85話 ユーリの魔法
一つの魔法に色々詰め込みすぎだと注意されユーリは一つの現象に絞ることにし、魔法を作り始める。
なれない作業の中少しずつ進んでいく中、彼女は今夜も式を前にし、魔法作成に励んでいた。
フロム地方に来て早くも五日目の夜。
「ユーリ寝ないの?」
すっかり部屋に居ついてしまったフィーは僕の肩越しに問いかけてきた。
「うん、ごめん、もう少しなんだ……」
そう、もう少しで一つの式が出来上がりそう……ナタリアに一つに絞れと言われてずっとこの作業に追われていた訳なんだけど、どういう訳か今日は調子が良い。
「そっか、じゃぁ温かい飲み物入れてくるよー」
「ありがとう、フィー」
僕は彼女にそうお礼を告げると再び机に向き直った。
もう少しだ、頑張ろう!
「…………」
後ろでごそごそと音を立てているのはフィーだ。
彼女には先に寝て良いよっと言ったのだけど、どうやら僕を待っててくれているみたいで、なんか悪い気が……っと……あ……
「ユーリ?」
動きの止まった僕に疑問を感じたんだろう、フィーが後ろから声をかけてくる。
答えた方が良いんだろうけど、僕は机の上にある紙を初めから見直し……
「出来た……」
そう、一言漏らした。
「出来たって魔法?」
「うん、詠唱の簡易化はまだだけど大元の魔法が出来たよ……多分」
多分とつけたのはまだ実際に使ってないからだ。
これで魔法を使って成功していれば、詠唱を短くすることが出来る。
でも、これで今日出来る所までは出来た。
後は明日、早速使って見るしかない。
「私には良く分からないよ?」
フィーは出来上がった紙を見て首を傾げる。
彼女が分からないのは当然だ。
「魔法のことだからね、専門用語とかも色々合って苦労したよ……」
「お疲れさまユーリ」
「うん、じゃぁ今日は――って」
寝ようか、と言う一言を言おうとしたらフィーは僕をベッドへと運び込み上へと伸し掛かるようにしている。
「ね、寝ないの?」
「ん?」
いや、ん? じゃなくて……
「えっとね、さっき入れてきたお茶飲んだら目が覚めてきちゃったんだよ?」
「そういえば、僕も眠くは無いけど……」
あの独特の苦味と癖、多分コーヒーとかそういうものだと思う。
でも、フィー……なんで僕は伸し掛かられてるんでしょう?
「あ、あのフィー?」
「…………」
彼女は黙って僕を見て部屋の中にあるランプの灯に照らされた顔は赤い。
フィーはなにかを言おうとしては口をモゴモゴと動かし、いや、うん……なんとなく分かった、けど……
「えっと……するの?」
彼女はその言葉で恥ずかしそうな顔を浮かべると頷く。
「ほ、ほらこの前のは……二人とも、ね?」
薬を焚かれていると勘違いしてたのは憶えてる。
それに、そう思い込んでいたから二人して後で気まずくなった訳で……
「分かったから、ちょっと待って魔法唱えないと、ね?」
フィーは僕の上からようやく退くと向こうを向いて座る、どうやら長くなりそうだ。
「「ふぁ~~……」」
「どうして二人とも眠そうなんだ……」
翌日、僕たちはナタリアの前で揃って欠伸をし、彼女は疑問を投げかけてきた。
「て、徹夜で魔法を作ってて……」
「それを見てたんだよ?」
「ほう……それで魔法は出来たのか?」
ナタリア、今心読もうとした? 読まれるとちょっと困る……いや、やっぱり凄く困る。
「え、えっと魔法は一応出来たよ、後は式を地面に書いて魔法が発動するか……だけど」
「ふむ、なら今すぐ試して見よう」
試すって僕は初めて作った物だから、実際不安だ。
とはいえ使わないと、ちゃんと出来てるのかは分からない。
「出来れば広い場所が良いんだけど、外で良いかな?」
「ああ、ユーリが作った魔法だ。ユーリが外が良いと言うならそうしよう」
ナタリアは僕の言葉にそう言ってくれローブを身につけてくれた。
「では早速、見せてもらおうか」
彼女は言葉を残し部屋を出て行き、僕とフィーは慌てて彼女の後を追う。
僕たちが向かったのは、すっかり雪の無くなった屋敷の庭。
魔法の式を書くには木の棒かなにかで地面に直接書く、壁などに使う場合は墨が必要になってくるけど、地面ならこれで良いらしい。
「これで、よしっと……後は」
式に魔力を注ぎながら、詠唱を唱えるだけ。
「氷よ、我が呼び声に答え我が願いを叶え、今この時汝の力を借りて、その畏怖を示せ……我願わん、汝地を凍てつかせ、氷廊となりて我が敵を妨害せよ……」
静かに……でもはっきりと僕は詠唱を唱えた。
唱え終わるのと同時に魔紋と同じように魔法陣は光り始める……これなら、大丈夫だ。
「アイスフロア!!」
創り出した魔法の名を唱えると、僕の目の前の地には氷の床が一瞬で広がっていく。
そして、僕が想像した通りの場所で氷の床は途切れた。
「これが、その魔法か?」
「うん、見ての通り攻撃性は無い。ただ氷に足を取られるだけだから」
とはいえ、ろくな準備も無しに氷の上を歩ば滑って転んでしまうだろう、隙は十分作れるはずだ。
「ふむ、何度も口にしたが」
「……え? だ、駄目かな?」
「私は良いと思うよ? 地面すれすれなら飛んでも平気だしね?」
そう、これの欠点は仲間も滑る可能性がある。
でも……エアリアルムーブがあれば別だ。
フィーが行っている通り彼女も地面すれすれなら大丈夫だろうし、問題は無いように思えるんだけど……
「いや、誰が駄目だと言った……私は褒めようとしただけだ。ユーリ、やはりお前は優秀だな」
う……そう、正面から言われるとちょっと嬉しい様な恥ずかしい様な気持ちになってしまう。
僕は思わず顔をそらし頬をかく、すると……何故かフィーに抱きつかれてしまった。
「安心しろ、私はフィーからユーリを取ったりしない」
どうやら、フィーは焼き餅しやすいのかな?
でも、僕がフィー以外と? う~ん想像がつかない……
「どうやら、ユーリもフィーから離れる気がないみたいだしな」
「ってまた人の心読んでる! ってフィー!? く、苦しいよ!?」
僕がナタリアの発言に慌てふためくとフィーの拘束が強まった。
なんとか見える範囲だと彼女は顔を赤くしてるみたいだけど、ちょ、ちょっと緩めて欲しいよ?
「まったく……それよりもユーリ分かっているな?」
「う、うん……詠唱の簡略化だよね? わか……ってるよ」
僕はフィーに絞められながらも、ナタリアに答える。
ここからが難しい所だ。
言葉通り、詠唱を短くしないといけない……どう、にか……がん、ば――
「フィー、嬉しいのは理解したが……そろそろ離してやれ、ユーリの意識が飛ぶぞ」
「へ? ユ、ユーリ!? ご、ごめんね、ついっ」
「だ、大丈夫……問題ないよ」
僕はようやく解放され息を整える。
「では、私は部屋へ戻ろう。完成したらまた言ってくれ確認しよう」
「分かった、早速取り掛かるよ」
屋敷の中へと戻っていくナタリアを見送った僕は、魔法を解くとフィーへと声をかけた。
「フィー僕たちも戻ろう?」
「そうだねー」
部屋に戻った僕は再び机と向き直ると、フィーは温かい物を取ってきてくれると言い部屋を去って行った。
……詠唱簡略化って言うのはそのまま短くするって意味だけど、式自体は崩しちゃいけない。
だけど……昨日の冴えはまだ持続してくれてるみたいで、調子が良い。
術式の計算式、つまり完成した魔法陣を見て僕は必要な言葉を選んでいった。
「ユーリ、温かい物淹れてきたよー」
僕が書き始めて結構時間が経った頃、フィーが戻ってきた。
手には湯気の立つ飲み物とガレットを乗せたトレーを持っていて、どうやらはガレットをわざわざ作ってくれたみたいだ。
「ありがとう、フィー」
僕は彼女からそれを受け取りお礼を言い、ガレットを口へと運んだ。
相変わらず不恰好だけど美味しい、僕のお気に入りだ。
そう思いながら、ガレットを頬張る僕の横でフィーは机の上へと目を向けると……
「ユーリ、これ……」
「うん、かんふぇ……完成したよ、なんか調子が良かったみたい」
「凄いね、ユーリ流石だよ」
フィーが僕に笑いかけ、そう言ってくれ僕は思わずドキッとしてしまい。
顔が熱くなるのを感じた。
「う、うん、そう言ってもらえると嬉しいよ……」
「少し休んだら、ナタリーに見せに行こうねー」
彼女の言葉に頷き答えると、ガレットを口へ運ぶ……
「ほら、ユーリ焦って食べなくても大丈夫だよ?」
フィーはそういうと手ぬぐいで僕の口元を拭いてくれた、どうやら蜂蜜が口元についてたみたいだ。
「あ、ありがとう」
更に顔が赤くなるのを感じながら僕は顔を伏せると……
「あ、べとべと取れないね?」
「へ!? ふぁ!?」
手ぬぐいじゃ無理だと思ったのか、フィーに口元を舐められた!?
「ん? ユーリ」
「あ、ああ、ありがとぅ……で、す」
僕の顔絶対赤くなってる。
フィーにばれるぐらい絶対に……
おやつを食べ終え、頭を冷やすまで時間は掛かったけど僕たちは再びナタリアを連れ庭へと出た。
「では、見せてみろ」
朝と同じように言うナタリアに頷き答えた僕は右手を前に出すと、詠唱と唱える。
「地よ凍てつき、氷廊となりて妨害せよ」
魔紋は淡く光を帯、詠唱へと反応している。
変な感じはしないし、詠唱は問題なさそうだ。
「アイスフロア……」
僕の言葉と共に再び出現した氷の床、それを見ていたフィーとナタリアの声が僕の後ろから聞えた……
「凄い! 本当に、短くなってる」
「ほう、短い時間で大した物だ」
体にもなんの異変もなく、出現した魔法を見て僕は満足する。
僕が作った、僕だけの魔法……地味だけど十分な出来だ。
この調子で最初に考えてた魔法を分割して作ってみよう。




