まぁケルムは後で助けてあげるとして……
『なるほど、意外と目が利くな小娘』
笑っているのだろうか、狼は口元を歪ませた。
正直よく見てなかったら分からなかったし、自慢の一撃だったんだろう。
『大抵の小さき者共は今の一撃で終わり、我の腹に収まるのだがな……これは、久方ぶりに楽しめそうだ』
そう言葉にしたグラヴォールは四肢で大地を蹴り僕へと向かってくる。
「――ッ!?」
「「ユーリッ!!」」
身の危険を感じ咄嗟に後ろに飛びのくと、僕が先ほどまでいた場所を巨大な爪が空を切り裂く。
一瞬でも飛ぶのが遅かったら大怪我だったよ。
だけど、今のは完全に運だ……続いて繰り出されるもう片方の爪は僕を捕らえ……
「ッ!!」
鈍い音が鳴り響く……
「っ! フィー!!」
以前のスプリガンの時の様にフィーが僕と氷狼の間に割って入り……前とは違い大剣を地面に突き立て爪をしのいでくれていた。
「……っぅぅぅ!!」
でも、長くは持ちそうに無い。
そう判断した僕は急いで詠唱を唱える。
「太陽よ慈悲を、邪なる者に裁きを……ルクス・ミーテ!!」
狙うのは心苦しいけど肉球だ。
僕とフィーを狙う爪を防ぐ為、僕は弱点だと思われるその場所へ陽光を向かわせ発熱させる。
『ガアァァァァァァァ!?』
やはり敏感な場所だったんだろう、氷狼は声を上げ後方に飛んで離れた場所へと着地をした。
フィーが近くにいたこともあり、魔法は一瞬だけの攻撃だったけど、効果はあった様だ。
だが、流石は守り神と言われているだけある。
彼はすぐに体勢を立て直すと口から再び白い靄が見え始めていて……
「シュカ! もう一撃来るこっちに!!」
僕は離れた場所にいるシュカへと声を掛け、呼び寄せると先ほど生み出したミーテを僕たちの前へと移動させ、発熱させる。
恐らく、ミーテだけではあの氷の息は防げない。
だけど、熱があるってことは……
「フィー! 火の精霊はミーテに移動してる?」
「へ?」
精霊は自分に合った環境へと移動する。
それはグラネージュの授業で学んだことだ。
なら、温かいミーテには?
「いる、いるよ!」
フィーは精霊がいることを確認すると寒い外より、温かい洞窟内……そして、それよりも熱く火の精霊フラニスにとって心地よい場所となったミーテへ手を向ける。
「火の精霊よ我が前に姿を現せ……フラニス!」
精霊を召喚し、実体化した精霊は炎を纏った活発そうな精霊だ。
「フラニス! 早速だけどお願いが――」
『言われなくてもわーてるよ!! ゆうりの魔法に合わせりゃーいーんだろ!!』
フィーがフラニスへ声をかけるとそれに合わせる様に言葉を返してくる。
頼もしい子だなぁ……なんて悠長に考えてる間に氷の息は僕たちに向かってくる。
『熱がこっちの力みたいなもんだ! もっと熱くしてくれねーかな!!』
「分かった!!」
ミーテの温度を上げ、火の精霊はその身に纏う炎の量を増やしていく、やがて氷の息がミーテに近づくと……
『まだ、まだだ!! 熱が足りねーよ!!』
「――ッ!!」
た、足りないって言われても、これで限界だよ!!
「ユーリ、なんか寒く……」
「避けた方が、良い」
「駄目だ、避けたら追い詰められる!!」
最初のブレスあれで出来た氷柱……あんなのがこれからも作られたら、いずれ歩くことすら困難になる。
どんどん追い詰められて、最後には逃げ場が無くなって負けるだけだ。
「ぅ、……ぅ……」
で、でも……だ、駄目だ……ミーテの光が徐々に小さくなってきてる、魔法が消える……
「~~炎よ畏怖となりて具現せよ!!」
部屋に響く、男性の声。
それと同時にミーテの周りに炎の渦が表れ――――
『おっしゃぁ!!』
精霊が換気の叫びを上げる。
炎の渦を纏ったフラニスは氷の息へ意気揚々と突っ込んでいく、まさに水を得た魚……じゃない火を得たフラニスだ。
だが、そのお陰で氷の息は防げたみたいだ。
「ケルム!」
「死ぬのは勘弁だぞ!!」
「…………」
お礼を言おうとしたら拝み倒された。
なんか締まらない人だなぁ。
「フラニス! あの魔物に向かってくれるかな?」
『任せろって!! 絶好調だっ!!』
フィーの声に従い氷狼へ飛んでいく精霊を追う様にシュカが駆け抜ける。
そして、フィーもまた別の方から攻めに向かい………………一斉に飛び掛った!!
『やはり久方ぶりに骨のある者共だ……だが……』
氷狼はその身をぐるりと一蹴させ、尻尾で振り払おうとする、が……そうはさせない!!
「――を防げ! マジックプロテクション」
尻尾がまずシュカに当たるかという所で僕の魔法により彼女たちは淡い光に包まれる。
フラニスを含め攻撃を受けてしまった三人分の魔力が削られるのを感じながら、僕は詠唱を唱えた――
「我に向かい来る邪なる者よ、氷の罠へと落ちろ! アイスバインド!」
目標はその強靭な四肢、着地と同時に張り巡らされた氷は僕のイメージ通り四本の足を捉える。
『な、なんだとっ!?』
氷狼は拘束から抜け出そうともがく、でも、そう簡単に抜けられちゃ困るんだ!
「――ッ!?」
だが、僕の意思で作られたそれは、よほど頑丈だったのか抜け出ることを諦めた魔物は僕へ向け、氷の息吹を吐き出してきた。
僕へと向かってくる白い塊。
魔法は間に合わない、でも……
「フラニスこっちに来て!!」
『任せな!! そんなもんすぐ溶かしてやる!!』
僕の目の前に迫った息吹へフラニスが突っ込み白が赤へと染まり、辺りには白い靄が立ち込めた。
『莫迦な!? 精霊は先ほど……』
そう、さっき吹き飛ばされた。
だけど、誰一人怪我は負ってないのは僕には解る。
「フィー!! シュカ!! 今だ!」
『貴様らも……何故まだ動ける!?』
今の僕の視界は靄の所為でよくは見えないけど……まだ拘束が解けてないのは感覚で解る。
それに――
「二人が刃を振り下ろせば、氷狼、君の首は落ちる……僕たちの勝ちだ」
『笑止、我はまだ主らを噛み殺すことが出来るぞ』
「違う、終わり……」
「そうだねー、まだユーリは使ってない魔法が沢山あるよ?」
使ってない魔法、か……恐らく焔矢のことだろう、あれなら相手の裏をかける。
それにまだ光衣も効果は残っている。
だけど、相手がそれを覆す可能性も捨てきれない……でも、僕はそんな不安を悟られない様、自信を持って声を発した――
「もう一度言うよ、僕たちの勝ちだ」
『ククククッ……脅しも通じんか、拘束され刃を突きつけられ、さらにはまだ手があると言われては我も敵わん』
僕は息を呑む、まだなにかしてくるかもしれない……
負けを認めてるみたいだけど、油断はしちゃ駄目だ。
晴れてきた視界の奥にいる氷狼を睨みながら、二つの魔法を維持し続ける。
『そう、怖い顔をするな小娘。我の負けだ潔く認めよう』
『ゆうり、大丈夫だ! アイツは昔から嘘だけはつかない!!』
「本当みたいだねー他の精霊たちも同じこと言ってるよ?」
フィーたちの言葉を聞き、僕はようやく安堵する。
なんとか……なったの?
『この氷と解いてはくれんか、氷の狼と言うてもこれでは冷たいを通り越し痛みを覚えるのでな』
「あ、ご、ごめん……」
慌てて僕は魔法を解くと、魔物は自身の足を舐め始めた。
どうやら再び襲ってくる気は無いみたいだ。
『さて、陽光の呪いのことだったな、約束は守ろう』
「流石、ユーリだよ! 情報もらえるねー?」
「いつも、これなら、シュカ楽出来る……」
僕の元へと駆け寄ってきた二人は僕にそう言う……
フィーの方へと顔を向けてみると彼女は嬉しそうで、自分で言っておいてなんだったけど……彼女を見てやっと僕は、氷狼に勝ったことを実感した。




