87話 賢き魔物の王
魔物を倒しながらユーリたちは雪道を進む。
目的はただ一つ、賢き魔物グラヴォールにナタリアの呪いの情報をもらうことだ。
果たして賢き魔物の王と呼ばれる氷狼はその情報を持っているのだろうか?
そして、ユーリたちは無事その魔物がいる場所へとたどり着けるのだろうか?
雪道を歩き続け、やっと僕たちは目的の山へと着いた。
「それで、聖獣っていうのはどこにいるのかなー」
「ああ、ちょっと上った所に大きな洞窟があるんだ、そこにいるらしいぞ」
「いるらしいって、ケルムは見たことないの?」
僕の言葉に頷くケルム……だ、大丈夫かな?
このまま向かって、なにもいませんでした。なんてことは流石にないとは思うけど……聖獣の情報に踊らされた人を待ち伏せる野盗とかじゃないよね?
でも、僕の心配を余所に皆はどんどん進んで行き、紐をつけられてる僕は当然進むしか選択肢は無い訳で……
「み、皆一応警戒しておこう、野盗とかがいるかもしれないしね?」
「そうだねー、その時はちゃんと守ってあげるよ?」
い、いや、フィーできれば僕が守る立場でありたいです……ってそうじゃない!
大丈夫だと良いんだけど。
山に登り始め、慣れない足場に苦戦しながらも僕たちはなんとか進んでいく。
「ここだ……」
ケルムは開いた地図を見てぽっかりと口をあけた洞窟を指差した……
「洞……窟?」
「こんなに大きな穴が開いてて大丈夫、なの?」
僕は思わず口にしてしまったけど、目の前には巨大な穴があり、僕たちが入ろうかと迷っていると、シュカは臆することなく洞窟へと近づいていく。
「これ、凍ってる……」
調べて来てくれたのだろう、彼女は戻ってくるなりそう告げてきた。
凍ってるって……それじゃ中に入ったら魔法が使えない可能性が……
「フィー、グラネージュはいる?」
「ん? いるよー?」
フィーはすぐに詠唱を唱えグラネージュを呼び出してくれる。
『なにか用?』
「うん、この先に本当に聖獣っていうのはいるの?」
『グラヴォールのこと? だったらこの先いるよ』
そうか、だとするとこの中での戦いは避けられない。
まいったな、洞窟って言うからもっと岩の中とかそんなんだと思ってたのに……まさか氷に囲まれてるなんて……いや、それよりも……
「ねぇ、グラネージュもしかして、この山って全部、氷だったりする?」
『正解、でも安心してその氷は私たちよりもっと別の力で出来てる。ちょっとやそっとじゃ溶けないし砕けないからね』
「ん? じゃぁ例えばユーリが炎の魔法使ったとしても……」
「洞窟、崩れない?」
グラネージュは僕たちの言葉にもう一度正解っと答える。
なら、安心だ……ここまで来て僕の魔法はなんも役に立たなかったら気まずいよ。
「よし、入ってみよう」
「おう、そうだな」
「「「…………」」」
僕たちの後ろから聞える声は男性の物でここにいる男性と言ったら、今は彼しかいない。
おかしいな、さっきまでは前にいたはずだったけど、いつの間に?
「そ、そんな目で見るなよ、ほら俺より君たちの方が強いだろ? むしろフィーナちゃんがおかしいんだぞ」
む、なんかフィーを馬鹿にされた?
「フィーがおかしいってどういうこと?」
「あはは……ユーリ大丈夫そういう意味じゃないよ?」
「え?」
そういう意味じゃない? 僕が再びケルムの方へ向くと彼は慌てたように口を開く。
「元々フォーレは戦いには向かないんだぞ、精霊魔法も身を護る程度だ。それなのにフィーナちゃんは強いだろ? だからおかしいって意味だよ」
「私の場合、育ちが育ちだからねー……自然とそうなっただけだよ?」
ああ、そういえば前にマリーさんたちに鍛えられたって言ってたっけ?
ほぼ放置の状況で生き残れとか……僕なら絶対無理だ。
「だから、俺は君たちが後ろから襲われない様に後からついて守ってあげよう」
「むしろ、ケルム、あぶない」
「シュカ……」
多分、二人がいれば襲ってくるようなことは無いと思うよ?
「はっきり言おう、俺にそんな力と度胸は無い!」
「……う、うん、そっか、二人とも十分気をつけて進もう、ケルムも戦闘が始まったらすぐに離れてね」
「滑らない様に気をつけないとねー」
「シュカ、頑張る」
「ああ、退路は任せておけ!」
ドゥルガさんと同じで任せておけとは言ってるのに、言う人によってはこんなにも頼りない言葉になるんだなぁ……
そんなことを考えながらも洞窟へ入り、僕たちは進む。
「なんか、温かくなって来たね」
洞窟の中を歩いているとフィーはそう呟く、確かに温かい。
これなら、寒くて口が上手く動かないってことが無いから魔法が使えないってことにはならなさそうだ。
僕たちはさらに奥に進むと大きな扉の前にたどり着く……この先に聖獣と呼ばれる魔物グラヴォールがいるんだろう。
「開けるよ?」
「うん」
フィーの言葉に僕は頷き彼女は扉を押しゆっくりと開ける。
その奥にいたのは……
巨大な体躯を床に沈めて寝息を立てる度に揺れる毛並みは美しく、凛々しい顔の狼……
ああ、なにあのふわふわもこもこな毛並み。
フィーの尻尾は勿論触り心地が良いけど、あの狼も抱きついたりしたらさぞかし気持ちが良さそうだ。
頭とかも撫でてみたい、いやそれよりもあの大きさなら乗ることだって出来るよ?
「ユーリ、変」
「……ユーリ」
「へ? ん?」
僕はフィーに呼ばれて大きな犬から目を離さないまま返事をすると、手を取られた様でなにか柔らかいものへと誘われた。
これは……フィーの尻尾だね? って尻尾!?
人前だと滅多に触らせてくれないのになんで急に?
慌てて彼女の方を見ると何故か笑顔のまま怒ってるみたいだけど……もしかして、僕が考えていることでもばれたんだろうか?
「え、えっと……フィー?」
「目的を果たそうかー」
「う、うん、分かった」
彼女の威圧に耐えることもなく僕がそう言うと、尻尾はするりと僕の手から離れてしまった。
うぅ、もうちょっと触ってたかったなぁ……
残念に思う僕を余所にフィーとシュカは部屋へと足を踏み入れ、僕も後を追い入る。
『誰だ?』
「しゃ、喋った!?」
「喋れるんだねー」
驚く僕たちの後ろから呆れた様な声が聞こえた。
「おいおいおい、喋れなきゃ情報を聞くことすら出来ないだろ? ほら、話を進めた方が良いと思うぞ」
それは、そうだけど……なんで君は部屋の中に入っていないんでしょうか?
『誰だ、と聞いている』
「シュカ」
「フィーナ……だよ」
二人が答えたのを聞いた僕は、ケルムのことは取りあえず良いとして氷狼へと向き直り。
「……僕はユーリ・リュミレイユ、氷狼は君だよね?」
ゆっくりと巨狼へと近づきながらそう答えると、巨狼は片方の瞼を持ち上げその鋭い目を僕へと向けた。
『ほう、我を知っていてなお、臆することなく答えたか小娘たちよ……して、主らは我になんの様だ』
「知恵が欲しい、暗き場所で永遠に生きながらえ太陽の下へ出られない呪い……そのアーティファクトの情報が少しでも欲しいんだ」
ピクリと耳を動かした狼は立ち上がり双眸で僕を射抜く……なんて威圧感だ。
こんなの、長くは耐えられそうも無いよ……
『呪いを得て、なにをする小娘』
「呪いを解きたい人がいるんだ」
でも、耐えなくちゃいけない。
もし本当にこの魔物が情報を少しでも持っているなら、それが欲しい。
フィーの願いを叶える為に、なんとしてでも……
『奇妙な答えだな、呪うのではなく……それを解きたい、か……奇妙で面白い答えだ』
「あのアーティファクトのことは知ってるの?」
フィーは恐らく待ちきれないんだろう、巨狼へ叫ぶ様に質問をした。
それに対して彼はカカカという笑い声を上げ、答えた。
『無論だ森族の小娘よ』
「なら、倒せば、情報……くれる?」
答えを聞くや否や、シュカは腰から大振りのナイフを引き抜き構える。
頼もしいけど、戦いにならないで済むならその方が嬉しいなって考えるのは僕だけなんだろうか?
「お、おおおおい一応村の守り神だぞ、そんな無礼なことを」
あ、もう一人いたみたいだ。
『良い……その通りだ小さき魔族よ、さぁ……我が知恵が欲しくば、我に打ち勝って見せろ! 小さき者共よ』
巨大な狼の魔物、グラヴォールは遠吠えを上げる。
それを合図にしたかの様にフィーとシュカは武器を構え、魔物へと向かっていく……
なのに……僕はグリフィンと戦った時には感じなかった恐怖を感じていた。
駄目だ、落ち着かないと……
「すぅ……はぁ……」
怖くても良い、多くは望まない。
深呼吸を続け、僕はようやく落ち着きを取り戻し……氷狼を見据える。
フィーの願いを叶える為に、どうしても勝たなきゃいけないんだ。
やるしか――ないっ!!




