8話 冒険者フィーナ
気付かないうちに詐欺をされていたユーリは再会したシアのお陰で事なきを得る。
酒場に向かったユーリは店主ゼルに怯えるものの、店でフィーナと言うナタリアの友人を待つことにした。
ユーリの食事を用意するとゼルが席を外し、ほどなくすると……酒場の冒険者らしき人が帰って来たようだが、果たして彼女は誰なのだろうか?
声と共に現れた女性はフロアにゼルさんがいないことに気がつくと、僕の元へと走ってきた。
「初めまして?」
少し頭を傾けながら僕に挨拶をしてくるのは、その細腕でどうやって持つのか疑問なぐらいのバカデカイ剣を腰にぶら下げ、その剣の割にはあまり防具を身につけていなく。
白で統一された服を着ていて、サファイアのような青い瞳とふわっとした金色の髪に垂れた犬のような耳を生やした少女だった。
良く見ると尻尾のような物が生えていて左右に揺れている。
………………犬?
「は、初めまして……ゼルさんは厨房にいますよ」
僕がそう言うと女性は目を輝かせて隣の席へと座った。
因みに尻尾はブンブンと振られている……犬、だな。
「今日のご飯はなにかなー?」
いや、多分、君のご飯はまだ出てこないと思うよ?
「え、ええと……」
「なんか騒がしいのが帰ってきたな!」
おお、ゼルさん良いタイミングで顔を出してくれた。
「おじさん! ご飯!」
ゼルさんを見るなり、身を乗り出してご飯を請求するしているけど……。
さっきからこの子、ご飯ばっかり言ってるな~、よほどお腹空いてるのか。
「ちょっと待ってろ! フィー、お前のもすぐ用意する。……ところで依頼はどうだった?」
フィー? フィーってフィーナさんのことだよな? ってことはこの人がフィーナさん?
「被害も無く無事終ったよ? とは言っても近くに出てきた魔物は弱かったんだけどね」
「ま、お前に任せておけば心配する必要は無かったか、ああ、そうだ……こっちの嬢ちゃん、ユーリの話を聞いてやんな、フィーに会いに来たんだからな」
ゼルさんはパンと野菜入りのスープを僕の目の前に置きながらフィーナさんにそう言ってくれた。
「初めまして、はさっき済ませましたね……フィーナさん、僕はユーリと言います」
「ユーリさんだね、……で、私に用ってことは依頼かなにかなのかな?」
先程の様子とは打って変わって、真面目な顔になっている。
でも、どこか可愛らしく……ちょっとドキッとしてしまった。
って……そうじゃない、ちゃんと伝えないと……。
「いえ、依頼ではなく渡す物がありまして」
「おいおい、別にフィーにしたって、いつも通りで大丈夫だ」
いや、そうは言われましても……。
僕が苦笑いを浮かべているとフィーナさんは首を傾げた。
「んー? あ、別にそれがいつもの口調じゃなければ、私には遠慮しないで良いよ?」
ここの人は優しい人ばかりだなぁ……でもフィーナさん、貴方の視線は僕ではなくスープの方に向いているのはなんででしょう。
「えっと、手紙を預かってて、ナタリアから渡すようにって」
「へ~、ナタリーからの手紙?」
「あの…………」
なにか、言葉に対して反応はしてるけど、心はスープに夢中みたいだなこの人。
「…………ごくり」
ごくりって言ったよこの人!? ら、埒が明かない、仕方がないか。
「えっと、食べる? 僕のは後で貰うから」
「良いの?」
ようやくスープから目を離し、僕の方に顔を向けたフィーナさんの言葉に頷いて答えると目を輝かせ尻尾を振り乱す――犬だ、紛うことなく犬だ。
「君、良い人だね、えっと……」
「ユーリです」
「ユーリ! ユーリは良い人だね?」
うん、やっぱり聞いてなかったっていうかスープ一杯で良い人って……この人、大丈夫か? 最悪、飴玉一個で釣れそう、そんな感じがする。
今時、子供だってそんな物じゃ釣られやしないだろうに……。
あー、しかも……なんかすごい美味しそうに食べてるし、その間も揺れる尻尾なんと言うか嬉しくてたまらない感じだろう。
どう見てもアクセサリーの類じゃない、この人はナタリアの言っていた森族ってことか。
「それで、ユーリはどんな依頼をしに来たの?」
うん、知ってた。そう来ると思ってたよ。
「ナタリアから手紙を預かってきたんだ。フィーナさんに渡すようにってね」
「ナタリーから?」
僕が手紙をフィーナさんに差し出すと彼女は食べるのを止めて手紙を読み始めた。
手紙の内容は気になるが、盗み見るのは良くないだろうと僕は読み終わるのを待った。
「ふむふむ……いやー君はナタリーのお気に入りみたいだね?」
「へ?」
「手紙見てみる? はい」
フィーナさんの言葉にビックリしたものの渡された手紙を読んでみる。
「…………と、」
「と?」
「所々読めない……」
そうだった、手渡された勢いで読み始めたが、僕はまだ日常生活で使うぐらいしか憶えてないのだ。
正確に言えば買い物が出来る程度……つまり、本とか手紙とかになると読める所と読めない所がある。
読めない所の方が多いけど……。
「ナタリーの弟子なのに字が読めないって面白い子だね、貸して」
「す、すみません」
フィーナさんは手紙を再び受け取ると、ゆっくりと手紙を読んでくれた。
「えっと……」
――フィー、久しぶりの会話がこのような文書で失礼する。
この度、私は弟子を一人取ることになり大変、手を焼いている。
ルクスなどの補助の魔法は得意なのだが、魔法の代名詞とも言われる攻撃の魔法が非常に苦手らしいのだ。
流石に家に閉じこもっての練習では手詰まりになってしまったこともあり、君に護衛をしてもらいつつ簡単な魔物退治をしてもらいたいと思い、この手紙と彼女を送る。
追伸:彼女が生きて返ってこなければ君も同じ目に合うことは忘れるなよ?
「…………だってさ」
「…………」
マモノタイジ? え? え……ちょっと待ってどういうこと?
「うーん、やっぱり大分お気に入りみたいだね? 私がナタリーに威嚇されたのは初めて?」
「い、いや、僕に聞かれても……」
「あ、うん、そうだよね、初めて? うん、多分……初めてだよ?」
だから、なぜ疑問系になるんだこの人、いや、それよりも問題はこの手紙だ。
なぜに僕が魔物退治をしなければならないんだろうか?
そもそも、まだ修行の途中の上に手紙に書いてあるように攻撃魔法が苦手と言う弱点を持っているのだ。
いかに凄腕の冒険者が護衛についても危険には変わりが無いのではないのだろうか?
「おーい、ユーリ?」
それにフィーナさんだって同じだ。
ある程度実力があるならまだしも、荷物となる者が近くにいては彼女も満足に戦えないのではないだろうか? それも危険に繋がるしどうしたって……。
「ユ―――リ―――!!」
「へ? あ、ああ考えごとしてたよ、ごめん」
「とにかくナタリーの手紙にもある通り、弱いのを倒しに行ってみようか? 丁度用事もあったから、ね?」
「そうです、ね? ってぇえ!?」
待て、なんで行くことになってるの僕の意志はどうなった!?
「あ、でも……」
お、思いとどまってくれた? そうそう、ちょっと考えよう、そうすれば冷静に――――。
「そのままじゃユーリが危ないし……明日、朝一で装備を調達しようか」
「違う! そうじゃない!」
「ん?」
僕は思わず立ちあがって声をあげてしまった。
けど、その声は怖いものではなかったのだろう、フィーナさんは可愛らしく首を傾げるだけだ。
「手紙にも書いてあるけど、僕は魔法が――――」
「ナタリアも可愛い弟子には冒険をさせたいってことだろう! 弱点を克服するには実戦が一番だと思ったんじゃねーか?」
それはその通りだけど……。
「それに私が付いてるし、大丈夫だよ? でも、その服じゃ危ないし勿体無いから、ちゃんと準備してから行こうね? 日が高くなってから行っても沈む前には戻れる場所に行く予定だから……良いよね?」
『ねっ』っと詰め寄ってきたフィーナさんの満面の笑みに僕は反対の意見を奪われてしまった。
……変わりに声に出せたのは。
「あ、う……」
という、なんとも中途半端な言葉だった。
「ユーリ、フィーもついて行くんだからよ。大丈夫だ問題はない」
なんかそれフラグに聞こえるんだよ! しかし、僕にはどうやら選択は出来ないみたいだ。
恐らく明日帰っても『魔物退治をして来たか?』っとナタリアに聞かれ。
『したよ』っと言っても心を読まれ嘘だとばれてしまうだろう。
それ以前にフィーナさんが僕を送ってくれることになるだろうし、彼女の心を読まれた時点でアウトだ……。
なんだか素直そうだし、ぽろっと口に出すかもしれない。
ナタリアのことだから追い出したりはしないだろう……けど、落胆させてしまいそうだな。
今回もきっと苦手なら苦手なりに実戦で頑張れ、という無茶を言ってきているだけだろう、苦手な分野なら練習を積むしかない。
それにさっき怖い目に合った時、動けなかった。
今後、同じことが起きないとは限らないし、今回みたいに運良く助けが入るなんて無いだろう。
ああいう時に僕、自身が戦えるようになれば安全性は増す。
なら、答えは決まっているんじゃないのだろうか?
「フィーナさん」
「ん?」
「足手まといになると思うけど、お願いします!」
「うん! まかせてよー、じゃぁ明日頑張ってみようか?」
「はい!」
いざと言うときに備えて色々考えておこう、僕が使える魔法で対処が出来るように……。
「よし! 決まったようだな! ……じゃ、ユーリの飯を改めて持ってきてやる! ちゃんと食えよ!」
そう言えば、まだ食べてなかったな。
流石にお腹が減ったし、スープは美味しそうだったから楽しみだ。
「ユーリ、今日はご飯食べたらゆっくり休んでね?」
そう言うとフィーナさんはスープを飲み始めた。やはり尻尾は揺れている。
毛並みも良いし、あの耳もさわり心地が大変良さそうだ……ってあれ? ナタリアは確か動物が駄目だよな?
あの肌だし、彼女の毛にも反応してしまうのではないのだろうか……?
「ん?」
「いや、えっと……」
フィーナさんは首を傾けるが、僕の視線に気がついたようで『ああ』っと言う顔をした。
「私の尻尾とかがナタリーに害を与えないのか? って気になってるんでしょ? 大丈夫、見た目は動物っぽいけど髪と変わらないし、ちゃんと手入れもしてるからね」
彼女は『ほら』って言いながら、僕の手をシッポへいざなってくれた……これはご褒美ですか?
すごい触り心地が良い……なんかずっと触っていたいな、夢見心地ってやつかな?
「そ、そこまで夢中に触らなくても……良いんだよ?」
あ、若干困ってる。そして、なんでまた疑問なんだ?
しかし、本当に触り心地が良い……。
「…………」
「え、えっと、ユーリ? おーい……」
「おう! ユーリ待たせた、な……ニヤケタ顔して、なにやってるんだお前?」
「え?」
しまった余りにも夢中になって……。
「あ、ははは……尻尾触らせてあげたんだけど、夢中になっちゃったみたいだね」
「別に珍しいものでもないだろうに……ほら、とっとと食え」
いえ、僕には珍しいんです。
なんて事は言えず、目の前のスープへと目を向ける。
出されたのは先ほどフィーナさんにあげたスープと同じものだクルトンの代わりだろうか?
パンが小さく切って入れられていて良い匂いがする。
「い、いただきます!」
「さて、ご飯も食べ終わったし、ちょっと休んでくるよ」
食事を済ませたユーリは酒場の二階へと上がり与えられた部屋へと入っていく……。
それを見送るのはフィーナとゼルだ。
ゼルは酒場の席に残っているフィーナに果実酒を注ぎ渡した。
「しっかし、戻ってきた時にはビックリしたぞ……そんなに森族の尻尾が好きなのか? ユーリは」
「多分、珍しかったんだと思うよ?」
「あん? 一昔前ならともかく今は珍しくはないだろ」
フィーナはナタリアからの手紙をゼルへと見せると一文を指差した。
「ほら、ナタリーが異世界から連れて来た子らしいよ……多分、私みたいな種族は居なかったんじゃないかな?」
「馬鹿言え! いくらナタリアでも異世界に行く魔法なんて作れるかよ」
ゼルが鼻で笑いながらコップを磨き始めた。
「でも、出来るとしたらナタリーぐらいだよ? 少なくともここら辺では、ね……それに冗談は言っても嘘は言わないから」
「……それもそうだな、あのナタリアが弟子を取ったってだけで驚きなのによ…………それが異世界の住人か、まぁ俺としては二人ともちゃんと戻ってくればそれで良い」
「分かってるよ、用心はしていくから」
彼女はそう言うとグラスに入った果実酒を飲み干しカウンターを離れた。
「じゃ、おやすみ」
「おう、ゆっくり休んでおけ」
フィーナは返事の変わりに片手を上げると自分の部屋へと戻っていった。